第50話 『4人揃ったら (2)』
4人が、“りん”の家に到着した。
薄いブラウンの外壁に、濃いグレーの玄関扉。
さほど大きくはない家だが、持っている雰囲気は比較的モダンだ。
“りん”は、玄関扉の二重カギを開けて中に入ると、沙紀、東子、のどかと続く。
さして広くないが、キレイ好きのことみ母さんのおかげで、チリ一つない玄関。
そんな玄関を、のどかが、靴を脱ぎながら、物珍しそうに見回していた。
「……どうした?」
「ん、いや……いい家だなと思ってさ」
(そうか? ごく普通のありふれた家だと思うけどな)
もともと、この家は“りん”の家だが、この家を自宅として2週間以上過ごしている和宏にとっては、もう他人の家という感覚でもない。
ただし、本来の“和宏”の家と比べたら、かなり立派だ……とは思う。
真っ直ぐ2階の“りん”の部屋に入った4人は、折りたたみ式のテーブルを囲んで座った。
座るなり、キョロキョロと辺りを見渡した沙紀が、なぜか悔しそうな顔をしている。
「へー、私の部屋よりキレイじゃない。意外だわ……りんのクセに」
「……『クセに』とは失敬な!」
沙紀と“りん”のやり取りに、東子がのどかがクスクス笑う。
特にのどかは、沙紀と“りん”の会話の模様に、興味津々な眼差しである。
とはいえ、みんながここに集まった用事がまだ済んでいないため、のどかは、咳払いをしながら、居住まいを直した。
「さ、時間がもったいないから始めようか。早く始めて、早く終わらせよう」
まるで、先生のような口ぶりののどか。
でも、『早く終わらせよう』という部分に反応したのか、沙紀と“りん”は、「ヨーシ!」という感じで、教科書とノートをテーブルに広げ、テスト勉強を開始した。
そうして、始まったテスト勉強。
意外にも、4人とも真面目に勉強している。
やはり、のどかがいるおかげで、雰囲気が引き締まっているからだろう。
「ねぇ、久保さん……聞いていいっ?」
少々時間が経過した頃、場の沈黙を破って、東子がのどかに話しかけた。
なんとなく緊張を感じさせる東子の口調に、のどかは苦笑する。
「……堅苦しいから“のどか”……で構わないよ?」
「んじゃ、アタシも“トーコ”でいいよ。のどかっ♪」
本来、あまり人見知りをしないだけに、アッという間に馴れ馴れしくなる東子。
でも、それが嫌味にならないのは、きっとこの可愛いアニメ声のおかげに違いない。
「じゃあ、私は“サキ”でね」
そんな東子に、沙紀も便乗する。
沙紀としても、堅苦しいのは大の苦手なので、願ったり叶ったりだ。
「アハハ。“サキ”に“トーコ”だね。リョーカイ」
のどかは、嬉しそうに笑った。
沙紀と東子も、同じように笑っている。
(……こうして三人が会話してるトコ見てると、のどかって完全に普通の女子高生にしか見えねぇな……)
和宏は、中身は“男”であるはずののどかを見ながら思った。
女子高生らしくない、ちょっと大人びたヘンなしゃべり方だが、それすら気にならないほど馴染んでいる。
ちなみに、女子中学生にも見えてしまう程の童顔だが、今は“りん”や沙紀たちと同じ制服を着ているため、さすがに中学生と見間違うことはないだろう。
そんなことを考えながら、頬杖をついて、のどかたちをボ~ッと眺める“りん”。
その姿もまた“完全に普通の女子高生”にしか見えない……ということには思い及ばない和宏であった。
「でも、のどかって……意外と笑う人だったんだねっ♪」
「……?」
「そうね……。いつも生徒会長として壇上に上がって、ムズカシイことしゃべってるトコしか見たことなかったから……な~んか新鮮だわ」
「……そ、そうかな……」
照れながら、頭をカキカキするのどか。
少しばかり顔を赤らめている。
(……そうか。俺は最初からそういう姿しか見たことなかったけど、他のみんなは違うんだな……)
のどかは、和宏と同じ立場の“男”として、よく話しかけてくれたし、よく笑いかけてくれた。
でも、そんなのどかを、他のみんなは知らない。
当たり前のことではあるが、和宏にとっては、ちょっと意外なことのように感じられた。
「……で、東子の質問って?」
のどかが、脱線しまくった話を元に戻す。
東子は、思い出したように、教科書のページをめくった。
「あぁ、そうそう。このね……『直線y=2x+3に関して原点Oと対称な点Aの座標を求めなさい』っていう問題なんだけど、どう求めるのかわかんなくて」
「これはねぇ……連立方程式を使うんだけど、図に描いてからの方がわかりやすいかもね」
そう言って、のどかはノートに図を描き始めた。
東子は、それを見ながら、時折「フンフン」と鼻を鳴らしている。
ただし、“りん”と沙紀にとってはちんぷんかんぷんだ。
だいたい、方程式一つでも手こずるのに、連立されてはかなわない……と、和宏は思う。
なんだかんだで時間は進んでいく。
16時くらいから始めた勉強。
“りん”が、ふと時計を見ると、もう18時を過ぎていた。
(……おお、こんなに長時間集中して勉強したのって、初めてじゃね……俺!?)
ちょっと感動する和宏。
野球の時は、とびっきりの集中力を発揮する和宏だが、それが勉強に発揮されたことはなかっただけに、感動もひとしおである。
その時、誰かのお腹がグ~ッと鳴った。
「沙紀? ひょっとしておなか減った?」
「……なんで私って決め付けるのよ?」
完全に“りん”の失言であった。
沙紀が、右手をワキワキさせて、アイアンクローの体勢に入る。
「アハハ。わたしのお腹が鳴ったんだよ。ちょっと小腹がすいたかな~……なんて」
のどかの正直な告白が、“りん”をアイアンクローの恐怖から救った。
「チッ!」という沙紀の舌打ちが聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだ。
18時過ぎといえば、もう夕食でもおかしくない時間である。
当然のコトながら、“りん”のお腹もすいていた。
「ちょっと、キッチンに何かあるか見てくるよ」
「あっ! アタシも行く~♪」
「私も」
「じゃ、わたしも行こうかな」
結局、全員で1階のキッチンに向かうことになった。
正直な話、全員で行く必要など微塵もないのだが、「ダメだ。来るな」と断るのもヘンな話なので仕方がない。
みんなでゾロゾロと階段を降りる途中、東子が非常に気になる台詞を吐いた。
「アタシ、人んちのキッチンを探索するのって大好き~♪」
(……それはあまりいい趣味とは言えんぞ……東子)
和宏は、心の中で呟いた。