第48話 『Lover Operation (4)』
紗耶香が走り去った後の校門前。
いつの間にか、夕闇が辺りを包んでいた。
「ま、とりあえず……一件落着かしら、ね」
「そうだね~。一時はどうなることかと思ったけどっ♪」
沙紀が幕引きの言葉を発し、この恋人作戦の発案者である東子も、ホッした様子で同調する。
さっきまでの緊張感が、嘘のように弛緩した雰囲気に変わっていた。
「……で、続きは?」
山崎の台詞によって、両手を山崎の右肩に乗せた状態のままだったことに気付いた“りん”は、慌てて手を離して、山崎から距離を取る。
そんな“りん”の様子を、山崎は、ニヤニヤしながら眺めていた。
「……残念っ! また今度にするか」
そう言って、指をパチンと鳴らす山崎に、“りん”は、照れ隠しも込めて口を尖らす。
「するはずないだろっ! もう必要ないし」
「え~!?」
「『え~!?』じゃねぇっ!」
山崎とは、一昨日の球技大会で、ピッチャーとバッターとして相まみえただけだが、まさかこんな軽いキャラとは……和宏は軽く目まいがした。
「でもさ……萱坂って、意外と男っぽいしゃべり方すんのな」
(……えっ?)
何気ない山崎の台詞と、何気ない山崎の笑顔に、何故か心臓がドキッと跳ねる。
ついうっかり、完全な男口調になってしまっていた“りん”。
それが、とても恥ずかしいことだったかのような感覚に……再び顔が火照った。
(……な、なんだ? この感じ……?)
山崎を見つめたまま、固まってしまった“りん”だったが、山崎の方は、特に気にした様子もなく、相変わらず爽やかな笑顔を浮かべていた。
「ハハハ。でも可愛かったぞ萱坂。『目、瞑ってくれない?』って言った時のオマエ」
また、山崎がトンデモないことを言う。
『目、瞑ってくれない?』という部分だけ、モノマネ付きという凶悪発言に、“りん”の金縛りが、弾けたように解ける。
「うわー! うわー! やめろぉ~! 言うな~っ!!!」
たった今、できたてホヤホヤの和宏の黒歴史を、わしづかみにする山崎。
大声を上げて抵抗するも、山崎は、そんな“りん”を面白がっているようにしか見えない。
なんて手ごわいヤツだ……和宏はそう思った。
(まぁ……コイツのおかげで助かったんだけどさ)
そう思うと、「許してやるか」……という気になってしまう。
もう一度、山崎の顔を見上げると、白い歯を見せてニコニコ笑っていた。
憎めない笑顔……というヤツだろうか。
「で、何が可愛かったのかしら?」
その声に反応した“りん”が、沙紀の方を向き直すと、腕組みをしてニヤニヤしながら、“りん”を見る沙紀が立っていた。
そして、その後ろに、同じくニヤニヤした東子も。
“りん”の顔から、サァーッと血の気が引く。
(……き、聞かれた……か)
これ以上、沙紀と東子に弱みを握られてどうしろというのか?
“りん”は、ガックリと肩を落とした。
「さ、続きは……どっかで小腹を満たしながらといきましょうか……りんのオゴリで」
「異議なしっ♪」
「お~し、行こうぜぇ♪」
「ちょ、異議アリ! 異議アリィ!」
「「「却下っ!」」」
“りん”の反対は軽く一蹴され、「ドコに行く?」なんて話しながら、先に歩き始めた3人。
(ううぅ……今月の小遣いがぁ……)
そして、そんな悲痛な心の叫びを上げながら、トボトボと後ろからついていく“りん”。
まぁ、協力してくれたんだから仕方ないか……和宏は、前を行く3人を見ながら、そう思った。
(……3人!?)
“りん”は、唐突に、頭の中に引っかかるものを感じて立ち止まった。
(……はて? な~んか忘れているような……?)
