第34話 『Baseball Queen (5)』
バレーボールの試合は、A組の圧勝だった。
やはり、成田さんや北村さんの女子バレー部コンビの力と、沙紀の飛び抜けた運動能力のおかげだろう。
例え、東子が『ふみゅっ!』をやらかしても、取り返せるだけの強さがA組バレーチームにはあるのだ。
バレーの試合が終わって、次の試合までの間、女子たちは野球とサッカーの応援に回る。
すでに、A組対D組の、サッカーの試合が始まっていたので、そちらの応援に向かった女子が3名いたが、残りの女子は野球の応援をすることになった。
そのメンバーには、当然のごとく、沙紀、東子、成田さん、北村さんが含まれている。
和宏は、そのメンバーとともにE組の試合が行われているAグラウンドに駆けつけた。
そこで、真っ先に目に入ったのは、野球とは思えない点数が入ったスコアボードだった。
3回の表、E組攻撃中。
17対0。
ルールでは、試合開始から50分を過ぎたら、新しいイニングには入らないことになっている。
今、ちょうど9時50分なので、もう次のイニングには入らないだろうが、このイニングがいつ終わるのかが定かではない。
このまま、延々とE組の攻撃が続くんじゃないのか、と思われるほど、E組の連中はパカスカ打ちまくっていた。
C組のピッチャーが、「どうぞ打ってください」と言わんばかりのタマしか放っていないというのもあるが。
時間が10時を過ぎる頃、体育教師の袴田が、3回表途中での試合終了を宣告した。
実質的なコールドゲーム。
C組の連中は、ようやく試合が終わって、一様にホッした表情を浮かべているように見えた。
「よく打ってたね。E組」
和宏が、先にE組の試合を観戦していた大村に話しかけると、大村は、ウーン……と唸りながら答えた。
「……そうだね。C組のピッチャーがひどかったっていうのもあるけど」
「萱坂さんなら大丈夫」と言いたいのか、それとも単なる気休めなのか……和宏には判断がつかなかった。
だが、そのどちらでも関係ない……とも思う。
「ま、楽しんでいこうよ」
「……!?」
“りん”の、その楽観的な台詞に、大村が「あのE組相手に!?」という顔をする。
そして、次の瞬間、大村がプッと吹き出した。
「ハハ……いいね、それ。“秘策”もあることだしね」
「そ。ちゃんと勝ち目はあるんだから!」
勝ち目はある……そんな当たり前のことに気付いた大村は、“りん”と一緒に笑いこけた。
しばらくして、ホームベース前に陣取った審判・袴田が、一塁側のA組と三塁側のE組に対して、「整列っ!」という号令をかけ、それを合図にして、両チームがホーム前に整列する。
和宏は、眼前に並んだ、E組のメンバーを眺めて、ギョッとした。
(……のどか!?)
一際ちっちゃいのどかが、E組の列の一番端っこにピョコンと入っている。
のどかは、和宏の視線に気付くと、いたずらっぽくニコッと笑った。
(そういうことか……)
E組の女子枠はのどか、だ。
さっき、『お手並み拝見』と言っていたのは、このことだったんだと、和宏は気付いた。
礼が終わり、後攻のE組が守備に散っていく。
ちなみにのどかはベンチに戻っていった……最初はベンチウォーマーらしい。
E組のマウンドに上がった、野球部の次期エースと言われる御厨誠治が、投球練習を始めた。
185センチはあろうかという長身から、オーバースローで投げ下ろされる直球は、なかなか威力がありそうだ。
ただ、ひょろりとした体型から受ける印象もあるが、スピードはあっても、球質は軽いように見える。
「御厨の球は、当たれば飛ぶからね。……任せたよ、萱坂さん」
「オッケー!」
大村のアドバイスに、人差し指と親指で○を作る“りん”。
その“りん”が、A組の1番バッターだ。
これは、大村の考えた“秘策その1”であった。
御厨の投球練習が終わり、“りん”がバッターボックスに入る。
すかさず、御厨は、バックに向かって、内野外野とも前進守備をするよう指示を出した。
和宏は、顔に出さないようほくそ笑む。
(予想どおりだ……)
女子は非力だ。
増して、バットを持ったこともない……というような女子も多い。
だから、バットにボールが当たっても大して飛ばない。
ゆえに、ポテンヒットを警戒して前進守備をしておけばOK……というわけだ。
だが、和宏は違う。
“りん”の身体は、確かに非力だが、一番軽い金属バットを目一杯短く持てば、何とか振れる。
真っ芯を喰えば、前進守備の外野の頭くらいなら、充分に越す自信があった。
「プレイボール!」
審判の袴田の、号令により試合が開始された。
御厨の、堂に入ったワインドアップモーションから、第1球が放たれる。
だが、その球は、明らかに女の子用の球……ど真ん中の棒球だった。
フルスイング。
ジャストミート特有の乾いた金属音が響き、予想以上に鋭く飛んだボールは、前進守備のレフト山崎の頭上を越える。
「ぅおおおおっ!」
A組のベンチから、男子たちの雄たけびが上がった。
“りん”は、「回れ回れ!」というベンチからの掛け声を聞きながら、ベースを回る。
2塁を回ったところで、走りながらレフトの様子を確認すると、山崎はまだボールを追いかけている途中だった。
ボールは、となりのBグラウンドのライトの守備位置まで転がっている。
これなら、例え山崎がイチローだったとしても間に合うまい。
ランニングホームラン。
マウンド上の御厨は、まだ驚いたような顔をしていた。
「作戦成功!」
「イェイ!」
大村は、“りん”とハイタッチを交わす。
試合直前に大村が提案した“秘策”……「油断を誘ってあわよくば1点いただき♪」作戦が大成功だ。
“りん”のピッチングを見てしまったら、その野球センスに誰だって気付くだろう。
そうしたら、今のような前進守備だってしてくれないはずだ。
そうなる前に……ということで、“りん”を1番バッターにしたのである。
まさに大村の作戦勝ちだった。
「りん! やるじゃない!」
「うんうん! すごいすごい!」
ベンチの後ろで応援している沙紀たちも大喜びしていた。
「カッコいいよ! りんちゃん!」
三つ編み、黒縁メガネがトレードマーク、いつもは口数が少なくて大人しい……そんな清楚な北村さんが、珍しく大声で“りん”に声援を送った。
しかも……ちょっとだけ衝撃的な台詞を。
“りん”は、照れ笑いをしながら、北村さんに手を振った。