第151話 『出揃った役者たち (2)』
総勢二十一名だった一行は、三人の私服娘を加えて、二十四名に膨れ上がった。
東子の健康的なキュロットや、背が高いだけでなく脚も長い沙紀にピッタリのスキニージーンズ。そして、背の低いのどかによくマッチングした赤いチェック柄のプリーツスカート。
事前に天気予報を確認してきたのか、三人とも可愛らしい傘を持参している。
そんな個性の色濃いそれぞれの姿を見比べながら、和宏の目線はのどかを行ったり来たりしていた。
いつも見るセーラースカートよりも短いスカートに、薄手のクリーム色のカーディガンを羽織ったのどかは、その童顔の醸し出す子どもっぽさ以上に、不思議と大人っぽさを同居させている。
のどかの私服のスカート姿を見たのが初めてだった和宏は、少々意外に思いながら、いつか見たオーバーオール(第15話参照)より、ずっと似合ってる……と思った。
降りそうで降り出さない灰色の空を気にしながら、一行は球場の入口まで辿り着いた。
入口の前には、相当な広さを持った駐車場スペースが設けられており、もはや商用としても遜色のない施設といえるだろう。
“りん”たちは、球場を見上げた。
そこはちょうどバックスクリーン側らしく、スコアボードまで含めて相当な高さである。
いち野球部の専用施設としては度を越した巨大さに、誰もが改めて舌を巻いていた。
「ところでさ……」
呆けた顔で球場を見上げている山崎に、ジトリした視線を向けた沙紀が話しかけた。
思わず身構えたくなるような冷たい視線だった。
「な、なんだよ……」
「アンタ、本当に一馬くんに気付かなかったワケ?」
「う……」
山崎は、あえなく返答に詰まってしまった。
実際に気付くことができなかったのだから、致し方のない話である。
「そうそう。小学四年生まで一緒だったのに!」
そして、東子が悪気なく追い討ちをかけていく。
山崎の立場は悪くなる一方だった。
「待て待て! 俺だって『なんか似てるな~』とは思ったんだよ!」
「でも気付かなかったんでしょうが!」
「でも気付かなかったんでしょっ!」
沙紀と東子の、ステレオでのダメ出しがトドメだった。
ぅぐぅ……という妙な呻き声とともに、山崎は完全に沈黙してしまっていた。
「なぁ、その“カズマ”って……何者なんだ?」
見えない話に業を煮やした“りん”は、控えめに尋ねた。
沙紀と東子、そして山崎は、幼馴染である……という話(第78話参照)は聞いたことがあったが、そこに“カズマ”という男の話は初耳だったからだ。
「近所に住んでた男の子だよっ♪」
と東子が答えると、沙紀は
「そうは言っても、私たちの家とはちょっと離れてたけど」
と付け加えた。
「同じ小学校だったんですか?」
今度は、栞が尋ねると、沙紀と東子は同時に頷いた。
「幼稚園は違うけどね。小学校四年生まで一緒で、その後は転校して行っちゃったのっ」
東子の説明を聞いていた“りん”は、首を傾げながら山崎を見た。
「お前……ずっと同じ学校のご近所さんだったのに覚えてないのか? 薄情にも程があるぞ?」
「ちゃんと覚えてるっつうの! ただアイツさ、大人しかったし目立つヤツでもなかったしさ。そんなヤツが滝南のキャプテンやってるなんて思わねぇだろ?」
つまり、滝南の主将として現れた男が“実はあの大人しかった遠藤一馬だった”とはこれっぽっちも思いませんでした……というのが、山崎の言いたいことだった。
もちろん、“滝南の主将”という肩書きだけの話ではない。
あの物怖じしない堂々とした態度も、山崎が知っている頃の遠藤とは別人だった。
“りん”と栞は、幾分か納得したように何度か頷きあっていた。
「確かにね~、いつもタッくんの後ろにくっついてたよねっ♪」
「オマエ……いい加減止めろよ。それは」
東子の台詞に、山崎は頭を掻きながら視線を逸らした。
ちなみに、“タッくん”は山崎の子どもの頃の呼び名である。(第78話参照)
「そうね。大人しくて真面目で……一緒に野球してても、いつもアンタにべったりだったわね」
「……確かに、な」
沙紀と山崎が、思い出を噛み締めるように呟いた。
小学三年生から本格的に野球を始めた山崎。
だが、山崎は当時から体格にも恵まれ、上級生たちに交じりながらも、すぐに頭角を表していった。
逆に、一緒に野球を始めた遠藤の方は、身体の小ささも災いしてなかなか目立つことは出来なかった。
ただ一つ際立っていたのは、ひたむきに練習に励む姿勢。
ランニング一つとっても、大きい身体で体力のある山崎に必死で喰らいついていた。
(アイツと……こんなところで再会するとはな……)
山崎が、誰にも聞こえぬような声で一人呟いた時だった。
