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俺、りん  作者: じぇにゅいん
第一部(改訂中)
24/177

第23話 『Restart』

月曜日の朝。

のどかに教わったとおり、ポニーテールを結んだ和宏は、気持ちを引き締めて部屋を出る。

下に降りると、朝食の済んだことみが、仕事に出かける準備を繰り広げている最中だった。


「あらぁ、今日は早いのねぇ。」


「うん。ちょっとね。」


「さては・・・カレシと一緒に・・・。」


また、ことみ母さんの暴走が始まったので、和宏は、あえて話を合わせずに急いでいる振りをすることにした。

玄関で、座って革靴を履きながら、備え付けの鏡を覗き込む。

えんじ色のセーラー服に黄色いスカーフとポニーテール。

そして、心なしかキリリとした“りん”の顔。


正直なところ、沙紀とも東子とも、顔を合わせるのは非常に気が重いのだが、今後のことを考えるとそうも言っていられない。

避けては通れない道だ。


(まぁいいや。なんとかなるだろ。)


和宏の特殊スキルが、今再び発動された。

いつだって前向き・・・これが和宏のいいところだ。

和宏は、頬っぺたをパチンと叩いて、改めて気合を入れ直した。


「いってきますっ!」




ここ数日は晴天続きだ。

今日も、雲一つない青空が広がっている。

こんな月曜日もいいもんだ・・・和宏はそう思った。


学校が近づくにつれ、登校する生徒の数が増えてくる。

その生徒の群れの中には、並んで歩いている沙紀と東子もいた。


(・・・行くぞっ!)


和宏は、表情を引き締めて、もう一度気合を入れ直す。

そして、背後から沙紀と東子に近づき、努めて明るく声をかけた。


「おはよっ!」


驚いて振り向く沙紀と東子。

和宏は、素早い動きで沙紀の背後にぴったりくっつき、必殺の“ヒザカックン”を仕掛けた。

思いもかけない和宏の攻撃に、沙紀のヒザはカクンと折れてバランスを崩す。

ヒザカックン大成功だ。

そのスキに、和宏は二人を追い抜いていく。

そして、途中で振り返って、沙紀と東子に向かって叫んだ。


「早く行かないと遅刻するぞっ!」


それだけ叫んで、また走り出す和宏。

沙紀と東子は、キョトンと顔を見合わせた。


「・・・どうしたんだろ?」


「さぁ?・・・でも、なんか『吹っ切れたっ!』って感じ?」


東子は、その吹っ切れた様子の“りん”を目で追いながら、クスクス笑った。


「ふ~ん・・・。ま、何があったか知らないけど・・・いいんじゃない?」


沙紀は、嬉しいことでもあったかのように、ニンマリと笑う。

そして、身体をウズウズさせながら、「よ~し・・・」と呟いた。


「こらっ!りん!女子バスケ部次期キャプテンの私の脚力を舐めないでよね!」


沙紀は、威勢のいい台詞を吐きながら、先を走る和宏を追いかけ始めた。

和宏は、走りながらも、ちょくちょく振り返って、沙紀と東子の様子を伺っていたが、猛然と走り出した沙紀に目を丸くする。


(おわっ!沙紀はえぇ!)


豪語するだけあって、沙紀の足は速かった。

その差がどんどん詰まっていく。


「女子バスケ部万年補欠候補のアタシの脚力も舐めないでよね!」


東子も、沙紀のマネをするかのような台詞を吐きながらドタドタ走る。

その足は、明らかに和宏より遅かった。


(東子おせぇ!)


そう思った瞬間、沙紀の右手が、和宏の右肩をガッシリ掴んだ。


「つっかまえたっ!」


沙紀は、そのまま和宏の頭を抱え込み、ヘッドロックの態勢に入る。

その一連の動作は、妙に手馴れていた。


「イダダダダダダッ!!!」


情け容赦ない沙紀の責めに、悲鳴を上げつつ少し涙目になる和宏。

ようやく東子が追いついて、「まぁまぁ、とりあえずそれくらいで。」と合いの手を入れる。

ヘッドロックから解放された和宏は、右手で頭を押さえながら、ボソッと呟いた。


「沙紀・・・力強すぎ。」


「・・・私のアイアンクローも喰らいたいみたいね?」


右手をワキワキさせる沙紀の目が、冷たく光ったのを和宏は見逃さなかった。

「本気でやる気だ。」と、和宏は確信する。


「ゴメンさない。もお言いません。」


「よろしい。」


満足げに頷く沙紀。

和宏は、「コイツ、絶対いじめっ子だ。」と思った。

そんな二人のやり取りを聞きながら、東子はクスクス笑っていた。


「りん、髪型変えたねっ♪」


東子は、和宏の髪型に目ざとく気付いた。

そういえば・・・という感じで沙紀も遅まきながら、和宏の髪形に気付く。


「あっ、そういえばポニーテールね。」


(沙紀さん・・・。ヘッドロックの時に気付くべきではないでしょうか・・・。)


通学中の他の生徒が、三人を追い抜きざま「何やってんだコイツら。」的な好奇な視線を向けるが、それにも構わず立ち止まったままの3人。

沙紀と東子は、和宏の髪型を「へー」とか「ほー」とか言いながらしげしげと眺める。

見世物状態になっていることに気付いた和宏は、照れ隠しも含めて2人に聞いた。


「・・・似合うかな?」


「うん。全然似合ってるわね。」と、少しヘンな日本語で答える沙紀。


「そうそう。むしろ・・・そっちの方が“りん”らしいかも。」と、東子。


そんな沙紀と東子の答えに、和宏の顔が思わず綻ぶ。

そして、沙紀と東子もまた、“りん”の笑顔を見て、笑顔になる。

3人の間の空気が軽い・・・まるで、金曜日の気まずさが嘘のように。


「よし!じゃあ学校まで競争!・・・一番ドベは、今度パフェを奢るってことで!」


沙紀が、勝手にルールを決めて、勝手に走り出してしまった。

今度は、和宏が沙紀を追いかける番だ。


「よっしゃ!その勝負乗ったっ!」


「いや~ん!アタシの負け決定じゃないっ!」


和宏に続いて、東子も沙紀を追いかけて走り始める。

ドタドタと走る東子は、かなりの鈍足だ。

その不恰好な走り方に、立ち止まった沙紀と和宏は大声で笑った。


5月の空は、澄んだ青色。

今の和宏の目には、それは殊更青く美しく映った。


『きっとうまくやれるよ。』・・・昨日の、のどかの言葉に答えるかのように、和宏は呟く。


「そうだな・・・。うまく・・・やれそうだよ。」


3人を、優しく包み込んでは通り過ぎていく5月の蒼い風が、“りん”のポニーテールを、ふわりと揺らしていった。

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