第21話 『A trouble in Sunday (7)』
とりあえず、二人は、ちゃんと人通りのある休憩スペースに移動した。
さっきの場所に何時までもいたら、また仕返しに戻って来ないとも限らないからだ。
二人並んで椅子に座り、ペプシを飲んでいる和宏と、ココアを飲むのどか。
もちろん和宏のオゴリ・・・である。
「髪・・・ボサボサになってしまったね。」
二人とも、もう帽子はしていない。
のどかの髪は、もともと長くもないし、外ハネしているクセ毛だから、大して気にならないが、和宏の髪の毛はストレートのロングなので、ボサボサしていると少々みっともなく見える。
一日中帽子の中にしまいこまれていたためだろう。
のどかは、飲み終わったココアの缶をゴミ箱に捨てて、和宏の背後に立ち、ポケットから取り出したミニブラシで、和宏の髪をとかし始めた。
ぼさぼさだった髪が、ブラシをかけるごとに、キレイに整えられていく。
「キレイな黒髪だねぇ。」
「ん~・・・でも邪魔だな。」
「そうかい?」
「耳とかに髪がかかるの好きじゃないんだよなぁ。」
“りん”になってから、和宏はいつもそう感じていた。
出来ることなら、バッサリ切ってしまいたいとも思っていた。
「でもね・・・コレだけ長い髪にしているってことは、“りん”には、何か思い入れがあるんじゃないのかな?」
「思い入れ・・・?」
確かに、和宏も『髪は女の命』みたいな台詞を聞いたことはある。
和宏は、試しに“りんの記憶”を手繰ってみた。
とある病院の一室。
顔に白布を掛けられた父親。
その脇で泣き崩れる12歳の“りん”。
―――りんの髪は本当にきれいだね。
―――せっかくきれいな髪なんだから、もっと伸ばすといいよ。
“りん”の心の中に、大事にしまいこまれている、父親の何気ない一言。
でも、それは“りん”にとって、とても大切なもの。
和宏は、ため息をついた。
妙に生々しく感じる記憶。
それだけで、この記憶が“りん”の中で大切にされていることがわかる。
この髪が、“りん”にとって、とても大切なものなんだということも。
(死んだ父親、か・・・。俺と同じ・・・なんだな・・・。)
不意に、母親の顔を思い出す。
あの優しかった母さんが死んだ・・・あの日のこと。
和宏も“りん”も、それを心の奥底にしまっている。
そんな和宏に、“りん”の大切なものを踏みにじるようなことなど、出来るはずはなかった。
「・・・やっぱり、切るのはやめとくよ。」
その台詞を聞いたのどかが、嬉しそうに笑う。
そして、あらかた髪をとかし終えると同時に、のどかはあることを思いついた。
「そうだ。髪を結んであげようか?」
「・・・結ぶ?」
「そう。こんな風にね・・・。」
のどかは、ポケットから赤いヘアゴムを取り出して、妙に手馴れた手つきで髪を結び始めた。
前髪は残しつつ、横や後ろの髪を全て束ねて、一本に纏め上げる。
纏め上げられた髪の毛は、根元をヘアゴムで留められ、まるで仔馬のしっぽのように和宏の背中まで垂れ下がっていた。
いわゆる“ポニーテール”だ。
「よし、出来た!こっちの鏡で見てごらん。」
のどかは、すぐ近くのおしゃれな日用雑貨売り場の中の全身ミラーを指差す。
早速、和宏が、その鏡の前に立ってみると、また少し雰囲気の変わった“りん”の姿があった。
以前は、少しおとなしい印象だったが、今の“りん”は活動的な印象を与える。
「こっちの方が和宏っぽいかもしれないね。」
「・・・“っぽい”ってナンダ?」
和宏は笑った。
しかし、客観的に見ても、このポニーテールの方が、和宏の性分に合っている感じはする。
「これなら、髪が邪魔にならなくていいんじゃないかな?」
のどかの言葉に反応するかのように、和宏は両手で耳の辺りを触ってみた。
束ねられた髪が、真っ直ぐ後頭部の結んだ部分に向かって伸びているおかげで、耳に髪がかかっていない。
最後に、結び目の部分から、ポニーテールを触ってみる。
「・・・なんかいい感じ・・・かも。」
「だろう?」
自分の髪形の変化にキョトンとしている和宏を見て、のどかは笑った。
「最初は、うまく結ぶのは難しく感じるかもしれないけど、慣れれば簡単に出来るようになるから。」
風呂に入る時や、寝る時などには、当然結んだ髪を解かなくてはならない。
解くということは、再度結ばなくてはいけないということで、和宏は少しゲンナリする。
しかし、このポニーテールによって得られるスッキリ感は、何者にも変えがたい。
和宏は、「まぁ、慣れるしかないか。」と思った。
「・・・そういやさ、なんでのどかはそんな詳しいんだ?」
ふとした疑問。
“男”なら、知るはずのないことを、たくさん知っているのどか。
オマケに、髪を結ぶ仕草が妙に手馴れていたことにも疑問を感じる。
だが、その答えは至ってシンプルだった。
「・・・そりゃそうさ。何年“女”をやってると思っているんだい?」
「・・・。」
和宏は、二の句を告げることができずに、口をパクパクさせた。
(・・・4年・・・だったけか?)
そんな和宏を見て、のどかはニンマリと笑う。
そして、腕組みをして、和宏を見上げながら言った。
「・・・ま、センパイみたいなものだから。わからないことがあったら聞いて。」
身長が、たった145センチののどか。
おまけに童顔。
(・・・全然センパイには見えないけどな・・・タハハ。)
和宏は、思いっきり苦笑した。