第13話 『What do I do? (1)』
鳳鳴高校における“日直”の仕事は、少々風変わりだ。
授業の最初と最後に号令をかけたり、休み時間に黒板を消したりするのは当たり前だが、風変わりなのは“日直日誌”の存在である。
“日直日誌”とは、授業の内容と日直当番自身の授業を受けた感想を書くためのものだ。
みんな日直を嫌がるのは、コレがあるからなのだ。
1持間目の日本史の授業が終わった直後の休み時間。
国語の成績が(←も?)良くない和宏は、当然コレに悪戦苦闘していた。
「じょう・・・もん時代。」
「す・・・ごく、よ・・・かったです。」
・・・和宏のすぐ後ろから覗き見するように、和宏の書いた日直日誌を読み上げる沙紀と東子。
「ちょっと〜。“縄文時代”くらい漢字で書きなさいよ。」
「感想も『すごくよかったです。』って・・・小学生じゃないんだからっ!」
(うう・・・チクチクいじめやがって・・・。)
やはりというべきか、当然というべきか、今日も和宏はいじられキャラ役だ。
「てめぇら、いい加減にしやがれっ!」と言ってやりたいが、とてもそんな勇気はない。
「そうだよね。ハハ・・・。」
応対に困った和宏は、とりあえずの愛想笑いで誤魔化すしかなかった。
“りん”のように振舞わなくては・・・と思えば思うほど、どう受け答えすれば正解なのかわからなくなってしまう。
沙紀と東子が、不思議なものを見るような目で和宏を見つめた。
(・・・やっぱ、おかしかったか・・・!?)
焦った和宏は、急いで消しゴムをかけて、“じょうもん”を“じょう文”に書き換える。
なんとなく、余計に頭が悪そうな感じになったのはご愛嬌だ。
「これで・・・いい?」
和宏は、自信なさげに日誌を差し出す。
沙紀は、オドオドとした上目遣いの和宏を見て、「プッ」と吹き出した。
「りん~・・・まぁ、ちょっと面白かったから60点で。」
「アタシは、『いいはずあるかっ!』っていう突っ込みを付けて、70点かなっ。」
(・・・なんだか点数を付けられてしまった・・・。)
どうやら、沙紀と東子は、“和宏のギャグ”に点数を付けたらしい。
特に、ギャグのつもりなどなかった和宏としては、ちょっと凹む。
(とりあえず・・・助かった!?)
和宏が胸を撫で下ろしたのと、2時間目開始のチャイムが鳴り響いたのは、ほぼ同時だった。
そのチャイムを聞いて、和宏は、一つ大事なことを忘れていたことに気付く。
(やべっ、井上ってヤツに日誌を渡しておかなくちゃ!)
例えチャイムが鳴っても、先生が入ってこないうちはまだセーフである。
和宏は、忍者のように「サササ」っと、井上の席まで行って、「次、お願いね。」と言って、日直日誌を手渡す。
「ああ、じゃあ、次の号令を頼むね。」
「は〜い。」
“りんの口調”は、どうしても照れる。
“女の子の演技”そのものだからだ。
いっそ、割り切ってしまえばいいのかもしれないが、和宏には、どうしてもそれが出来ない。
和宏が、席に戻ると同時に、2時間目の国語の先生が教室に入ってきた。
「起立っ!」
「礼!」
「着席っ!」
“りん”のよく通る美声が教室に響き、2時間目の授業が始まった。
ところが、国語の教師である“黒田正人”の授業は、なんとも退屈な授業であった。
ボソボソした声。
黒板を埋め尽くす小さな文字。
淡々と進められる作業のような授業によって、和宏は睡魔と闘う羽目になってしまった・・・全く迷惑な話である。
ただし、あからさまに退屈そうにする生徒がいる中、真面目にノートを取る生徒もちゃんといた。
しかし、彼らですら、どんどんと黒板に書き出されていく細かい文字に、悪戦苦闘している様子がありありと見える。
