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俺、りん  作者: じぇにゅいん
第二部
42/177

第40話 『Baseball Queen (11)』

ジャストミートした小気味いい金属音がAグラウンドに響き、E組の5番バッター御厨の痛烈な打球が、ショートの小田島おだしまの真正面を襲った。


目の前でバウンドした、その打球を野球部でもない小田島が捕るのは不可能に近い。

だから……小田島は胸で止めた。


ドボッ!……という音とともに、打球の勢いは殺され、ボールが小田島の目の前にポトリと落ちる。

そして、激痛にひるまず、そのボールを掴んでファーストに送った。

ツーアウト……一塁に走りかけた御厨は天を仰いでいた。


セカンドの新谷が、小田島に駆け寄るが、小田島は「大丈夫」というジェスチャーでアピールし、“りん”は、小田島の闘志溢れるプレーに、「サンキュー!」と、持ち前の透き通るような声を張り上げる。


「ツーアウトツーアウト!」


素人揃いの校内球技大会。

しかし、和宏の気持ちは充実していた。


やっぱり野球は楽しい……と。

みんなの気持ちを一つにして戦うのは楽しい……と。


限界ギリギリの“りん”の体を、充実した気力でカバーしながら、最後の力を振り絞るかのように、E組の最後のバッターを三振に切ってとる。


試合終了。

スコアは1対0……堂々の完封勝利だ。


マウンド上……心の奥底から湧き上がる気持ちを形にするかのように、両手を空高く掲げた“りん”。

握り締めた右手に滲んだ汗に、太陽光が反射してキラキラと光る。

それは、まるで空に輝く5月の太陽が“りん”を祝福しているかのようだった。


笑顔一杯の大村たち、ナインが、マウンドに駆け寄り、グラウンドの周りからは、パラパラと拍手が沸き起こり始めた。

始めはまばらだった拍手が、次第に大きな波となり、これ以上ないほど盛大なものに変わっていく。


あまりの盛大さに、“りん”や大村らが周りを見渡すと……信じられないほどの人がAグラウンドを取り囲んでいた。

まるで……全2年生が集結しているといっても過言ではないほどに。


『優勝間違いなしと言われていたE組が負けそうだ』

『しかも、相手のピッチャーは女子らしい』


そんなディープインパクトに、誰もが“その女子ってどんなヤツだ?”と興味しんしんで集まってきた結果だった。

なかなか鳴り止まない拍手に、“りん”は、締まりなく口をポカンと開けたまま、周りを見渡す。


人、人、人……いつの間にこんなに人が集まっていたのか?


何が起きているのか把握できないでいる様子の“りん”に、大村が優しく声をかけた。


「……手でも挙げたら?」


「……え?」


「ホラ……こうしてさ」


大村は、ちょっとだけテレながら、“りん”の右手首を掴んで、一緒に手を掲げる。

さらに大きくなった割れんばかりの拍手に、“りん”は改めて回りを見渡すと、驚いたことに校舎の教室棟の1階(三年生)や3階(一年生)にも、グラウンドを見るために窓に鈴なりになっているクラスすらあった。

そんな光景に、和宏はようやく……この盛大な拍手が、“りん”に向けられていることに気付いた。


自分はただ、野球を存分に楽しんだだけなのに……それでも、一向に収まる気配がない拍手。

次第に、戸惑いと気恥ずかしさが湧き上がってきたが……不思議と気分は悪くない。


「さぁっ! 整列しようっ!」


すでにE組はホームベース前に整列していることに気付いた大村が、慌ててみんなに整列を呼びかけ、対面したA組とE組の面々を前に、ある意味、今日の影の殊勲者(?)とも言える主審の袴田がA組の勝利を宣した。


「1-0でA組の勝ちっ!! 礼っ!」


『ありっしたぁ!!』


体育会系特有の、妙に省略された“ありがとうございました”が場に響き渡り、同時に、“りん”の元にのどかが駆け寄ってきた。


「おめでとう……りん」


大きな瞳を、目一杯細めた笑顔は、まるで自分のコトのように嬉しい……といった感じだ。


「でね、山崎くんが……握手したいってさ」


そう言ったのどかのとなりから、“りん”に向かって、ズィッと伸ばされた無骨な手。

そのゴツゴツした手からは、普段こなしている豊富な練習量がうかがえた。


唐突な握手の求めに目をパチクリさせながら、おずおずと差し出した“りん”の右手が、山崎の右手にがっちりと握られる。


(……やけに大きい手だな……いや、俺の手が小さいのか)