そして、その引っかかりが、モヤモヤと形になる。
「……あ~っ!!!」
“りん”の出した素っ頓狂な声に、前を歩いていた3人が、驚いて振り向いた。
「な、ナニよ、りん。いきなりビックリするじゃない!」
振り向いた沙紀が、目を丸くし、東子と山崎も、同じように「何事か!?」という顔で、“りん”を見ている。
その表情は、確実に何も気付いていない……と思わせるモノだった。
「大村クン! 大村クンを忘れてるっ!」
あ……。
3人の間から、誰からともなく上がった声。
沙紀も、東子も、山崎も……大村のコトは、全く頭から消えていたようだ。
「ちょっと呼んでくるっ!」
“りん”が、慌てて校門前に戻ると、さっきまで“りん”が立っていた辺り……幸いにも、大村はまだそこにいた。
ズォォ~ンという効果音が聞こえてくるほど、落ち込んだままで佇んでいた。
「ごめんっ! 大村クン。……一緒に行こう……よ」
努めて明るく話しかけようとしたのだが、その痛々しさにだんだんと声が小さくなってしまう“りん”。
それでも、大村の前に立った“りん”は、謝罪の意味を込めて両手を合わせた。
「……でも、俺、役に立ってなかったし……」
でも、大村の表情は、落ち込んだまま、変わらなかった。
それでも、“りん”は、必死でフォローした。
「そんなコトないよ。大村クンがいなけりゃ、初めから作戦不成立だったんだから」
大村を協力者に選んだのは、他でもない“りん”自身であるのだから、そのフォローにも熱が入る。
だが、責任感の強い大村は、申し訳なさそうな表情を崩さなかった。
(……こりゃ、口で言ってもラチあかねぇな……)
とりあえず、みんなのところに連れ出すには実力行使しかない……とばかりに、“りん”は、大村の右腕を両手でガシッと掴んだ。
「なっ!」……突然の“りん”の行為に驚く大村。
「いーから! 行こっ!」
そして、大村の右腕を、両手で抱えたまま走り出す“りん”に、大村は、戸惑いを感じながらも一緒に走り出す。
だが、少々ムリな体勢が祟り、二、三歩走り出したところで“りん”がよろけて倒れそうになってしまった。
「うわっ!」
「かっ、萱坂さんっ……危ないっ!」
大村は、叫ぶやいなや、“りん”の肩と腕をガッシリと掴んだ。
転びそうになった“りん”は、大村のおかげで、すんでのところで事なきを得ることが出来た。
もし、そのままだったら、勢いがついていたので、盛大にすっ転ぶところだっただろう。
“りん”の肩と腕を掴んでいた手を、ゆっくりと離した大村は、その感触を反芻するかのように手の平を見る。
そんな大村の方を振り向いた“りん”の……無邪気な笑顔。
「……びっくりした~……サンキュー、大村クン!」
(……っ!)
整った顔立ち。
艶やかな黒髪のポニーテール。
つい先ほど、この手に掴んだ華奢な腕と肩。
大村の心臓の鼓動が、これ以上ないほど激しくなっていく。
それを気付かれぬように、大村は“りん”の顔から視線を外した。
「……?」
“りん”は、一瞬怪訝な表情を見せるが、そんな大村の機微には気付かない。
すでに、大村の顔は、これ以上ないほど赤く染まっていたが、夕闇の帳が、それを隠していたからだ。
まだ落ち込んでんのかな……と思いつつ、“りん”は恐る恐る尋ねる。
「とりあえず……行こう?」
「う、うん……」
大村は、相変わらず視線を外したままだったが、その肯定の返事に、“りん”は胸を撫で下ろした。
前方には、立ち止まったまま待ってくれている沙紀たち。
3人分の人影が、手を振っているのが見えていた。
早く追いつくために、少しばかり急ぎ足になる二人。
大村は、すぐとなりを歩く“りん”の横顔をチラリと見た。
真っ直ぐに前を向く“りん”の横顔……大村の心臓は高鳴る一方だった。
もうすぐ始まる夏。
でも、季節に関係なく……恋は始まる。
≪オマケ ~緊急座談会 その5~≫
沙紀「で? 今回りんの恋愛話が出たってコトは……私の恋愛話も出るってコトよね?」
作者「What's?」
沙紀「なんで英語? いや、そんなのどうでもいいから……。第42話で私が憧れてるセンパイの話が出てるでしょ?」
作者「確かに出しましたけどね……なんていうかその……需要がないと思うんですよ」
沙紀「どういうことよ?」
作者「要は……読者は誰もあなたの恋愛話なんて聞きたくない……と」
沙紀「そんなミもフタもない……」
作者「脇役のツライところですね~♪」
沙紀(カッチーン……腕ひしぎ十字固めっ!)
作者「ぐはぁ! ギブギブギブギブッ!!!」
沙紀「というわけで、必ず描くように!」
作者「……はい(涙目)……」
以上、沙紀の横暴がまかり通って終わる。