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俺、りん  作者: じぇにゅいん
第二部
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第27話 『憂鬱な日 (1)』

今日は、5月20日の火曜日。

和宏が、“りん”になってから、はや1週間になろうとしていた。

それなりに、“りん”としての生活にも慣れてきた。

そんな時にたまたま聞いた、とある女子生徒のトイレでの会話。

「生理が……」とか、「ナプキン……」とか。

“男”の和宏にとっては、聞きなれない言葉だったが、女子にとってはいろいろと大変らしい……という認識くらいは持ち合わせていたので、何気なく“りんの記憶”を手繰ったのが始まりだった。


―――予定どおりなら、次は5月21日!


“生理”という言葉だけは、和宏だって聞いたことがある。

でも、それがなんなのかということはわからない。

仕方がないので、“りんの記憶”を手繰ってみると、和宏にとって、それは想像をはるかに越えた難儀なイベントであることが判明した。


生理痛。

出血。


和宏は、もうこれだけで「イヤ」と思った。

しかし、「イヤ」で済むのなら、女は誰も苦労はしない。


ナプキン。

定期的な交換。


(……ナプキンって何?)

(テレビのCMで、『多い日も安心』とか言ってるアレのことか?)


和宏にとっては、触ったことのないシロモノである。

男性には、無縁のものなのだから当然だろう。

和宏だって、“本来なら”必要のないものだ。

そして、めんどくさがりの和宏には、それを定期的に交換なんて、凄まじく面倒なことに思えて仕方がない。


(うう……憂鬱だ……始まる前から憂鬱だ……)


しかし……昇った太陽が必ず沈むように……沈んだ太陽が必ず昇るように……明日は必ずやってくる……。




5月21日の朝。

目覚めた瞬間に、来てることが分かった。

ズキズキと痛むワケでもなく、キリキリと痛むワケでもない。

言うなればシクシク痛い。

鈍痛という言葉がピッタリの痛みが、和宏の下腹部を絶え間なく刺激する。


(……こんな鬱陶しい痛みがしばらく続くのか? マジで?)


……でも、誰も『そんなハズないじゃな~い♪』なんて言ってはくれない。

ズ~ンと重くて鈍い痛みだけが、『観念しろ』と言っているような気がした。


幸い、食欲はいつもよりもあったくらいだったので、朝食は手早く済ませることができた。

このまま、家を出る時間まで休んでもよかったが、和宏は、念のために早めに家を出ることにした。

あまり急いで歩いたり、走ったりしたら、ズレて漏れそうな気がするからだ。


「もう行っちゃうのぉ? 今日は何かあったかしら?」


ことみは、人差し指を頬に当てて首を傾げた。

和宏としては、特に用事があるわけじゃないのだが、生理がどうこうという話をするのも恥ずかしいので、「ちょっと友だちと一緒に登校する約束してるから」と説明した。

その台詞に化学反応を起こしたかのように、途端に輝き始めたことみの瞳。

実は、その台詞は、和宏にとって致命的なミステークだったのだ。


「カレシねっ! カレシと約束してるのねっ!」


和宏は、力一杯「しまったっ!」と思いながら、ことみから逃げるように「いってきますっ!」という大声とともに家を出た。

……やはり嘘をついてはいけない。

“身から出た錆”とは、こういうことを言うのであろう。




かなり早めに入った教室は、まだ生徒もまばらだった。

席に座っても、当然のことながら、生理痛が治まることもない。

教室の中を、ドタドタ走り回ったり、楽しそうに笑い転げたりする男子生徒たちを見て、和宏は、「ハァー……」と深く息を吐いた。


(いいよなお前ら。関係なくて……)


ほんの1週間前までは、和宏だってソッチ側……関係なかったのだ。

何でこんなことになってしまったのか。

和宏は、ムカムカとした怒りを感じるものの、そのやり場のなさに余計憂鬱になった。


「おはよ……って、なに景気の悪い顔してるのよ」


今、登校してきたばかりの沙紀が、鞄を机の横に掛けながら、ニコニコし顔で“りん”に話しかけてくる。

しかし、今の和宏は笑えるような精神状態ではない。


「……おはよ」


「おや、何やらご機嫌ななめですね〜」


沙紀と一緒に教室に入ってきたらしい東子が、例のアニメ声でチャチャを入れる。

どういうワケか、東子も妙にニコニコ顔だ。


「……そんなことないよ」


そう言いながら、“りん”の口はへの字口である。

思いのほか機嫌の悪い“りん”に、沙紀と東子は顔を見合わせていた。


8時10分を過ぎる頃には、ほとんどの生徒が揃った状態になるので、教室内はかなり騒々しくなる。

そんな中、“りん”の席をとり囲むように、沙紀と東子と成田さんと北村さんが、あの女子高生に人気のドラマ“テキサスに愛を込めて”の話をしていた。


「ねぇねぇ。昨日の予告CM見た?」


このドラマが、相当好きそうな成田さんが、目をキラキラさせてみんなに聞いた。

みんなも……沙紀や東子までが、口々に「見た見た」と楽しそうだ。


「やっぱりトールの昔の女が出てきたね」


成田さんは、本当にこのドラマが好きみたいだ。

キャピキャピした雰囲気を持ってるし、確かにこの手のドラマが好きそうだ。


「意外に可愛い系の女の子だったね!」


「本当……意外よね」


(イヤ、北村さんが、ああいうドラマが好きって事の方が意外なんだけど)


いつも三つ編みして、黒縁のメガネをしている北村さんは、スゴく真面目そうで、こんなドラマとは無縁に見える。

もっとも、女子バレー部所属と聞いた時も、文化部な印象だったので、意外だと思ったが。


「この勢いだと、あと4人くらいは出てくるかもしれないわね。昔の女」


沙紀の、冗談だか本気だかわからない台詞に、みんなが笑った。


「あり得るあり得る〜!」


(……どんなドラマだっ!?)


このドラマを見たことのない和宏は、当然、話についていけない。

さすがに、ここまで蚊帳の外だと寂しいので、とりあえず1回くらいは見ておこうかな……と和宏は思った。

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