第29話 『憂鬱な日 (3)』
6時間目の終わりを知らせるチャイムが、教室全体の空気を弛緩させる。
これで、今日の授業が終わりだということを、誰もが認識するからだろう。
和宏もまた、その一人だ。
もちろん、授業が終わったところで、生理痛が治まるなんてことはない。
ただ、授業中は、気を紛らすものがないので、生理痛を余計意識させられるのも確かだった。
これはもう“憂鬱”以外の何者でもない……和宏は心の底からそう思った。
担任の種田は、「あ〜今日も終わった!」っていうライトな感じでHRを切り上げると、さっさと職員室に戻っていく。
それを合図にするかのように、掃除当番が……部活に行く者が……本格的に動き始めた。
「じゃ、部活に行くわよ!」
「おっけー!」
いつも元気な沙紀と東子だが、今日は殊更元気に感じる。
「じゃあね、りん!」
いつになく爽やかな沙紀と東子は、小走りで教室を出ていった。
(部活……か)
“りん”は、いわゆる帰宅部だった。
和宏としては、体を動かす方が好きなので、どうせなら運動部にでも入りたいとは思う。
となれば、第一希望は当然“野球部”なのだが、さすがに女の身では入れない。
かといって、他のスポーツにはあまり興味もわかない。
ただでさえ生理で憂鬱だというのに、もう一つ憂鬱になる材料が加わってしまっては、和宏はもうため息をつくしかなかった。
今週は、掃除当番ではない和宏は、もう学校にいてもする事がない。
家に帰っても、特にすることがあるわけではないが、テレビでも見ていれば、少しは気が紛れるだろう。
和宏は、教室の中を忙しく動き回りながら掃除するクラスメイトたちを尻目に、教室を出た。
生徒用の玄関には、学年ごとに割り当てられたスペースがある。
2年生はちょうど真ん中辺りで、A組は、そのスペースの端っこだ。
和宏が、下駄箱で靴を履き替えようとしていると、背中から声をかけられた。
「りんじゃないか」
この落ち着き払った口調は、のどかである。
和宏が振り向くと、のどかはダンボールを抱えながら、こちらを見て微笑んでいた。
「もう帰るのかい?」
「……ん、いてもすることないしね」
「じゃあ、ちょっと寄っていかない?」
和宏が、「ドコに?」と言うよりも先に、のどかは、「ついておいで」と言って歩き始めてしまった。
相変わらず強引だな……と思うのだが、とりあえずのどかの後ろについていくしかなかった。
鳳鳴高校の校舎は、大きく分けると、2つの棟に分かれる。
いつもの教室がある教室棟と、職員室や保健室などがある管理棟。
のどかがやってきたのは、管理棟にある生徒会室だった。
和宏にとっては、一生縁のなさそうな場所だが、のどかは生徒会長だから、ある意味ここが根城でもある。
引き戸を開けて中に入ると、思ったよりモノが少ないガランとした部屋だった。
のどかは、抱えていたダンボールを作業机において一息つく。
「それ何?」
さして重そうではないが、書類の束らしきものが詰め込まれている。
「これね。ウチの担任が生徒会顧問やってるから、どんどん雑用を回してくるのさ」
のどかは、愚痴っぽく言った。
「ところで、体の調子はどう?」
「ん〜、キツい」
「……だろうね」
「下半身だけ取り外せたらいいんだけどな」
和宏は、腰に手を当てて、本当に取り外そうとするような仕草をした。
当たり前の話だが、取り外せるわけがない。
冗談とも本気ともつかない和宏の台詞に、のどかがクスクスと笑う。
「そういやさ、体育の時はどうするんだ?」
「量が多い時は見学……かな」
「え〜〜! やだよ〜」
体育だけは、和宏の楽しみなのだ。
それを見学しなくちゃいけないなんてありえない……と和宏は思う。
「じゃあ……タンポンを使うとか?」
「え゛!?」
ナプキンが当てるモノなら、それは入れるモノ……である。
もちろん、和宏は、見たことも触ったこともない。
「……そ、それはイヤだな……ものスゴく」
