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俺、りん  作者: じぇにゅいん
第三部
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第146話 『決戦前夜・前編 ~理由~ (1)』

「な~んかおかしいのよね」と、沙紀が言う。

「そうそう。アタシもなんかヘンだと思うのっ」と、東子も言う。


「そぉ? 具体的にはどの辺が?」


上野がそう尋ね返すと、唸りながら沙紀も東子も首を傾げてしまった。


今日は十月三十一日……十一月七日の“滝南”との試合の日まであと一週間。

秋の気配は日一日と深まり、近くの銀杏並木通りは、歩道全体が銀杏の落葉に覆われている程だ。


そんな秋真っ盛りの放課後のこと。

沙紀と東子と上野と高木……この四人が、人気の少なくなったA組の教室の片隅で膝を突き合わせていた。


足の不自由な高木は部活には所属していないが、沙紀と東子は女子バスケ部に所属し、上野はソフトボール同好会に所属している。

本来ならば、部活に行かなくてはならない時間だ。

にもかかわらず、こうして教室にとどまっているのは、議論が白熱しているからである。

その議題は、言わずと知れた“りん”のこと……だった。


「具体的にって……、授業中はなんかウワの空だし……」


「そうそう。放課後になったらさっさと帰るし……」


沙紀と東子は、思いつくままに“りん”の様子がおかしいと感じた理由をあげていく。

だが、上野と高木は、二人の台詞を一笑に付してしまった。


「あっはっは。りんが授業の時にウワの空なのは今に始まったことじゃないでしょ」


「萱坂さんって、大体放課後ササッと帰ってると思うけど?」


何を今さら……とでも言いたげに、上野も高木も腹を抱えて笑った。

あまりの大笑いに、口を尖らせる沙紀と東子。

しかし、上野と高木の反論が的確だっただけに、グゥの音も出なかった。


「心配するだけ無駄じゃないかなぁ? 萱坂さんって、あれで意外としっかりしてると思うし」


「ああ……それ同感。あの娘、抜けてるようで結構マトモだからねぇ」


高木の意見を、いつものダミ声でまとめた上野は、「これで話は終わり」とばかりに、高木と一緒に教室を出て行った。

取り残された格好の沙紀と東子も、不満げな表情を浮かべながら、部活に行くために教室を出た。


ここ最近、“りん”はホームルームが終了すると脇目もふらずに教室を出て行く。

授業中も、何か考え事をしている時が多かった。

確かに、上野や高木の言うとおり、普段の“りん”もそんな感じだったが、ここまでひどくはなかったはず……と、沙紀と東子は感じていた。

だが、そう感じているのは沙紀と東子だけで、他の皆は特に“りん”の様子をおかしいとは思っていないようだ。


「納得いかないわね……」


「そうだよね~。でも姉御の言ってることも一理あるし……」


東子は、困ったように眉をひそめた。

ちなみに“姉御”とは、お節介焼きの上野のあだ名である。


そんな会話をしながら廊下を歩く二人に、反対側から近づいてくる一際小さな人影。

クセのあるカールした毛先……独特のヘアスタイル。

大きくてパッチリとした瞳と、高校生離れした童顔。

小脇にA4サイズの茶封筒を抱えたのどか、その人だ。


「やあ。今から部活かい?」


「まあね。ちょっと遅くなったけど」


沙紀は、女子バスケ部のキャプテンである。

そのキャプテン自らが部活に遅刻してしまうのは少々いただけない話だが、前キャプテンが厳しかった反動か、現在の女子バスケ部の雰囲気はユル目なので、目くじらを立てるような出来事でもなかった。


