第51話 『4人揃ったら (3)』
“りん”の家の冷蔵庫は大きい。
今は、母娘の二人家族だが、この冷蔵庫は父親が存命中に購入したものだからだ。
まずはその冷蔵庫の中から物色開始。
そして、常温保存可能な食べ物を保管しているカゴの中。
いろいろと物色しているうちに、これらのものが揃った。
卵、豚肉、キャベツ……お好み焼きの素。
あとは、ホットプレートを出せば、お好み焼きが作れそうだ。
夕食としては物足りないかもしれないが、ちょっと小腹を満たすならちょうど良い。
「せっかくだから、一人一枚ずつ作って、みんなで食べてみようよっ♪」
東子が、そんな提案をすると、真っ先にのどかが賛成した。
“りん”としても、特に反対する理由はない。
沙紀が一番しぶしぶだったが、最終的には「ま、いいけど」……ということになった。
順番決めのじゃんけん。
1番……東子
2番……沙紀
3番……和宏
最後……のどか
結果はこのようになった。
トップバッターになった、言いだしっぺの東子が、嬉々としてお好み焼きを作り始める。
まずは、ホットプレートのスイッチを入れ、ボウルに材料を放り込んで手早くかき混ぜる。
そして、熱を帯びてきたホットプレートに薄く油をひいて、よくかき混ぜたお好み焼きの材料を入れる。
ジュワァ~っという良い音が、萱坂家のキッチンに響いた。
「妙に手際いいな、東子」
「えへへ……実はアタシ、料理は得意だもんっ♪」
「昔っから、家庭科の調理実習の時の東子の目……輝いてたもんね~」
沙紀が、遠い目をして語る。
今の東子を見ていると……その姿が容易く想像がつくというものだ。
そうこうしているうちに焼けてきたので、東子は、コテを使ってひっくり返す。
全く危なげがない上に、東子の鼻歌まで聞こえてきた。
カツオ節とお好み焼きソースをかけて完成!
出来立てのお好み焼きの上で、カツオ節が激しく踊りを踊っている様は、すごくおいしそうだ。
早速、みんなで試食してみると……。
(……うまいっ!)
空腹は、極上のスパイス……と誰かが言っていたが、まさにそのとおり。
みんな、「おいしい!」と口しながら、あっという間に完食し、東子はタレ目をさらにタレ目にして鼻高々だった。
「次は私ね」
2番目の沙紀が、東子と同じようにホットプレートのスイッチを入れてから、材料を入れたボールの中身をかき混ぜ始めた。
だが、力任せで不器用のせいか、中身がボールの外にこぼれてまくる。
エプロンを付けていなかったら、セーラー服がひどいことになっていただろう。
それでも、とりあえずかき混ぜ終わり、熱せられたホットプレートの上に、それを落とそうとする沙紀。
そんな沙紀を見て、東子が慌てた。
「ちょっと! 沙紀! 油ひかなきゃ!」
「……わかってるわよっ!」
絶対嘘だ……と、和宏は思ったが、今それを口にするのはリスクが大きいので……黙って見守る。
沙紀は、手に持ったボウルを置いてから、油を引き、改めてホットプレートの上に材料を落とした。
今度は、熱しすぎたせいか、じゅわわわぁ~っと、かなり盛大な音だ。
「そして、ひっくり返す……っと」
つい今しがた焼き始めたばかりなのに、もうひっくり返そうとする沙紀に、再び東子が口を挟む。
「早いっ! まだ早いよっ!」
「どうしてよ? じゅわ~って言ってるじゃない?」
(……なんてせっかちなヤツだ……)
東子の助言にも構わず、ムリヤリひっくり返そうとする沙紀だったが、当然のごとく悪戦苦闘だ。
コテ捌きがなんとも拙い上に、まだ完全に固まっていなかったため、ついには、丸かったはずのお好み焼きが原型を留めないほどボロボロになってしまった。
あちゃあ・・・という空気が流れる中、沙紀は、カツオ節とソースをかけてムリヤリ完成させる。
そして、早速試食……なのだが、みんな明らかにハシが進まない。
仕方がないので、とりあえず“りん”が、一口だけ……口に入れる。
(……生じゃん)
中まで火が通っていない上に、かき混ぜ方が足りなかったせいか、粉っぽい。
“りん”の眉をひそめた表情に、沙紀は「もう! オーバーなんだから!」と言い切った。
(腹壊したら沙紀のせいだぞ……)
“りん”は、沙紀をジトリを睨んだ。
3番目は“りん”である。
東子のやり方を参考にして、ガチャガチャとボウルの中身をよくかき混ぜる。
ちなみに、沙紀のやり方は反面教師だ。
適度にかき混ぜてから、熱しておいたホットプレートに落とし込み、途中、たどたどしいながらも、コテを使ってひっくり返して、カツオ節とソースで仕上げる。
(なかなかいい出来栄えだ……)
“りん”は、自画自賛した。
が、しかし、沙紀と東子は、そんなに甘くはなかった。
「「0点っ!」」
「食う前から何故ぇっ?」
「もっとボケてっ!」
「……ボケとお好み焼きに何の関係があるんだ?」
「ないけどっ?」
(ないのかよっ!!!)
