表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺、りん  作者: じぇにゅいん
第一部(改訂中)
23/177

第22話 『A trouble in Sunday (8)』

間もなく17時。

なぜ、休日は終わるのが早いんだろう。

そんなことを思わずにいられないほど、今日という日はあっという間に過ぎ去っていってしまった。


とりあえず、駅まで到着した二人は、和宏の帰りの電車の時間と、のどかの帰りのバスの時間を調べてみた。

すると、のどかのバスの方が時間が早かったので、二人は駅前のバスターミナルの6番乗り場でバスを待つことにした。

6番乗り場には、すでにバスが1台止まっていたが、行き先は別方向のようだ。

おそらく、次に到着するバスが、目的のバスだと思われた。


和宏は、さっきのどかに結んでもらったポニーテールを触りながら、まるで独り言のようにのどかに話しかけた。


「なんだか、今日一日・・・めちゃくちゃいろんなことがあったなぁ。」


「そうだねぇ。」


のどかは、少し薄暗くなってきた空を見上げながら答える。

その様子は、なにか考え事をしているようにも見えた。

続かなかった会話。

時間だけが、二人の間でゆっくりと流れていった。


そうしている間にも、各乗り場には、いろんなバスが到着しては発車していく。

6番乗り場に止まっていたバスも、クラクションを鳴らして発車していった。

それを合図にしたかのように、空を眺めていたのどかが、和宏の方を向き直した。


「実はね、和宏に言わなくちゃいけないことがあるんだ。」


「・・・?」


「この前、『振舞いに気をつけて』って言っただろう?」


「ああ、言ってたなぁ。」


その台詞は、和宏もよく覚えていた。

『そんなこと言われてもなぁ』って思ったのも、よく覚えている。


「アレね・・・“りん”の真似をしろってことじゃないんだ。」


「・・・えぇ?」


(振る舞いに気をつけて・・・は、“りん”のように振舞えってコトじゃない!?)

(・・・イミがわからん???)


今、和宏の頭の中では、ものすごい勢いで「ハテナマーク」が駆け巡る。

のどかは、そんな和宏の鼻先に、人差し指を突きつけながら言った。


「つまりさ、あまり気にしすぎるなってこと。」


「ええ~!言ってること違うじゃん!!」


和宏は、口を尖らせた。

“振る舞いに気を付けろ”と言われたからこそ、“りんのように振舞わなくては”と思ったというのに。

それで、どれだけ苦しんだコトか。


「アハハ。言葉足らずでゴメン。でもね・・・。」


のどかの表情が、突然真剣なものに変わり、その大きい瞳は、和宏を真っ直ぐ見つめる。


「和宏が・・・“りん”になることなんて出来ないんだよ。」


「・・・。」


それは、まるで和宏を諭すような言い方だった。

そして、和宏は、のどかの大きな瞳の中に吸い込まれそうな錯覚を感じながら、息を飲んだ。


「だから、和宏なりの“りん”・・・でいいと思うんだ。」


「え・・・でも、それじゃすぐにバレるんじゃね?」


“りんの口調”をやめてしまえば、周りはすぐにおかしいことに気付くはずだ・・・と和宏は思う。

しかし、のどかは、首を横に振った。


「・・・人は、変わるものだからね。」


「・・・変わる?」


「その髪型のように・・・さ。」


のどかは、和宏の頭を指差した。

反射的に、ポニーテールを触る和宏。


「よく似合ってるよ、和宏。」


そう言って、ニッコリと微笑んだのどかの表情に、和宏は「ドキッ」とした。

本当に唐突な胸の高鳴りに、和宏は動揺を隠せない。


(・・・か、かわいい・・・。)


夕陽に照らされたのどかの顔が、いつもとは違う雰囲気だ。

思わず見とれてしまったことに気付いた和宏は、慌てて自分の感情を打ち消す。


(・・・かわいいって・・・待て!中身は男だから!落ち着け俺っ!)


