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俺、りん  作者: じぇにゅいん
第一部(改訂中)
21/177

第20話 『A trouble in Sunday (6)』

「チッ・・・んだよこの女ぁ・・・。」


最後の男は、小声で毒づいた。

しかし、明らかに最初よりも威勢がなく、気弱になっている様子が伺えた。

その証拠に、じりじりと後ずさりしていく男。


のどかにやられた二人の男が、「おぃ・・・置いて・・・いくんじゃねぇよ・・・。」と呻きながら、ヨロヨロと立ち上がり始めた。

だが、もう和宏たちに関わるのはゴメンだとばかりに、スゴスゴと逃げていく。


(・・・勝った・・・。)


目の前で繰り広げられた信じられない光景に、和宏の口は半開きのままだ。

そして、よろめきながら逃げていく男たちが、和宏たちの視界から消え失せた瞬間、のどかは電池が切れたように、床にペタッと座り込んでしまった。


「ど、どうした?大丈夫か?」


和宏は、どこかケガでもしたのかと思ったが、のどかの返事は至ってのんきなものだった。


「・・・腰が抜けた・・・。」


(・・・ハァ?)


床に、“ぺったんこ座り”をしたまま、動けないでいるのどか。

どうやら、本当に腰が抜けているようだ。

和宏は、しゃがみこんで、座り込んでいるのどかと目線を合わせる。


「なんで腰抜かすんだよ。」


「いや、怖かったし。」


「・・・空手とかテコンドーとかやってるんじゃなかったのか?」


「そんなのやってる風に見えるかい?」


「・・・イヤ・・・見えないけど。」


確かに、のどかの外見からは、武術の“ぶ”すら感じられない。

しかし、そうなると逆に湧いてくる疑問がある。


「じゃあ、なんで勝てたんだ?」


「・・・運・・・かな。」


「・・・運?」


「最初の男には、うまくカウンターでヒジが入ったし、次の男にも、これ以上ないほどキレイにみぞおちに入ったし。」


のどかの言うことも一理ある。

相手の油断(何しろ見た目が・・・)もあっただろうが、とにかくうまくヒジが入ったのは事実だ。

だが、決して“運”だけではない。


「でもさ・・・あんなヤツラに立ち向かえるだけでスゲェよ・・・。」


自分より強い者に立ち向かう心・・・勇気。

それがなければ、決して勝てなかったはずなのだ。

和宏自身、動くことも出来ず、ただ固まっていることしか出来なかったのだから。

喧嘩をしたことがない(高校球児にとって喧嘩はご法度。)ということもあるし、“りん”の体ではかないっこないという諦めがあったからだ。

でも、“りん”よりも、もっと非力なのどかが堂々と渡り合った・・・。


「・・・ケンカに負けないコツというのがあってね。」


「負けないコツ?」


「ああいう根性なさそうなチンピラ風情の男は、弱者をいたぶるのはスキだけど、自分が痛い思いをするのは大キライってヤツが多いんだ。だから、とにかく痛みを与えてやるのさ。」


「・・・か、簡単に言うけどさ。・・・逆にやられちゃんじゃね?」


「そりゃあ・・・こっちも無傷とはいかないだろうけどね。」


そう言いながら、のどかは、さっき殴られたこめかみ付近を触る。

ちょっとだけ痛そうだった。


「そういや、殴られたんだよな・・・大丈夫か?」


和宏は、のどかのこめかみ付近に、恐る恐る手を伸ばすと、少しタンコブが出来ていることに気づいた。

「ゴツン」という音が聞こえたから、コレくらいのタンコブが出来るのも仕方ないだろう。


「まぁ、極端に言えば、多少反撃を喰らっても関係ないんだ。」


のどかは、和宏の鼻先に指先を突きつけながら、はっきりと言い放つ。


「要は、“相手にどれだけ痛みを与えるか”だよ。」


のどかの言う“ケンカに負けないコツ”とは、“とにかく相手に痛みを与えて継戦意欲を失くさせること”に他ならない。

そのためには、自分が受ける痛みは徹底的に度外視。

相手に痛みを与えることが最優先・・・という訳だ。

その理屈自体は、和宏にもわかるが、実践するとなるとおぼつかないような気がする。


「うまくヒジ打ちが決まらなかったら、どうするつもりだったんだ?」


「・・・さぁ?どうなっていたんだろうね?」


「相手に腕とか髪とか捕まれてたら、ヒジ打ちどころじゃなかったんじゃないか?」


「・・・それはヤバかったかもしれないね。」


怖いことを、さらりと笑顔で言ってのけるのどかを見て、和宏はため息をつく。


「それで、よく勝てたよな。」


「だから“運”だって言ったじゃないか。」


「~~~!」


思わず右手で目元を押さえる和宏。

なんだか一本取られた気分だった。


「アハハ。まぁまぁ・・・別に勝算がなかったわけでもないんだよ。少なくともケンカ慣れしている感じじゃなかったし。」


「・・・勝算て・・・そんだけ?」


「あとは・・・最終的に大声出せば何とかなると思ってね。『キャー!!』とか。」


和宏の開いた口がふさがらない。

しかし、のどかは、至って“のほほん”としていた。


(“運”任せ、と・・・“人”任せ、じゃねぇか・・・。)


和宏は、呆れたものの、結果的に二人とも助かった。

それは、覆らない事実だ。


「さ、和宏。悪いけど立たせてくれないか?」


のどかは、ニコニコしながら、右手を和宏に差し出した。

和宏は、ため息をつきながら先に立ち上がり、その右手を引っ張り上げて、のどかを立たせてやる。

やっぱり・・・この小柄なのどかは、とても軽かった。


「全く・・・腰を抜かしながらケンカに勝つコツを語るのはどうかと思うけどな。」


「アハハ。そうだね。・・・でも良かったよ。」


「・・・何が?」


「キミが無事で・・・さ。」


「―――っ!」


和宏は忘れていた。

こんな事態を引き起こしたのは自分だったということを。

人気のないトイレなんかに来なければ、こんなことにはならなかったはずなのだ。

いや、そもそも男装して遊ぼうなんて話になったこと自体、和宏が原因である。


「ち、違うだろ!俺のせいだろ。俺のせいでこんな・・・。」


思いもかけないのどかの言葉に、動揺しまくる和宏。

のどかは、そんな和宏の肩をバンバンと叩きながら言った。


「気にしない。気にしない。今日は楽しかったんだからいいじゃないか。」


落ち込む和宏を励ますように、ことさら明るく振舞うのは、のどかの優しさに違いない。

今の和宏には、そんなさりげない優しさが、身にしみるようにありがたかった。

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