「あのー……東子さん?」
「なぁに? シオリン」
「さっき、あの一馬さんに『中学校の時以来だねっ♪』って言っていませんでしたか?(第151話参照)」
そういえば言っていたな……とばかりに“りん”とのどかが頷いた。
遠藤が、山崎たちと一緒だったのは小学校四年生までである。
つじつまの合わぬ話に“りん”たちが小首を傾げると、東子は、さも当然のように言い放った。
「だってアタシ、中学校の時に一回カズっちに会ったもんっ」
「へぇ?」
「え~とね……中学校三年の時、野球の大会で、アタシたちが全校応援に駆り出された時に相手チームにいたの♪」
「……あ?」
東子の奇襲攻撃のような発言に、山崎は思わず気の抜けたような返事をした。
小学四年生の時以来の再会と思っていたところに、前提を根底から覆すような話だった。
「ちょ……ちょっと待てよ。そん時、俺試合に出てたけど、相手のピッチャー……一馬じゃなかったと思うけどな」
「あれぇ!?」
「全校応援してもらったその試合は間違いなく覚えてるんだよ。でも、相手ピッチャーの記憶は残ってないんだよなぁ。いくらなんでもマウンドに一馬がいたら気付くだろし」
「……どうだか」
沙紀が、疑いの眼で山崎を見る。
実際、さっきは遠藤に気付かなかっただけに、山崎は何か言いたげな顔をするのが精一杯だった。
「なんで山崎は知らないのに東子は知ってるんだ? その……“カズマ”のこと」
“りん”が、思っていた疑問を口にした。
相手チームに“カズマ”がいたことを、部外者の東子が知っていて、当事者の山崎が覚えていないのは、どうにも理解しがたいことだったからだ。
「東子だけが偶然に会ったのよね。私もその時応援に行ってたけど一馬くんには会ってないし」
「そうそう。試合前に偶然バッタリ♪ でも、いろいろとお話したよ♪」
「なんだよ、『いろいろ』って……?」
「……えっ?」
『いろいろ』に反応した山崎が口を挟んだ。
「『えっ?』……じゃねぇだろ。何話したんだ?」
「え……、え~……っと……」
と言いながら、東子のタレ目がわかりやすく泳ぎ始めた。
怪しい……と目を光らせた山崎が色めきたった。
「おいコラ。オマエまたなんか余計なことしゃべったんじゃねぇだろうな?」
「しゃ、しゃべってないもんっ! ……そんなには」
「しゃべってんじゃねぇかっ!」
目を吊り上げてにじり寄る山崎の剣幕に、東子は“りん”の背後から両肩に手を掛けて、そのまま盾にするように隠れた。
俺を巻き込むのはよせ……と呆れたように呟いた“りん”の頬を、再び冷たい雨が叩いたのはその時だった。
「あ……、また雨だ」
“りん”の声に反応したかのように、ポツリポツリと落ちてきた雨粒が地面に黒い模様を刻んでいく。
ほんの一刻前よりも空はどんよりと暗く、重苦しさを増していた。
「とりあえずベンチに入れ。試合の準備をしておくんだ」
監督の山本が出した指示により、野球部一団は、我先にと球場の入口に向かって走り出した。
山崎も「あとでちゃんと白状してもらうからな」と言い残して、ともに走っていった。
「りんさん、私たちも行きましょう!」
「オッケー。じゃあ行ってくるから!」
“りん”と栞もまた、沙紀、東子、のどかに手を振りながら、一団を追いかけていった。
つい先ほどまで騒がしかった空間が、降り出した雨の音だけが響く静寂な空間へと変わり、場に残されたのどかと沙紀と東子は、お互いの顔を見た。
「東子……? アンタ、一体一馬くんに何しゃべったワケ?」
「う……ん。タッくんのことを少々……」
申し訳なさそうに人差し指を突き合わせながら、小さくなって答える東子。
やれやれ……とでもいいたげなタメ息が、沙紀の口から漏れた。
「沙紀は……あの一馬くんとはただの友だちなのかい?」
のどかの問いが、鋭いところを突く。
沙紀は、眉をピクリと動かしたまま、一瞬言葉を詰まらせた。
「……そ、そうよ。ただの友だち! もういいでしょ。私たちも早く行くわよ」
そう言いながら、沙紀は花柄の傘を差して、先頭切ってズンズンと歩いていく。
のどかと東子は、その後姿を眺めながら、ゆっくりと顔を見合わせた。
「ま……そう言ってることだしっ♪」
だから、余計な詮索は止めておこう……と言うことだろう。少なくとも今は。
小さく笑った東子が、ピンクの傘を差しつつ沙紀の後に続く。
のどかは、軽く肩をすくめながら、水色の傘を差した。
(雨……か。あまりひどくならなければいいけど)
小雨の中に咲いた、三者三様の色とりどりの傘の花。
静かに降り出した細やかな雨の雫が傘を叩く音を聞きながら、のどかは観客席の入口へと歩いていった。
――TO BE CONTINUED