なんといっても、心理的抵抗感がハンパない。
それだけは勘弁してくれ……と、和宏は思った。
「う〜ん。後は横モレ防止機能が充実したナプキンを使うくらいしか方法はないんじゃないかな」
「そんなのあるのか?」
「わたしの使ってるヤツ……夜用だけど、寝相の悪いわたしでも横モレしないんだ。」
のどかは寝相が悪いのか……非常に意外だ、という思いが頭をよぎる。
この美少女風の外見からは、キュートな寝姿しか想像できない。
(……でも、そういやコイツ“男”だったな。一瞬、忘れてたよ……)
危うく外見にだまされる(←?)ところだった和宏は、無意識に両手で頭を抱えた。
「……? どうかした?」
「あ、ああ……なんでもない……ハハ」
のどかが、訝しげな視線を向けながら、首を傾げる。
和宏は、わざとらしくポニーテールを触っては、笑って誤魔化した。
ヘンなの……?、という感じで、クスクスと笑うのどか。
(……でも、やっぱりかわいいんだよな……外見は)
「欲しい?」
「……ええっ!! な、何をっ!?」
「『何をっ!?』って……ナプキンだよ。横モレしにくいナプキンを使ってみるか? って言っているんだけど」
「あ……な、なんだ……ナ、ナプキンのことか……」
(あ~、ビックリした……!)
和宏は、のどかに見とれていたことに気付いて、心の中で苦笑いする。
顔が、少しばかり火照っていた。
「夜用だから、ちょっと厚めだけどね。明日持ってきてあげるから使ってみるといいよ」
「うん、わかった。サンキュー!」
初めてナプキンを使ってみた感想が、「なんか激しい動きをしたら横モレしそうだな」だった。
もし、そういう心配がなくなるなら、ちょっとだけ嬉しい……と思う。
そんなことを考えながら、和宏はふと思った。
「……でもさ、なんかこの会話ヘンじゃね?」
「?」
「……イヤイヤ、どう考えても男同士の会話じゃないよな、これは?」
和宏は、のどかと自分を指差しながら、確かめるように言う。
のどかは、一瞬だけキョトンとして、次の瞬間には、アハハと笑い出していた。
「そ、そうだね。ヘンだね。明らかに」
まるでツボに入ったかのように、なおも笑い続けるのどか。
和宏も、一緒に笑った……自嘲的な意味も込めて。
お互い“男”なのに、生理に関する情報を交換をする二人。
なんだかもう、悲しいやら情けないやら、だ。
でも、この憂鬱な日に、少しだけ救われたような気がしたひとときだった。
≪オマケ ~緊急座談会 その2~≫
作者「え~と、この企画、2回目ですね……まさかことみ母さんを出す羽目になるとは思いませんでした……」
こと「あらぁ、作者さん……ここで要望すれば、何でも叶うって聞いたけど本当ぉ?」
作者「一体誰に聞いたんですか? んなハズないでしょう」
こと「あのねぇ、“テキサスに愛を込めて”のトールくんに会いたいわぁ♪」
作者(人のハナシを聞けっ!!!)
作者「まぁ、それはともかく……自分で出しておいてナンですが、そのドラマ面白いんですか? 病気で死の淵にいる恋人“ナミ”の『見渡す限りのブルーボネットを見たい』という願いを叶えるため、亡き祖父の残したテキサスの大農場に単身渡米し、ハリケーンや近隣住民や追いかけてきた昔の彼女の妨害に負けず、頑張るトールを描いたドラマなんですが……そんなドラマが、ホンット~に面白いんですか??」
こと「トールくんが可愛いのよぉ♪」
作者(……ドラマはどうでもいいんだ……)
こと「そうだ! トールくんが、りんのカレシになるって話はどぉ?」
作者(………)
こと「偶然出会った二人が、お互いに一目惚れ……なんてどうぉ? 母親が言うのもなんだけど、りんは、あたしに似て、器量が良くて美人よぉ?」
作者(………)
こと「トールくんが、りんと結婚して息子になってくれたら、お母さん死んでもいいわぁ♪」
結局、ことみ母さんが欲望の限りを口にしただけで終わる。