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俺、りん  作者: じぇにゅいん
第二部
36/177

第34話 『Baseball Queen (5)』

バレーボールの試合は、A組の圧勝だった。

やはり、成田さんや北村さんの女子バレー部コンビの力と、沙紀の飛び抜けた運動能力のおかげだろう。

例え、東子が『ふみゅっ!』をやらかしても、取り返せるだけの強さがA組バレーチームにはあるのだ。


バレーの試合が終わって、次の試合までの間、女子たちは野球とサッカーの応援に回る。

すでに、A組対D組の、サッカーの試合が始まっていたので、そちらの応援に向かった女子が3名いたが、残りの女子は野球の応援をすることになった。

そのメンバーには、当然のごとく、沙紀、東子、成田さん、北村さんが含まれている。


和宏は、そのメンバーとともにE組の試合が行われているAグラウンドに駆けつけた。

そこで、真っ先に目に入ったのは、野球とは思えない点数が入ったスコアボードだった。


3回の表、E組攻撃中。

17対0。


ルールでは、試合開始から50分を過ぎたら、新しいイニングには入らないことになっている。

今、ちょうど9時50分なので、もう次のイニングには入らないだろうが、このイニングがいつ終わるのかが定かではない。

このまま、延々とE組の攻撃が続くんじゃないのか、と思われるほど、E組の連中はパカスカ打ちまくっていた。

C組のピッチャーが、「どうぞ打ってください」と言わんばかりのタマしか放っていないというのもあるが。


時間が10時を過ぎる頃、体育教師の袴田が、3回表途中での試合終了を宣告した。

実質的なコールドゲーム。

C組の連中は、ようやく試合が終わって、一様にホッした表情を浮かべているように見えた。


「よく打ってたね。E組」


和宏が、先にE組の試合を観戦していた大村に話しかけると、大村は、ウーン……と唸りながら答えた。


「……そうだね。C組のピッチャーがひどかったっていうのもあるけど」


「萱坂さんなら大丈夫」と言いたいのか、それとも単なる気休めなのか……和宏には判断がつかなかった。

だが、そのどちらでも関係ない……とも思う。


「ま、楽しんでいこうよ」


「……!?」


“りん”の、その楽観的な台詞に、大村が「あのE組相手に!?」という顔をする。

そして、次の瞬間、大村がプッと吹き出した。


「ハハ……いいね、それ。“秘策”もあることだしね」


「そ。ちゃんと勝ち目はあるんだから!」


勝ち目はある……そんな当たり前のことに気付いた大村は、“りん”と一緒に笑いこけた。




しばらくして、ホームベース前に陣取った審判・袴田が、一塁側のA組と三塁側のE組に対して、「整列っ!」という号令をかけ、それを合図にして、両チームがホーム前に整列する。

和宏は、眼前に並んだ、E組のメンバーを眺めて、ギョッとした。


(……のどか!?)


一際ちっちゃいのどかが、E組の列の一番端っこにピョコンと入っている。

のどかは、和宏の視線に気付くと、いたずらっぽくニコッと笑った。


(そういうことか……)


E組の女子枠はのどか、だ。

さっき、『お手並み拝見』と言っていたのは、このことだったんだと、和宏は気付いた。

礼が終わり、後攻のE組が守備に散っていく。

ちなみにのどかはベンチに戻っていった……最初はベンチウォーマーらしい。


E組のマウンドに上がった、野球部の次期エースと言われる御厨誠治が、投球練習を始めた。

185センチはあろうかという長身から、オーバースローで投げ下ろされる直球は、なかなか威力がありそうだ。

ただ、ひょろりとした体型から受ける印象もあるが、スピードはあっても、球質は軽いように見える。


「御厨の球は、当たれば飛ぶからね。……任せたよ、萱坂さん」


「オッケー!」


大村のアドバイスに、人差し指と親指で○を作る“りん”。

その“りん”が、A組の1番バッターだ。

これは、大村の考えた“秘策その1”であった。


御厨の投球練習が終わり、“りん”がバッターボックスに入る。

すかさず、御厨は、バックに向かって、内野外野とも前進守備をするよう指示を出した。

和宏は、顔に出さないようほくそ笑む。


(予想どおりだ……)


女子は非力だ。

増して、バットを持ったこともない……というような女子も多い。

だから、バットにボールが当たっても大して飛ばない。

ゆえに、ポテンヒットを警戒して前進守備をしておけばOK……というわけだ。


だが、和宏は違う。

“りん”の身体は、確かに非力だが、一番軽い金属バットを目一杯短く持てば、何とか振れる。

真っ芯を喰えば、前進守備の外野の頭くらいなら、充分に越す自信があった。


「プレイボール!」


審判の袴田の、号令により試合が開始された。

御厨の、堂に入ったワインドアップモーションから、第1球が放たれる。

だが、その球は、明らかに女の子用の球……ど真ん中の棒球だった。


フルスイング。


ジャストミート特有の乾いた金属音が響き、予想以上に鋭く飛んだボールは、前進守備のレフト山崎の頭上を越える。


「ぅおおおおっ!」


A組のベンチから、男子たちの雄たけびが上がった。

“りん”は、「回れ回れ!」というベンチからの掛け声を聞きながら、ベースを回る。

2塁を回ったところで、走りながらレフトの様子を確認すると、山崎はまだボールを追いかけている途中だった。


ボールは、となりのBグラウンドのライトの守備位置まで転がっている。

これなら、例え山崎がイチローだったとしても間に合うまい。


ランニングホームラン。

マウンド上の御厨は、まだ驚いたような顔をしていた。


「作戦成功!」


「イェイ!」


大村は、“りん”とハイタッチを交わす。

試合直前に大村が提案した“秘策”……「油断を誘ってあわよくば1点いただき♪」作戦が大成功だ。


“りん”のピッチングを見てしまったら、その野球センスに誰だって気付くだろう。

そうしたら、今のような前進守備だってしてくれないはずだ。

そうなる前に……ということで、“りん”を1番バッターにしたのである。

まさに大村の作戦勝ちだった。


「りん! やるじゃない!」


「うんうん! すごいすごい!」


ベンチの後ろで応援している沙紀たちも大喜びしていた。


「カッコいいよ! りんちゃん!」


三つ編み、黒縁メガネがトレードマーク、いつもは口数が少なくて大人しい……そんな清楚な北村さんが、珍しく大声で“りん”に声援を送った。

しかも……ちょっとだけ衝撃的な台詞を。


“りん”は、照れ笑いをしながら、北村さんに手を振った。

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