第42話 『余波 (2)』
昨日は、2年生の球技大会だった。
そして、球技大会の最終日である今日は、3年生の出番である。
そもそも、この球技大会は、3年生の日が一番盛り上がるのが普通だった。
昨日の2年生の日が盛り上がったのは、“りん”による一時的な現象に過ぎない。
種目は、全学年同じだが、3年生の試合が持つスピード感や力感は、やはり2年生のそれとは一味違う。
ゆえに、それを見学しようと、1年生や2年生たちが休み時間を利用して試合会場に集まってくるのだ。
“りん”のA組でも事情は同じで、沙紀と東子が休み時間の度にサッカーの試合を見に行っていた。
「んじゃ、行ってくるね~」
“りん”は、「いってらっしゃい」と、手を振って見送る。
もちろん、一緒に見に行こうと誘われたものの、筋肉痛のせいで動くのがツライのでパスした。
人が、一時的に少なくなった教室。
残っているのは、一部の男子と……女子の高木舞だけ。
(そういや、高木さんは昨日の球技大会も休んでたな……)
高木さんは、サッカーチームのメンバーになったものの、当日は休んでいた。
だが、それは誰もが予測していたことでもあったので、特に問題も生じていない。
さらに言うなら、体育の時間はいつも見学だ。
(運動……キライなのかな……?)
一心不乱に本を読んでいる高木さんの横顔を眺めているうちに、ふとそんな疑問がわいたが、鞄から例の手紙を取り出して、気を取り直す。
この手紙を読むなら、人の少ない今しかない。
早速、“りん”は封を開けてみた。
中身を見ると、6通ともが女の子からのものだった。
『男の子をバッタバッタとなぎ倒す姿が、とてもカッコ良かったです!』
『試合終了の時のガッツポーズが、今も目に焼きついてます……』
そんな赤面したくなるようなことが、延々と書き綴られている。
(……ガッツポーズなんかしたかな? ……俺)
あの時は無我夢中だったので、ガッツポーズをした記憶は残っていない。
それはともかく、手紙の内容がラブレター的なものじゃなくて一安心だ。
女の子からのラブレター……男として、一度はもらってみたいが、なにせ今は和宏自身も女の身。
アブノーマルな雰囲気が漂うことこの上ない。
ため息をつく“りん”。
やっぱり、うまい話なんてないもんだな……そう思いつつ、“りん”は手紙を鞄の中にしまいこんだ。
「ただいま~」
沙紀と東子が帰ってきた。
他のみんなもポツリポツリ戻って来始め、だんだんと教室がにぎやかになっていく。
席に戻った沙紀をチラリと見やると、少し顔が上気していること気付いた“りん”は、首を傾げながら尋ねた。
「沙紀? ……何かあった?」
「べ、別にっ! 何でもないわよっ!」
と言いつつ、さらに顔が赤くなる沙紀。
明らかに、何でもないという感じではない。
「へへ~。憧れのセンパイとお話出来ちゃったもんねぇ? 沙紀?」
東子が、アッサリと理由を暴露する。
「ちょ、ちょっと東子! 余計なこと言わないのっ!」
沙紀が、慌てて東子の口を封じにかかるが、東子はタレ目をさらにタレ目にしつつ続けた。
「サッカー部のセンパイでね……名前がと……」
「ワーッ! ワーッ! ワーッ!」
沙紀が、大声を張り上げて、この場を乗り切ろうとしている。
いつになく顔を真っ赤にした沙紀は、とにかく必死だ。
(……ププッ……ククク……。コイツにも意外にカワイイとこあるじゃん♪)
普段、理不尽な怪力女の沙紀が照れに照れている様子は、非常に微笑ましい。
こんなおいしい場面を利用しない手はない……そう思った“りん”は、小悪魔のようにニヤリと微笑みながら、いつもの仕返しとばかりに、からかう気満々で東子に話しかけた。
「へぇ~? そのセンパイの名前は? どんな会話したの?」
「え~とね~、名前はと……」
「い~かげんにしなさいよっ!!!」
沙紀の必殺技であるアイアンクローが、“りん”の額に瞬時に決まる。
(な、なんで俺ぇっ!?)
しかし、容赦なく始まった締め付けにより、そんな疑問は無意味なものと化した。
「イダダダダダッ!!!」
目から火が出るような激痛。
いつもながら、沙紀の握力は強烈だ。
一体何キロあるんだろうか?
休み時間終了のチャイムが鳴ったことにより、ようやくアイアンクローから解放された“りん”。
つい今しがたまで、沙紀の指が食い込んでいたこめかみがヒリヒリ痛む。
“りん”は、その部分を両手でさすりながら思った。
(照れ隠しでアイアンクローをする女子高生ってどうよ……)