第18話 『A trouble in Sunday (4)』
和宏とのどかは、迷子騒動に巻き込まれた(?)せいで遅い昼食になってしまったため、軽くハンバーガーで済ませることにした。
ちなみに、和宏はチキンバーガーポテトSセット、のどかはパンケーキとオレンジジュースである。
“男”の時なら、ポテトMセットの他にバーガーをもう一つ単品で頼んでちょうど良かったが、“りん”になってからは、そんなに食べることはできないと学習したので、さすがにそんな注文はしない。
「なぁ。そんだけで足りんの?」
和宏は、のどかのパンケーキを指差した。
手の平大のパンケーキが2枚。
それにオレンジジュースだけでは、確かにちょっと少なすぎる感じがする。
「まぁ・・・充分とは言わないけど足りてるよ。」
「ふ~ん。」
そういえば、一昨日、一緒に昼食を食べた時に持っていた弁当箱も、かなり小さかったはずだ。
「そんな小食だから背が伸びないんじゃないのか?」と言いたくもなるが、和宏自身も“チビ”と言われ続けてきたので、あえて言わなかった。
その代わり、和宏は、チキンバーガーにあむっとかぶりついて、ジュースを流し込む。
「こら。ちゃんと噛まないと食べたものが栄養にならないよ。ジュースで流し込んじゃダメ。」
「・・・きゃひゃいひょといふなほ。」
「『固いこと言うなよ。』じゃないっ!」
和宏は、「よくわかったな。」と思うのと同時に、説教くさいのどかに少しだけ辟易した。
すでに、時計の針は14時を回っている。
食べ終えた二人は、ハンバーガーショップを後にした
「ちょっとトイレに寄っていい?」
トイレの前を通りかかった和宏は、思い出したように言った。
「ああ、じゃあ行っておいで。」
「おう。」
和宏は、いそいそとトイレに向かう・・・が、ある重大な問題に気づいて足を止める。
(・・・どっちに入ればいいんだ?)
男子トイレを示す青い人型プレートと女子トイレを示す赤い人型プレート。
ここ数日、和宏は女子トイレを使っているので、女子トイレに入ることに抵抗があるわけではない(もちろん抵抗が“ない”わけでもない。)。
ただ、今は男装中である。
ヘタに女子トイレに入ろうものなら、「キャー!!」とか言われて警察のご厄介にでもなりそうだ。
(そんなことにでもなろうものなら・・・ことみ母さん泣くだろうな。いろんな意味で。)
かといって、男子トイレに入るのも勇気がいる。
第一、男が立ちションしているところに、女が入ってきたら、男としてはものすごくイヤだ。
少なくとも、和宏はそう思う。
そんな考えを頭の中で巡らせながら、トイレの前で不自然に立ち止まる和宏を見て、怪訝に思ったのどかが駆け寄ってきた。
「どうかした?」
「いや、その・・・どっちに入ろうかと。」
「・・・あー。」
(今の『あー。』ってナンデスカ?)
明らかに「そういう事態は想定していなかったよ。アハハ。」的なオーラを漂わすのどかは、ちょっと考えてから、ある答えをはじき出した。
「男子トイレでいいんじゃない?」
「え・・・そ、そうか?」
「ま、今の格好が格好だし。」
そう。男にしか見えない格好だ。
だから、男子トイレに堂々と入ってもバレることはないだろうと思うが、どうにも気が進まない。
別に個室を覗かれる訳でもないのに、妙な恥ずかしさを感じるのは、和宏にとっても意外なことではあった。
「じゃあ、もうちょっと人気のないトイレに行ってみようか。」
「そんなトイレあんの?」
「フロアマップで探してみよう。」
二人は、すぐ近くのフロアマップを見ると、よさげなトイレはすぐ見つかった。
通路の奥まったところにあり、売り場からも少し離れているので、利用者が少なそうなトイレだ。
和宏のタイムリミットが迫ってきている。
二人は、急いでそこに行ってみると、予想どおり利用客は全くいなかった。
「じゃあ、わたしは外で待ってるから、行ってくるといいよ。」
「よし・・・じゃあ行ってくる!」
和宏は、青い人型プレートのトイレ・・・男子トイレに入った。
少し俯き加減に中を見渡すと、見慣れた小便器が3つ並んでいる。
そして、大の個室が和式×1、洋式×1の計2つ。
和宏は、素早く洋式トイレに入って鍵を閉め、用を足す。
・・・タイムリミットぎりぎりであった。
一息つきながら、トイレットペーパーをカラカラ引いている最中、和宏は、誰かが入ってきた音に気づいた。
(あちゃ。タイミングの悪い・・・。)
外の気配を感じるため、耳をダンボのようにする和宏。
(なんか・・・女子トイレに忍び込んだ男の気分だな・・・。)
念のため言っておくが、和宏は女子トイレに忍び込んだことなどない。
やがて、小便器に水が流れる音。
手洗いをする音。
それらが聞こえなくなると、トイレの中はまた静かになった。
あまり早く出て行くと、さっきの男にかち合いそうだが、だからといってあまり待ちすぎると、別の男が入ってくるかもしれない。
和宏は、今のうち出ていくのがベストだと判断した。
こっそりドアを開けると、トイレの中には誰もいない。
和宏は、そそくさと手を洗い、小走りで外に出た。
「おかえり。」
腕組みをして、壁に寄りかかっているのどか。
「じゃあ、わたしも行って来るから。」
そう言って、のどかは、和宏と交代するように男子トイレに入っていった。
「大丈夫かいな?」と和宏は思う。
男に見えなくもない外見・・・ということは、女にも見えるということだ。
(アイツは素直に女子トイレでも良かったんじゃ・・・?)
ひょっとしたら、わざわざ付き合ってくれたのかもしれない。
そう思うと、和宏の胸の内に、いささかの罪悪感が湧き上がってくるが、今となっては後の祭りだ。
(とりあえず、誰も入ってこないことを祈るしかないか。)
和宏が、そう思った瞬間、3人の男がトイレに近づいてきた。
それも、不良というかチンピラというか、人を見かけで判断してはいけないのだが、コイツラだけは例外・・・という感じの3人だ。




