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俺、りん  作者: じぇにゅいん
第二部
35/177

第33話 『Baseball Queen (4)』

球技大会の当日。

教室棟の2階……2年生のフロアは、朝からえんじ色のジャージの生徒で一杯だった。


ちなみに、鳳鳴高校のジャージには、男女の区別はない。

エリ付きの、胸元には校章がプリントされた、ごくありふれたジャージである。


A組の教室では、種目ごとにグループが分かれ、それぞれ最後の打ち合わせに余念がなかったが、バレーチームだけは、のほほんとした井戸端会議と化していた。

沙紀が……東子が……成田さんや北村さんが、めいめい“バレー以外のこと”を喋り合う、完全に弛緩した雰囲気。


逆に、野球チームは真剣そのものだった。

リーダーである大村の、真面目な性格も影響しているに違いない。


「え~、僕たちの最初の試合は、10時からAグラウンドで。相手は、C組とE組との勝者」


2年生はA~F組までの、全部で6チームであるが、“りん”のA組は、トーナメント表のシード枠に入ったので、いきなり準決勝からと言うことになっていた。

いつものグラウンドは、AグラウンドとBグラウンドに2分割され、2試合が同時進行されることになる。


9時からが1回戦。

10時からが準決勝。

11時から決勝と3位決定戦。


午前中で、全ての試合が終了することになるスケジュールだった。


「どうせE組が上がってくるんだろ?」


他の男子たちが、口々に同じ事を言う。

どうやら、E組が強いというのは、周知の事実らしい。


「そうだね。E組は野球部員が5人もメンバーに入ってるし、山崎もいるしね」


(山崎……?)


和宏は、“りんの記憶”を手繰ってみたが、この名前はヒットしなかった。

しかし、男子たちは、みんな知っているようだ。


「……あの……山崎って誰?」


「ああ、山崎やまさきすぐるって言うんだけど、野球部で唯一の2年生レギュラーなんだ」


「へぇ……」


和宏は、2年生のうちはレギュラーになることはできなかった。

それだけに、2年生でレギュラーになれた、というだけで大したものだ……と和宏は素直に感嘆した。


「それに、次期エース候補の御厨みくりや誠治せいじもいるしね。……E組は強いよ」


2年生レギュラーの山崎卓。

次期エース候補の御厨誠治。

他3人の野球部員。


素人が多い校内の球技大会レベルではダントツの強さを誇ると言っていいだろう。

しかし……「だからこそやりがいがある」と和宏は思う。

“りん”の身体は、“和宏”の身体に比べると、筋力も弱いし、スタミナもない。

そんな“りん”の体でピッチングをしなくてはならないのは、和宏にとって大きなハンデだが、ダメで元々だ。


(例え相手がどんなに強くても……絶対に一泡吹かせてやる!)


―――自らの勝利を信じない者に、決して勝利は訪れない。

―――自らの勝利を信じる者だけが、勝者になる資格を得るのだから。


それが、今までに培ってきた和宏の勝負の哲学だ。




程なくして、グラウンドで開会式が行われ、いよいよ球技大会が始まった。

グラウンドの奥……校舎から一番遠いところでは、すでにサッカーの試合が始まっている。

すぐ近くのAグラウンドとBグラウンドでも、すぐに試合が始まりそうな雰囲気だ。


(さて、んじゃE組の試合でも見ておくか……)


そう思った瞬間だった。

背後から、ジャージのエリを、ムンズと摘み上げられる感覚が和宏を襲う。


「さ、りん。私たちの試合の応援ヨロシク♪」


……沙紀だ。

和宏は、なすすべなく体育館に連行されてしまった。

男子の放つような熱血な空気など微塵もなく、ゆる~い雰囲気が充満した、女子ばかりの体育館。


その中で、第1試合のA組対B組が始まった。

9人制ということで、ちょうど9人しかいないA組は、全員コートに出ている。

……あの“超絶運動神経ゼロ娘”の東子も、だ。


(……出来たらE組の試合を見ておきたかったけどな……まぁ仕方ないか)


和宏は、E組の試合を観るのをあきらめ、体育館の2階席から沙紀たちの応援をすることにした。

コート上の沙紀と東子は、目ざとく2階席の“りん”を見つけると、「おーい」という感じで、手を振る……試合中だというのに緊張感のカケラもない。


沙紀のサーブから始まった試合は、成田さんや北村さんの華麗なトスと、東子の例の「ふみゅっ!!」という声と、沙紀の力任せのスパイクにより、賑やかに進行していく。

A組の優勢だ。


相変わらずパワフルな沙紀のスパイクが決まり、和宏がパチパチと拍手したところ、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。


「ピッチャーするんだって?」


和宏が、座ったまま振り返ると、えんじ色のジャージを着たのどかが立っていた。

ジャージのサイズがちょっと大きいようで、袖もズボンも折り返している。


「あ、ああ」


E組(ウチ)の野球チーム、強いよ」


のどかはE組である。

実際、E組では、野球での優勝は既定路線という雰囲気があった。

しかし、それこそが和宏のつけ込みたいモノだ。


「知ってるか? 勝負に絶対はないんだぜ?」


「お……言うねぇ」


和宏の、ニヤリとしながら言い放った台詞に、嬉しそうにニッコリするのどか。


「じゃ、お手並み拝見……だね」


それだけ言うと、のどかは1階に降りていった。


(そんなことわざわざ言いに来たのか……?)


和宏は、立ち去っていくのどかを目で追いながら首を傾げた。

そうこうしているうちに、バレーの試合が終わり、沙紀と東子は、2階席の“りん”に向かって、勝利のVサインを掲げる。


(……お前は何もやってないだろ? 東子?)


笑顔でVサインをする“超絶運動神経ゼロ娘”に、和宏は、心の中で優しく突っ込みを入れた。

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