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俺、りん  作者: じぇにゅいん
第三部
140/177

第137話 『学園祭・後編 ~嘘~ (6)』

校門を出て、歩いて五分のところ。

国道を挟んだ向かい側に、鳳鳴高校の生徒たちご用達のコンビニがある。

近くて利便性が高いだけあり、多数の生徒が学校帰りなどに立ち寄る店だが、さすがに今日はもう屯っている生徒はいなかった。

“りん”と大村は、飲み物のペットボトルとポテチなどの菓子を適当に買い込んで早々に店を出た。


10月……夜の訪れが次第に早くなってくる季節。

すでにうっすらと暗くなり始めた夕刻の空。

昼間、雲ひとつなかった空には、一つだけ大きないわし雲が浮かび、夕陽を浴びてうっすらとオレンジ色に輝いている。


コンビニを出ると、目の前の交差点の信号機がちょうど点滅を始めた。

急いで渡れ……とばかりに、どちらからともなく走り出した二人は、信号が赤に変わる前に横断歩道を渡りきりホッと一息。

だが、クラスの皆が教室で待っているため、あまりのんびりしているわけにもいかない。

“りん”と大村は、大きなコンビニ袋を抱えながら、再び足早に歩き始めた。


この道は、基本的に鳳鳴高校へ向かう一本道である。

左右の道沿いには、近くの工事現場で使われる資材が積まれ、昼間は作業員の姿が多く見られるのだが、土曜日のこの時間帯ではもう全く人影は見受けられない。

代わりに、資材以外に遮蔽物がないせいか、時折強い風が辺りを吹き抜けていた。


急ぎ足の二人は、一言もしゃべらずにひたすら並んで歩く。

“りん”は、長いポニーテールをフワフワと揺らしながら。

大村は、自分よりも少しだけ小さい“りん”の歩幅に合わせながら。


“りん”は、無言のまま歩く大村の横顔をチラリと見た。

どこか遠くを見据えているような瞳と固く結んだ唇。

何を考えているのか……にわかにはわかりかねる表情に、和宏の中で暗澹とした思いが燻り始めていた。


(これからずっと……大村クンとはこんな感じなのかな……?)


さっきから会話らしい会話もなく、ただ並んで歩いているだけ。

まるで腫れ物に触るようなぎこちなさが、あのデートの日以来、もうかれこれ一週間も続いている。


もう以前のように、親友のノリで笑い合うことは出来ないのだろうか。

そんなことを考える“りん”の表情に、どことなく陰鬱としたモノが混じっていく。


不意に、向けられた視線に気付いた大村が“りん”の方を向いた。

絡みそうになった二人の視線。

それを避けるように“りん”は目を逸らした。

のどから心臓が飛び出てきそうなほど大きな心音が“りん”の胸に響く。


(くそっ。なんでこうなっちまうのかな……)


視線を逸らしたところで、何かが解決するわけでもないことはわかっている。

しかし、今は目を合わせた時に大村にかけるべき台詞が見つからない。

以前ならば、他愛のない台詞がポンポン出てきていたはずなのに。


――『和宏はもっと……大村くんと“距離”を取った方が良いじゃないかな』


のどかにそう言われて以来、何度となく和宏の頭の中をよぎっていった言葉。

“男”と“女”のあるべき距離感覚……という意味合いであるが、本来“男”である和宏に“男”との間のそれがわかるはずもない。

ついこの間までは、そんな距離など意識することなく親友のノリで接していたはずなのに、今、和宏は大村との距離をはるか遠くに感じている。

無意識に意識(、、、、、、)してしまうことで、和宏は大村との間に見えない溝を作ってしまっているのだ。


のどかの言った『距離を取れ』というのは、こんな状態のことを言うのだろうか。

いや、それは違う……と、和宏は改めて思った。

このままでいいはずはない……と。


重苦しい雰囲気にたまりかねたように、“りん”は口を開いた。


「あの……さ、大村クン……」


大村に問いかける“りん”は俯いたまま。

“りん”の声に反応した大村の視線は“りん”に向けられた。


「やっぱり……怒ってる?」


本当に怒っていたらどうしよう……と思うと、なかなか目を合わせることが出来ないものだ。

だから、地面のアスファルトを見つめながら“りん”は尋ねた。

その答えは……一拍おいて帰ってきた。


「な……何を?」


……アレ?


“りん”は、パッと顔を上げて大村を見返した。

明らかに「何のこと?」という疑問の入り混じった表情。


怒ってるんじゃなかったのか?

拍子抜けしたような……“りん”の真剣な顔つきがわずかに撓んだ。


「い、いや……その。この間……さっさと帰っちゃったから怒ってんのかと……?」


デートの終わり際、のどかの姿を見つけた“りん”は、大村を置いてそそくさと立ち去ってしまった。

もちろんのどかを慌てて追いかけただけであって、悪気があったわけでもないのだが、事情を知らない大村からすれば、唐突に置いてけぼりを喰らったようにしか見えなかったであろう。