しかし、落ち着かなきゃと思うほど、顔が赤く染まっていく。


ちょうどその時、のどかの乗るバスが、目の前の6番乗り場に入ってきた。

「プシュー」という音とともに乗車口のドアが開き、『お乗りの方は整理券をお取りください。』という運転手のアナウンスが、のどかに乗車を促す。

アナウンスに従って乗り込んだのどかは、和宏の方に振り返った。


「大丈夫。きっとうまくやれるよ。“りん”のことをちゃんと思いやれるキミなら。」


乗車口のドアが閉まったのは、のどかがそう言い残した直後だった。

扉の向こうから、笑顔で手を振るのどかに、和宏もまた手を振り返す。

のどかを乗せたバスは、クラクションと豪快なエンジン音とともに走り去っていった。


「・・・きっとうまくやれるよ・・・か。」


和宏は、未だに収まらない胸の高鳴りを感じながら、ひとりごちた。




和宏が家に帰るなり、キッチンで夕食の準備をしていたことみが素っ頓狂な声を上げる。

和宏にとっては、大方予想していたことではあったが。


「まぁ!!りんっ!!どうしたのその髪っ!!」


「う、まあ。ちょっと。・・・似合う?」


「似合うわよぉ~!!お母さんの若い頃そっくり!!」


(・・・ホントか・・・?)


にわかに胡散臭く感じる話に、和宏は、ジト~っと疑惑の目をことみに向ける。


「ホントよぉ~!これでも『ポニーテールのおことちゃん』って言われてたんだからぁ!」


(言われてたんじゃなくて、自分で言っていたんじゃないのか・・・。)


限りなく嘘っぽく感じる話だが、和宏は追及するをやめ、部屋に戻って部屋着に着替えた。

すぐに「晩ごはんよぉ~!」ということみの声が聞こえたので、ダイニングに行くと、夕食のおかずは肉じゃがだった。

お腹がペコペコの和宏は、早速食べ始めようとするが、ことみがガマンしきれない感じで口を開く。


「で、で、で、今日のデートはどうだったのぉ?」


今にも口に入れようとしていたジャガイモが、和宏の箸からツルリと逃げていく。

落ちそうになったジャガイモを、茶碗でうまくキャッチして事なきを得たのは幸いだった。


「・・・デートじゃないよ。」


「またまたぁ。隠さなくていいのよ~?。こう見えてもお母さん口が堅いんだからぁ。」


和宏は、喉まで「ダウトッ!」と出かかったが、かろうじて口に出さずに済んだ。

ことみの性格からいって、“口が堅い”とは到底思えない。

辛うじて口に出さずに留めたのは、ひとえに和宏の優しさの発露である。


「ポニーテールがカレシの好みなのぉ?ね、ね、ね?りん?」


興味津々な態度を隠しもせずに、身を乗り出すように質問してくることみ。

その瞳は、“好奇心”によってキラキラ輝いている。

和宏は、呆れている気持ちを悟られぬよう、ゆっくり息を吐いて、ニッコリと微笑みながら言った。


「・・・お母さん?」


「なぁに?」


「・・・ゴハンを食べるのが先でしょ?」


「・・・はぁい。」


まるで、子どもを諭すかのようなやりとりだが、ことみは全く悪びれない。

この分では、“りんにはカレシがいる”という、ことみの中に誤インプットされてしまった重要情報を、正しく書き換えるにはまだまだ時間がかかりそうだ。


「そういえば、りん・・・髪型が変わって、なんかしゃべり方も変わった~?」


(!?・・・ヤバ!?)


あえて、“りんの口調”をやめてみた和宏だったが、やはり裏目に出たのかと顔を強張らせる。

しかし、ことみの口調は、相変わらずの間延びっぷりだった。


「いい感じよぉ~。“イメチェン”って感じねぇ♪」


(・・・はぃ?)


どうやら、知らない間にピンチを脱してしまったらしい。

和宏は、ホッと胸を撫で下ろすと同時に、のどかの言葉の意味が少しわかったような気がした。


『和宏なりの“りん”』


“りんの口調”を意識せずとも、“りん”として、すごく自然にことみと話をしている自分。

皮肉なもので、あのこっ恥ずかしい“りんの口調”を意識しないようにする方が、より自然に“りん”でいられるような気がする。

ひょっとしたら、これで沙紀や東子とも自然に話が出来るかもしれない。

・・・他人行儀だなんて言われることなく。


―――きっとうまくやれるよ。


のどかの言葉が、再び和宏の頭の中に蘇る。

そして、今なら素直にその言葉を信じることが出来そうだ。


明日に向けて、心が晴れた心地の和宏。

そこに、晩ごはんを食べ終わったことみが、当たり前のように・・・さっきの話の続きを始めた。


「で、カレシはどんなコなの?ね?ね?・・・りん?」


(・・・。)


どうやら、この日曜日の終わりに、またもやこの手ごわい敵と戦う羽目になってしまったようだ。

和宏は、うんざりしながら首をうなだれた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