「まぁ、とにかく。普通すぎて突っ込みようがないから……0点よ」
(なんなんだ……)
和宏を襲う、例えようのない脱力感。
コイツラの相手はもう慣れた……と、思っていた和宏であったが、未だに沙紀と東子の方が一枚上手のようだ。
のどかも、沙紀と東子の、この理不尽な攻撃に苦笑していた。
キミも苦労してるね……といわんばかりに。
「じゃ、最後はわたしだね」
そう言いながら、のどかが材料をかき混ぜ始めた。
その手つきが、どことなく“慣れ”を感じさせる。
手際良く準備を進め、素早くホットプレートに材料を落とす。
同じ手順のはずなのに、ホットプレート上のじゅわぁ~という音が、なぜかおいしそうだ。
裏面がキツネ色に焼けたところで、コテを使ってひっくり返すのだが、その手つきが異様に鮮やかだった。
なんというコテ捌きだろう。
まるでコテが手の一部のように馴染んでいる。
そうして出来上がったお好み焼きは、さっき食べた東子のそれよりもおいしそうに見えた。
のどかが、ササッと皿に盛り付けて……完成だ。
「出来たよ」
「すご~い! プロ級っ!」
「同じ材料を使ってるとは思えないな……」
何気なく吐いた“りん”の台詞に、沙紀が過敏に反応する。
「……それ、私に言ってるワケ? りん?」
沙紀は沙紀で、さっきの自分の失敗作を気にしていたらしい。
“りん”の失言が招いた災い……沙紀のアイアンクロー。
「イダダダダッ!!!」
そんな“りん”たちのドタバタ劇を横目に、出来上がったばかりのお好み焼きを持って、ダイニングテーブルに歩いていたのどかが声を上げた。
「ひゃんっ!!!」
「……?」
アイアンクローを喰らわせている沙紀と、アイアンクローを喰らっている“りん”と、それを見て笑っていた東子が、一斉にのどかの方を見る。
トラックに轢かれたガマガエルのような姿で、床に這いつくばったのどかがソコにいた。
どうやら、ホットプレートのコンセントコードに足を引っ掛けて、盛大にすっ転んだらしい。
……。
なんともいえぬ空気が流れる。
だが、幸いなことに、のどかも……皿に乗ったお好み焼きも無事だった。
「~~~っ」
声にならない声を上げながら、ムクリと起き上がって、床に座り込んだのどか。
その顔を見て……“りん”と沙紀と東子は、込み上げる笑いを堪えるように肩を震わす。
しかし、やがて堪えきれなくなり、“りん”が吹き出すと同時に、沙紀と東子は大爆笑し始めた。
「???」
ワケがわからず、キョトンとして“りん”たちを見るのどかの表情が、更なる笑いを誘う。
のどかの鼻の頭に、チョコンとついたお好み焼きソース……。
おそらく……コケた拍子についたものだろう。
なおも笑い続ける3人。
未だに、それに気付かないのどか。
お腹がよじれる感覚に襲われながら、和宏は思った。
(コイツ……“ドジっ娘属性”まで付いているとは……なんてヤツだ……)
萱坂家のキッチンに響く3人の笑い声は、しばらく続いた。
もちろん、この後、もはや勉強にならなかったのは言うまでもない。
≪オマケ ~緊急座談会 その6~≫
のど「……誰に“ドジッ娘属性”が付いてるって?(怒)」
作者「まぁいいじゃないですか。親しみやすいキャラになれるコト受け合いですよ♪」(←ホントか?)
のど「イヤイヤ。第10話で“冷静沈着でしっかり者”っていう描写をしておいて、なんでココにきて“ドジッ娘属性”? ……っていうハナシなんだけど?」
作者「ぶっちゃけ、ただの“思いつき”です(^^)」
のど(またか……orz)
作者「でも、あなたは、そういうギャップを入れやすいキャラなので重宝します♪」
のど「……ギャップ?」
作者「そうです。普段は冷静なんだけど実は……ってヤツですね。次は“酔ったら舌足らずなしゃべり方になる”とかあるかもしれませんよ……『わたし』を『わたち』なんて言ったりして(^^)」
のど(一体何を狙っているんだろうか……この作者は?)
以上、作者が壊れ気味になって終わる。