そう思ったからこそ、“りん”は恐る恐る切り出したというのに……何故か大村は目を丸くしていた。


「え……まさか。そんなことで萱坂さんを怒るわけないよ」


……。


“りん”は返す言葉を失った。

気を使っているのか? ……と思ったが、大村の顔をシゲシゲと眺めてみると、特段そういった様子も見られない。

どうやら怒っていないというのは本当のようだ。

だとすると……和宏の疑問は“ある一点”に集約されていく。


「じゃあ……なんでそんな表情カオしてんの?」


以前ならば“りん”と話す時の大村の表情はもっと笑み交じりだった。

いつだって温和で、話していてホッとするような安心感があった。

しかし、今はどこか落ち込んでいるような……沈んだ表情だ。


“りん”の質問に大村は答えなかった。……と言うよりも、答えていいのかどうか迷っているようなためらいがその表情に表れていた。

ためらいを生んだのは、大村の中に渦巻く葛藤。

それはゆっくりと蠢きながら……やがて形となる。


大村は急に立ち止まった。

右手にコンビニの袋を抱えたまま、心に何かを秘めたように。


二、三歩遅れて……“りん”もまた立ち止る。

訝しがりながら振り返ると、固い表情をした大村が緊張をアリアリと感じさせつつ立ちすくんでいた。


「ど、どしたの? 大村クン……」


“りん”は当惑した。

急に立ち止まってしまったことよりも、その思いつめたような表情に、だ。

明らかにいつもとは違う大村の表情。

まるで何かを心に決めたかのように、コンビニ袋を持つ右手はもちろんのこと、手ぶらのはずの左手も固く握られていた。


「実は……ね、萱坂さん……」


「……?」


「実は……ボク、好きな女性ひとがいるんだ……」


想像すらしていなかった事態である。

大村から切り出された“恋話ソッチ”方面の話題に、“りん”の呼吸が一瞬止まった。

恋話関連は、和宏の数多い不得意分野の一つであったからだ。

だが、これでここしばらくの大村のおかしな態度が腑に落ちた。

おそらく恋の悩みを抱えていたに違いない。

出口のない迷路を彷徨っているような……そんな身悶えするような辛さ。

しばらく初恋を引きずっていた和宏は、それをよく知っている。


「でも、ボクなんかじゃダメなのかな……とか、ボクなんかじゃつり合いがとれないな……とか思っちゃって……」


大村の口調が次第に熱を帯びていく。

ポツリポツリと噛み締めるように。しかし歯を食いしばるように。

堰を切ったように出てくる台詞は、大村の想いそのものだった。


少なくとも、大村は巷で言うところの“イケメン”ではない。

どちらかと言うと、冴えない風貌の小太り体型の男だ。

オマケに女の子を楽しませる話術に優れているわけでもない。

そういった要素は、大村の女性に対する自己評価を低く見積もらせる要因であった。


「そんなことないよ!」


「……っ」


大村と目を合わせ、“りん”はハッキリと言い切った。

予期せぬ強い反応に、今度は大村の方が口を半開きにして驚いていた。


「大村クンにはいいところが一杯あるじゃんか。いつも冷静だし、頭も良いし、根が真面目で、誠実で……」


「せ、誠実……?」


「そうだよ。大村クン、絶対に嘘とかつかなそうだし。そういう誠実さって女の子から見たらすごく魅力だと思うよ」


「……」


これでもかとばかりに“りん”は空いている左手のジェスチャーを交えて熱弁を繰り広げていく。


捕手キャッチャーとしての大村は人一倍冷静である。

むしろ捕手キャッチャーはそうでなくては務まらないのだが、大村のそれは飛びぬけていると和宏は感じていた。

その冷静さから導き出されるリードを、和宏は心の底から信頼している。

そして、今までの決して長くない付き合いの中でも、真面目で誠実な性格だけはハッキリと感じ取っている。

時として、その性格が原因で損をしていることがあるということも、だ。


「だから……もっと自信持っていいよ。大村クンを嫌う女の子なんて……きっといないからさ」


“いい人”を地でいくような大村である。

“りん”が言うまでもなく、大村を嫌う生徒など、女子の中にも……おそらく男子の中にだっていないであろう。

だが、大村は自信なさげに俯いている。

和宏は、そんな大村の奥ゆかしさに歯がゆさを感じていた。

自分の大村に対する評価と大村の自己評価との落差。そこは、なんの遠慮もなく埋められるべきものだと思ったからだ。


相変らず俯き加減の大村。

“りん”の言葉は届いたはずだった。それでも……大村は何かを躊躇している。葛藤している。

先ほど以上に強く握り締められている大村の両拳がその証拠だ。

それが何故なのかもわからぬまま……“りん”は、大村が再び口を開くのを待った。


空に浮かぶ淡いオレンジ色をしたいわし雲が、風を受けながら少しずつ西へ流れていく。

“りん”の頬を舐めるような、フワリとした秋風。

綺麗に束ねられた“りん”の長い黒髪が柔らかく揺れ、それが合図になったかのように大村は顔を上げた。


「萱坂さん……」


「ん?」


「本当に……自信を持っていいのかな?」


「も、もちろんだよ!」


思いつめたような大村の表情は変わらぬままだった。

それが和宏の胸の内に一点の曇りを残したが、自信を持ってもらう分には一向に構いはしないはずだ。

“りん”は嬉しそうに大きく頷いた。


「じゃあ……言うよ」


そう言って大村が軽く息を飲み込むと、その思いつめた表情にさらに力が篭っていく。


キリリと釣りあがった太い眉毛。

真一文字に結ばれた唇。


そのいずれにも“ある決意”が込められているのがはっきりと見て取れた。


「ボクは……」


その次の一言を、大村はわずかに躊躇した。

だが、それはほんの一瞬。

次に発せられた大村の台詞は、“りん”にとって衝撃的なものだった。


「ボクは、萱坂さんのことが……好きです」



――TO BE CONTINUED

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