“りん”になってから、“男”に手を握られたのは、よく考えたら初めてだ。

和宏は、その感触の不思議さに少し戸惑った。


「参ったよ。カーブだけじゃなく、シュートまで隠し持ってるとは思わなかった」


「あ、いや……、最後のシュートはマグレだよ。初めて投げたようなモンだし」


「……?」


和宏は、ハハ……と照れたように笑った。


本当のことだった。

“男”の時に、練習したものの、結局コントロールを付けられずに持ち球にできなかったシュート。

でも、この柔らかい“りん”の手首なら、うまく投げれそうな気がした……ただそれだけに過ぎない。


実際に、シュートを投げてみると、思った以上にコントロールも(ストライクにはならなかったにしろ)ついていた。

今後、改良の余地はありそうだ。


礼が終わって、互いのベンチに戻る両チーム。

その去り際、のどかが、誰にも聞こえないように一言だけ……“りん”の耳元でささやいていった。


「かっこよかったよ……和宏」




一塁側のベンチに戻った“りん”は、真っ先に沙紀や東子らの女子たちにもみくちゃにされ、それで、張り詰めていた気が抜けてしまったのか、べちゃっと地べたに尻餅をついてしまった。


「……どしたの? 大丈夫?」


沙紀が、びっくりした目で“りん”を見る。

なぜか、北村さんが、めちゃくちゃ心配げだ。


「下半身がもう……踏ん張れなくて……立てないや」


「しょうがないわね。……じゃああの木陰で少し休んたら?」


みんなに肩を貸してもらい、沙紀が指差した木を背にして、ペタリと座り込んだ“りん”に、北村さんがスポーツドリンクのペットボトルを手渡す。

ペットボトルを、ぐいっと一飲みして、やっと人心地ついた感じがした。


ようやく拍手が鳴り止み、圧倒的なギャラリーが引き始めた。

木陰から、その様子を見ていた東子が、興奮冷めやらぬ感じで沙紀に話しかける。


「いや~……スゴかったね。びっくりしちゃった」


「ホントよね……でも、悔しいけど……ちょっと感動したわ」


何故か、沙紀はホントに悔しそうな表情だ。


「……私も」


普段、あまり自分からは発言しない北村さんが、興奮した面持ちで沙紀に同調する。

そして、黒縁メガネの奥の瞳をウルウルさせながら言った。


「すごいよ……りんちゃんは」


北村さんの言葉に、その場にいる誰もが深く頷いた。

沙紀と東子は、何気なく“りん”に視線を移すと……俯いたままピクリとも動かない。


「ちょっ……? りん?」


沙紀は、“りん”の肩をポンポンと叩いてみたが、やはり全く返事がない。

「まさか……!?」という考えが頭をよぎり、沙紀の顔がサァーっと青ざめた。



―――zzz……



だが、返事の代わりに聞こえてきたのは、かすかな“寝息”。

「心配してソンした……」とばかりに、沙紀はガックリと肩を落とした。


「お……次の決勝がもうすぐだよ。ど、どうする?」


オロオロする新谷に、大村が“りん”を見ながら答える。


「しょうがないよ。俺たちだけでやろう。萱坂さんが目を覚ました時に、『優勝したよ』って言えるように」


大村とて、正直言うと、“りん”が抜けるのは厳しいと思っている。

でも、山崎との勝負から逃げようとした自分に対して、『死んでもイヤだ』と言った彼女の意地に、自分はまだ答えていない……という思いもあった。


(今度は……こっちが意地を見せる番だ)


そんな大村の思いが伝わったのかどうかは定かではないが、新谷をはじめとしたメンバーたちからは、妙なやる気が満ちていた。


「それにしてもさ……」


“りん”の顔を覗き込みながら、クスクス笑っている東子に、みんなが「何事か?」という感じで注目する。


「一体、どんな夢見てるんだろうね?」


「……夢?」


みんなは、“りん”に近づき、こっそりとその顔を覗き込む。

そして、その寝顔を見ては、誰もが笑みをこぼした。


「ホント……な~んか幸せそうだわ!」


かすかに……でも確かに微笑んでいる“りん”の寝顔。

沙紀の、あまりにピッタリな台詞に、みんなは笑った。

≪オマケ ~緊急座談会 その3~≫


東子「ねぇねぇ、作者さんっ?」

作者「なんでしょう?」

東子「今回のハナシさぁ……りんがかっこ良過ぎない~?」

作者「まぁ……りんは主人公ですから。それに野球しかとりえがないし、しょうがないでしょう」

東子「じゃあ、アタシが大活躍する話でも描いてよ~♪」

作者「“超絶運動神経ゼロ娘”が大活躍する話を描けって……そんなムチャ振りは、りんにしてください!」

東子「……(いろんな意味で)ひっど~い……(T T)」

作者「スポーツ全般に言えることですが、力の入りすぎは良くないですよ。だから『ふみゅっ!』って声が出てしまうんです!」

東子「ホントに~?」

作者「いいですか……力を抜いてレシーブしてみてくださいね。」(と言ってドコからともなく出したバレーボールを投げつける)

東子「ふ……ふみゅぅぅ……」(もちろんレシーブ失敗)

作者「『ふみゅっ!』の方の力を抜いてどうするっ(^^; ……だめだこりゃ……」


以上、東子の運動神経ゼロっぷりが証明されて終わる。

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