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俺、りん  作者: じぇにゅいん
第三部
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第150話 『出揃った役者たち (1)』

見上げれば、蠢く灰色の雲に覆い尽くされた曇り空。

今にも雨が降り出しそうな空模様は、どことなく気分を陰鬱にさせる。

試合当日。滝川南高校……通称“滝南”の校門前にて、山崎はそうぼやいた。


「確かに、なんか気が滅入ってくるような天気だね」


「本当ですね。ところどころ雲は薄いんですけど、どんよりしてます」


大村と栞がそう言うと同時に、一緒に空を見上げていた“りん”の額に一滴の雨粒が当たった。


「あ、降ってきた」


そう言いながら、手の平を空にかざす。

ただ、なかなか次の雨粒は落ちてこなかった。


「今さら降られてたまるかよ。中止になったら殴りこんでやる」


穏やかではない山崎の台詞に、“りん”は「おいおい……」と小さく呟いた。


「落ち着いてください主将キャプテン。これくらいなら今日一日くらい何とかなりますよ、きっと」


と、明るく気休めを吐きながら、栞もまた手の平を空にかざしている。

雨粒が落ちてきたのは一瞬だけで、また止んでしまったようだった。


「別に降ってくれた方がいいけどな。その方が縁起良いし」


そう言った“りん”に、山崎たちが一斉に怪訝な表情を向けた。


「なんだよ、萱坂。お前、雨女か?」


別に雨女とも雨男とも言われたことないけどな……と思いながら“りん”は苦笑した。

和宏の言う『縁起が良い』には理由がある。

実は“瀬乃江和宏”として何試合か雨中の試合を経験し、そのいずれも勝利していたからだ。

雨は縁起がいい……という台詞が“りん”の口から飛び出したのは、和宏の過去の経験というバックボーンがあったからだが、そんな話を山崎や大村にするわけにもいかない和宏は「んなことないよ」と言って笑うことしか出来なかった。


 ◇


今日、鳳鳴高校野球部は、“りん”を含めた全員が学校に集合した後、徒歩と電車で滝南まで辿り着いた。

真っ黒な学ランの群れに、えんじ色のセーラー服が二人交じった、少しばかり異様な集団。

監督の山本以下、負傷中のエース・御厨、マネージャーの栞、特別参加の“りん”まで含めて総勢二十一名である。


全員揃って校門前まで辿り着いたのは良かったが、なにせ全員が全員、初めて来た場所だ。

右も左もわからない中、栞が敷地の奥に見える特徴的な建築物を指差しながら声を上げた。


「あの……、ひょっとして今日、あそこで試合をするんでしょうか?」


目算で五百メートルくらいは離れているであろう場所に、一際目を引く円形の大きな建築物。

市営球場や県営球場などと比較しても何ら見劣らない立派な球場スタジアムだ。


「ま、まさかぁ……あれは市営球場かなんかだろ。大体高校の中にあんなデカい球場なんてあるワケが……」


“りん”が、栞のそそっかしさを笑うように言いかけた時、大村が一言、冷静に言い放った。


「いや、アレ、野球部の施設みたいだよ」


(んなアホなーっ!?)


大村は、園庭に設置されていた校内のインフォメーションボードを覗き込んでいた。

それによると、校門を入って左手側が校舎エリア、右手側が“野球部エリア”と銘打たれ、そのエリアの最奥に記されているのは球場を表す円形のマーク。

間違いなく野球部の専用施設だった。


「ス、スゴイです……。まさか学校の中に球場があるなんて……」


メガネの奥の瞳を真ん丸くさせた栞が絶句するまでもなく、誰もが口をアングリとさせている。

ムリもない。高校の敷地内に球場……およそ和宏たちの常識からかけ離れた組み合わせだったからだ。


校門口から左手にある“校舎エリア”に視線を移せば、滝南のライトブラウン色をした校舎を見上げることが出来る。

まだ真新しさの残る、四階建ての巨大な鉄筋コンクリート。

鳳鳴高校の二倍を優に超える大きな校舎だが、生徒数自体もまた鳳鳴の約二倍である。

この滝川南高校が“マンモス私立校”と呼ばれるゆえんだ。


日曜日の今日、さすがに生徒の姿はほとんど見えなかったが、全くの無人というわけでもなく、生徒の姿が廊下を行き来している姿をちょくちょく見かけることは出来た。

チラリと“りん”たちと視線が合うものの、特に『なんだ、コイツら』というような訝しげな色は混じっていない。

おそらく、滝南の生徒たちにとっては、野球部の練習試合の相手が校内を訪れることなど日常茶飯事なのだろう。


「やっぱ私立の名門は違うよな……」


“りん”が呆れたように呟いた。

甲子園常連の名門私立の持つ、常識外れの施設群。

単なる公立の鳳鳴高校とは、何から何までスケールが違う。

誰もが「同感」と言いたげに頷いていた。


「ようこそいらっしゃいました」


鳳鳴高校野球部の一団に掛けられた、男性特有の太い声。

“りん”たちが、その声のした方に視線を向けると、滝南のユニフォームを着た男が二人立っていた。

一人は、大きめのサングラスに目元を覆われたいかつい男。

そして、もう一人は、爽やかな丸坊主の他はさして特徴のない丸顔の男子高校生。

サングラスの男の方は明らかに三十歳台の中年で、付けている背番号はちょうど“100”という選手らしくない大きい背番号であることから、監督であることがうかがい知れた。

