第17話 『A trouble in Sunday (3)』
とりあえず、疲れとノドの渇きを潤すため、一旦ゲームコーナーを出て、自販機のある休憩ルームに移動した二人。
ともにペプシをノドに流し込みながら、一息つく。
「だんだん人が多くなってきたね。」
「・・・そうだな。」
飲み終わったペプシの容器を、ゴミ箱に投げ込みながら和宏は頷く。
開店直後は少なかった客も、もうすぐ12時という時間になると、かなり多くなっていた。
そんな多数の客が行き交う通路を、ぼんやりと眺めていると、ひとりの4歳か5歳くらいの男の子が泣いているのが和宏の目に入った。
「おかあさん〜・・・おかあさん〜・・・。」
泣きながら右往左往する男の子を、他の客はチラリと見ながら、そのまま通り過ぎていく。
そんな様子に気づいたのどかは、独り言のように言った。
「迷子・・・かな?」
「・・・そんな感じだな。」
のどかは、すっと立ち上がり、その男の子に向かって近づいていく。
「お、おい・・・?」
和宏は、驚きの声を出した。
他に人がいないならまだしも、他の大人たちだっているだろうに、自ら進んで迷子の子どもに近づくのどかに、驚きを禁じえなかったのだ。
ただでさえ子どもの相手は苦手だというのに・・・そんなことを言うヒマもなく、のどかは、男の子の前にしゃがみこんで、優しく話しかけていた。
「ボク。どうしたの?」
「・・・おかあさんがいなくなっちゃった・・・。」
男の子は、ヒックヒック言いながら答えた。
どうやら、どこかで母親とはぐれて迷子になってしまっているようだ。
「そう・・・大丈夫だよ。一緒におかあさんを探してあげるから。」
優しく、そして安心させるような声。
のどかが、男の子の頭をそっと撫でると、男の子は、スッと泣き止んでしまった。
(おお、スゲェ。子どもの扱いうまいな・・・。)
和宏は、のどかの背後で、ズボンのポケットに両手を突っ込みながら感心する。
「ボクは、どこでおかあさんと一緒だったの?」
男の子は、何も言わずに通路の反対側にある婦人服売り場を指差した。
ひょっとすると、自分の服を見るのに夢中になっているのかもしれない・・・ということで、売り場を一回りしてみることにしたが、結局それらしい女性は見当たらなかった。
のどかと手をつないでいる男の子が、またもや泣き出しそうだ。
「ひょっとして、インフォメーションに駆け込んでるんじゃね?」
「・・・だったら店内放送があってもいいはずなんだけど。」
今のところ、迷子を知らせる店内放送はかかっていない。
しかし、この売り場の近辺で母親が見当たらない以上、闇雲に動き回ると返って迷子に拍車がかかる可能性がある。
「とりあえず、インフォメーションに届け出ようか。」
のどかの意見に、和宏も異存はなかった。
ようやくインフォメーションまで辿りついたものの、ついに男の子が途中で泣き出してしまった。
和宏は、子どもをあやすのはのどかに任せて、受付嬢に迷子を探している親の申出がないかを尋ねてみたが、まだないらしい。
仕方がないので、受付嬢に経緯を説明し、店内放送をかけてもらうことにした。
『迷子のお子様についてご案内をいたします。ただいま、インフォメーションにおきまして、青いカンパンマンのジャケットをお召しになった男の子を・・・』
この放送に母親が気づけば、そのうちここにやってくるだろう。
和宏は、こっそり小声でのどかに話しかけた。
「・・・じゃ、そろそろ行こうぜ。」
「・・・いや、一緒におかあさんを探すと言った手前、そういうワケにはいかないよ。」
(・・・なんですと?)
どうやら、のどかは、母親が来るまで、この子のそばにいるつもりのようだ。
子どもがあまり得意ではない和宏は、ここに子どもを預けて退散しようと考えていたが、脆くもアテが外れてしまった。
仕方がないので、のどかが子どもをあやすところを、所在無げにボーッと眺める。
「ボク、名前はなんていうの?」
「・・・かきざきかずひろ。」
「・・・そう。かずひろくんって言うの。ちゃんと名前が言えて偉いね。」
(・・・なんか・・・ヤだな。)
“和宏”と“かずひろ”。
偶然とはいえ、まさか同じ名前とは思いもしなかった。
和宏は、なんとなく居心地の悪さを感じた。
「おかあさんが来るまで、泣かないで頑張れるかな?」
「・・・うん。」
「ようし。偉いねぇ。かずひろくん。」
のどかは、再びかずひろの頭を撫でる。
それも、ものすごいニコニコ顔で。
(・・・なんか、バカにされてるような気がするのは・・・気のせいだろうか・・・。)
おそらく気のせいであろうが、居心地が悪いことに変わりはない。
和宏は、苦笑しながら、のどかたちから視線をそらした。
(・・・そういえば・・・。)
和宏は、自分の子どもの頃のことを不意に思い出した。
4歳か5歳の頃、デパートで迷子になったあの時。
(確か・・・あの時は、店員のお姉さんに話しかけてもらったっけ。)
(名前を聞かれても答えれなかったなぁ・・・。)
それを考えると、この子は偉いな・・・と思えてきた。
ちゃんと自分の名前を言えたのだから。
店内放送をしてから約15分ほどが経過していた。
さっきの店内放送が聞こえたんなら、もう迎えに来ていてもいいはずだ。
それが、まだ来ないということは、放送が聞こえなかったのだろうか。
だが、和宏の頭の中に、突如“捨て子”という言葉が浮かんできた。
(いや、まさかそんな・・・。)
和宏は、頭の中では否定するものの、もし本当にそうだったらどうしようかと思う。
(ひょっとしたら「引き取って育てろ。」という話になって、のどかと一緒に育てなくちゃいけないことになったりなんかして・・・。)
荒唐無稽な妄想が、加速度を上げて和宏の脳内を駆け回っているかのようだ。
その妄想の行き着いた先は、和宏とかずひろとのどかが、3人で手を繋いで歩く姿・・・の図。
(・・・ありえねぇ。)
・・・ようやく正気に戻ったらしい。
その途端に、女性の大きな声が辺りに響いた。
「かずひろっ!」
どうやら、かずひろの母親のようだ。
かずひろは、母親の姿を見つけると、一目散に駆けつけて、泣きながら母親に抱きつく。
その姿を見て、和宏は自分のことのように嬉しくなった。
(・・・ああ、俺も母さんが迎えに来てくれた時、あんな風に抱きついたっけな。)
目の前の光景に、自分の過去を重ね合わせる和宏。
それは、和宏の心の中にある大切な思い出、だ。
「どうも、ご迷惑をおかけしました・・・。」
母親は、まだ泣いているかずひろを抱きかかえながら、のどかと和宏に向かって、何度も何度も深々とお辞儀をする。
和宏も、のどかも、同じようにお辞儀しながら、かずひろに手を振った。
「おかあさんに会えて良かったね。バイバイ。」
のどかのバイバイに、かずひろは、母親に抱かれたままバイバイを返してくれた。
「バイバイ。またね・・・おねえちゃん!」
母親は、何度もこちらを振り返っては頭を下げていた。
やがて、かずひろたちの姿は見えなくなり、和宏とのどかは、そーっと顔を見合わせる。
「おねえちゃん・・・って言われたな。」
「・・・言われたねぇ。」
図らずも、のどかの男装・・・オーバーオールも、帽子も・・・かずひろの前では役に立たなかったことが証明されてしまったわけだ。
我慢しきれずに吹き出した二人。
何故か、しばらく笑いが止まらなかった。