「のどかはまた生徒会の仕事?」……と会話を繋げようとして、沙紀は口の動きをハタと止めた。

ユーモラスな形で半開きになったまま、不自然に動かなくなった沙紀の唇。

瞳に疑問の色を含ませつつ、軽く首を傾げたのどかを見て、沙紀は急に思い出したようにまくし立てた。


「ねぇ、のどか。最近のりんの様子……変に感じたことない?」


のどかは“りん”と仲が良い……沙紀も東子も知っている周知の事実だ。

それだけに、ひょっとしたらのどかも同じように最近の“りん”の様子に違和感を持っているのではないか……そう思ったのである。

のどかは、ちょっと考えてから答えた。


「そうだね。先週くらいに、なんだかいつもと様子が違う感じがしたから『どうかしたの?』って聞いたことはあるよ」


「どんな様子だった?」


「『どんな』って……、話しかけてもウワの空っていうか……」


やはり、のどかも気付いていた。

沙紀と東子は、「やっぱり……」と呟きながら、顔を見合わせた。


「でも、『なんでもない』って言ってたけどね」


な~んだ……と、二人はカクンと肩を落とす。

忙しく派手なリアクションを繰り返す沙紀と東子に、のどかはクスクスと笑いながら尋ねた。


「なんでそんなこと聞くんだい?」


「アタシたちも“りん”の様子がヘンだなって思って実際に聞いてみたんだけど、やっぱり『なんでもない』って言うのっ。だから、のどかなら何か知ってるかな~って思って……」


と、沙紀に代わって東子が答えた。


「もし隠してたら“コレ”よ! ……って脅したんだけど、最後まで何も言わなかったし」


そう言いながら、いつものように右手をワキワキさせる沙紀。

言わずと知れた沙紀の必殺技“アイアンクロー”だ。


(……それは“言ったらやられる”って思ったんじゃ……)


のどかは“りん”を不憫に思いながら苦笑したが、相変らず沙紀は納得のいかない顔だった。


結局のところ、三人とも“りん”の様子がおかしい……と気付いていたものの、他のクラスメートは気付いていないらしい。

それは、それだけこの三人が“りん”に近しいということの証左と言えるだろう。

問題は、誰もその理由までは知らない……ということだった。


「絶対に何かを隠してるような気がするんだけどなぁ……」


可愛らしいアニメ声とともに、頬っぺたをプクッと膨らます東子。

その愛らしい仕草に、のどかは目を細めながら“ある提案”をした。


「それなら、様子を見に行ったらいいじゃないか」


「えっ!?」


「りんの家まで……さ」


のどかの提案は、沙紀と東子の虚を突いた。

だが、よく考えれば、確かに一番手っ取り早いのは“りん”の家に行って直接確認することだ。

放課後、飛ぶように早く帰って、一体何をしているのか――を。

まさに“コロンブスの卵”的発想だった。


「そういえば……そうよね。行ってみよっか。りんの家まで」


「異議ナシ~っ」


そうと決まれば、この二人の行動は素早い。

さっさと部活に行って、沙紀のキャプテン権限で今日の練習を早めに切り上げる……そんな密談がのどかの目の前で繰り広げられた。

いいのかなぁ……と苦笑しながら、むしろそういう密談は生徒会長の目の前でしないでいただきたいものだ……と、のどかは思った。


「ヨシ! 話は決まったわ。のどかはどうする?」


沙紀と東子の密談は、部活を午後五時頃には終わらせて、その後“りん”の家に行く……ということで結論が出たらしい。

もちろん、その時にのどかも一緒に来るかどうか……ということを聞いているのだろう。


「うん……、わたしも気になるし、一緒に行っていいかな?」


「じゃあ、五時に校門前で待ち合わせってことにしましょ」


「あ、でも……のどかはお店はいいのっ?」


東子は心配そうな顔で尋ねた。

のどかは、家業の“のんちゃん堂”でウェイトレスとして働いている。

普通なら、午後五時には学校を出て、家に帰らなくてはならないはずだった。


「ちょうど良く今日はお父さんの都合で臨時休業日になってるから大丈夫」


大きく頷きながらそう答えたのどかを見て、沙紀と東子の顔からは笑みがもれた。


これで話は決まった。あとは行動あるのみだ。

立ち話で浪費してしまった時間を取り戻そうとしているかのように、沙紀と東子はパタパタと駆け出していく。


「廊下は走っちゃダメだよ~!」


のどかの声が廊下に響いた。


風紀を乱す行為は慎んでもらわねば。

一応、生徒会長としての立場があるのだから。


そう思ったのどかであったが、東子は「は~い♪」と可愛らしく返事をしながらスピードアップしていった。


(やれやれ……)


のどかは、苦笑いを浮かべた表情で肩をすくめながら、生徒会室目指して再び廊下を歩き始めた。



――TO BE CONTINUED

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