となれば、その監督の補佐として出迎えに現れたという役割からいっても、もう一人の男子高校生……背番号“1”は主将であると考えるのが自然だった。


サングラスをかけた滝南の監督は、一団の前に近づくと、「監督の秋山あきやまです」と名乗りながら、鳳鳴の監督である山本の前に右手を差し出した。

その仕草からは、“今日は、わざわざ一軍が相手をしてやるのだ”という不遜な態度がわかりやすく滲み出ている。

握手を求めておきながら、歓迎の意思は微塵も窺えず、帽子もサングラスも取らない非礼さには、普段温厚な山本も一瞬眉をひそめた。


「……こちらこそ、本日はお世話になります」


だが、山本は、一団の中で唯一の大人らしく、害した気分を表に出さずに握手に応じた。

熱の篭っていない掌は、今日の試合を快く思っていない感情が伝わってくるようだった。


「お前も一応あいさつしておけ」


秋山は、一歩引くように佇んでいた主将を促した。

どこにでもいるような特徴ない顔。しかし、その体躯はやはり逞しく、瞳からは意志の強さをしっかりと感じさせる。

力強く歩み出る様には、強豪校の主将たる貫禄すら漂っていた。


「よろしくお願いします」


鳳鳴の主将である山崎の前まで近づき、挨拶とともに右手が差し出された。

持ち前のふてぶてしさで、気後れすることなく握手に応じる山崎。

その時、滝南の主将の口から、意外な一言が発せられた。


「久しぶりだな……すぐる


初対面と思っていた相手に、予期せず名前を言い当てられる。なんという衝撃だろうか。

山崎は、驚きを隠すことも出来ずに、相手の顔をマジマジと覗きこんだ。


『久しぶりだな』……という台詞から推察できるのは、以前会った事があるのは間違いない、ということだ。

しかも、『すぐる』と下の名を言われたということは、それなりに近しい間柄だったはずである。

だが、いくら考えても、山崎の脳内から名前がひり出されてこない。

確かに“言われてみるとどこかで見たことがある”ような気はするものの、どこにでもいそうな特徴のない顔と相まって、思い出すことが出来なかった。

そんな山崎の表情を見て、滝南の主将の顔がみるみる内に険しくなっていった。


「まさか……覚えてないのか。俺のこと」


場の空気が険悪になりかけた……そんな時だった。


「あれぇ!? ひょっとしてカズっち? カズっちじゃないっ!?」


唐突に響き渡ったのは、鳳鳴高校二年A組名物の甲高いアニメ声。

場の空気を完璧に無視したそれに、山崎のみならず、誰もが声のした方を振り返った。


「と、東子っ!? い、いつの間に来てたんだ!?」


「そ、そうですよ! って……沙紀さんやのんちゃんまで……!」


“りん”と栞が、驚きの声を上げた。

東子だけではなく、沙紀とのどか……三人は、すでに一団のすぐ後ろまで来ていたのだ。


「さ、さっきから来てたんだけどね。ちょっと声をかけづらい雰囲気だったし」


のどかが、珍しく苦笑いを浮かべながら、代表するように弁明した。

まるで、『わたしはちゃんと空気を読んだんだけど、東子がね……』とでも言わんばかりに。

だが、東子はまるでお構いなし。珍しいものでも発見したかのように、前にしゃしゃり出て、滝南の主将の顔を覗きこんでいた。


「ぅわ。やっぱりカズっちだっ! 中学校の時以来だねっ♪ 久しぶりっ」


「や、やぁ。相変らず……だね、東子ちゃん」


ハイテンションを保ったままの東子に面食らいながら、東子に“カズっち”と呼ばれた男は苦笑した。


「あ、本当だ。カズっち……ううん、一馬かずまくん……よね」


「う、うん……。ひ、久しぶり……さっちん」


「ヤダ……子どもじゃないんだから、それ(さっちん)はやめてよ……もう」


「あ、ご……ごめん。……沙紀ちゃん」


妙にドギマギする“カズっち”と、恥ずかしそうに顔を赤らめている沙紀。

神妙な顔で目を伏せる沙紀は、普段見ることのない非常に珍しい姿だった。


(な、なぁ、これどういうことなんだ?)


(さぁ? わたしに聞かれても……)


(私にもサッパリですけど、見た感じ、沙紀さんたちの小さい頃のお友だちじゃないでしょうか……?)


相変らず俯き加減の沙紀に、“りん”とのどかと栞が目を白黒させている。

なにせ、『それ(さっちん)はやめなさいって言ってるでしょうが!』とでも言いながらアイアンクローをするのが沙紀というキャラだからだ。


遠藤えんどう一馬かずま……なのか?」


「……今頃思い出したのか?」


山崎の頭の中で、ようやく顔と名前が一致した。

だが、すでに遠藤の物言いは、『今さらもう遅い』とばかりに突き放すような不機嫌なものに変わっていた。


「お前はいつもそうだったよな」


「あ?」


「だから俺は……お前にだけは負けたくないんだよ」


遠藤は、両の拳を握り締め、その意志の強そうな瞳に敵意すら込めて、山崎を睨みつけていた。



――TO BE CONTINUED

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