結局、最後まで、そんな調子は変わらずに、誰もが待ちわびた2時間目終了のチャイムが鳴る。
号令が終わり、黒田が教室を出て行くと、残されたのは細かい文字がビッシリの黒板。
和宏は、「黒板の隅から隅までぎっしり書きやがって。」と、心の中で毒づきながら黒板消しをかけていくと、途端に「ちょっと、まだ消さないで〜!」という声があちこちから発せられた。
どうやら、複数の生徒が、まだ黒板の内容をノート中だったらしい。
(ま、真面目だな・・・みんな。)
和宏はノートを取らない。
何故なら、取ってもムダだと思っているからだ。(どうせ後で見返さないし。)
そんな和宏は、コツコツとノートを取る生徒を、「スゲェな。」と本気で思っていた。
・・・もちろん、その範疇にコイツらは入っていない。
「うわぁ・・・りん、横暴っ!」
「自分さえ良ければいいのかっ!」
黒板の前に立つ和宏の背後から、またもやちょっかいを出す沙紀と東子。
(・・・お前たちも消してやろうかっ!!!・・・って、この黒板消しを沙紀と東子の顔に「バフン」とやったら・・・。)
(・・・スッキリするだろうな。)
(・・・その後が怖いけど。)
そんなささやかな復讐劇が、瞬時に和宏の頭の中に描かれたが、もちろん実行に移せるわけもない・・・。
ならば、何かウィットに富んだことでも言い返したいが、生憎と頭に浮かんでこない。
仕方なく、愛想笑いで誤魔化そうとする和宏を見て、沙紀が、「もう我慢ならん。」という感じで口を開いた。
「・・・りん?昨日からなんかヘンだよ?」
さっきまでのからかい半分の笑顔とは、うってかわったシリアスな表情の沙紀に、戸惑う和宏。
東子の方は、怒ってはいないが、やはり少し当惑したような浮かない表情だ。
「朝、もう身体は大丈夫って言ってたけど・・・ひょっとして、やっぱり今日も具合悪いの?」
「う、ううん・・・そんなことないけど・・・。」
「・・・なんでそんなに他人行儀なの?」
(・・・っ!)
和宏の心臓の鼓動が、急に早くなった。
明らかに変わった3人の間の雰囲気が、まるで和宏の顔を突き刺すようだ。
そして、教室の誰も、その雰囲気の変化に気付いてはいない。
休み時間の喧騒は相変わらずだ。
「そうそう。アタシも昨日から『なんか他人行儀だな〜』って思ってたの。」
東子も、沙紀に同調する。
「なんか、オドオドしてるし、初対面みたいに愛想笑いなんかしてさ。」
そんな沙紀の指摘に、和宏は反論できない。
“りん”のように振舞わなくては・・・と思いながら、そうなってしまう自分を、和宏自身もまた強く感じていたからだ。
「身体の調子が悪いのも含めてさぁ、何か・・・あったんじゃないの?」
沙紀が、真剣な表情で和宏に疑問をぶつけた。
東子も同じ表情だった。
(うう・・・どうすりゃいいんだ・・・!?)
昨日のことみとの会話では、ことみ自身の“ニブさ”も手伝って、こんなヤバそうな場面にはならなかったが、沙紀と東子には、まるで和宏の心の中まで見通しているような鋭さを感じる。
和宏は、二人の目を直視することが出来なかった。
もし、目を合わせたら、つい本当のことを口走ってしまいそうだったからだ。
それほど、二人とも“りん”のことを真剣に心配している気持ちが、よく伝わってくる。
しかし、のどかじゃあるまいし、この二人に、今の“りん”の状況を話しても理解してもらえるわけがない。
だとすれば・・・答えは一つだ。
「・・・本当に・・・なんでもない。」
目を合わすことすらできずに、本当にか細い“りんの声”で答える。
もちろん、沙紀も東子も、それで納得できるはずもない。
「・・・っそ、ならいいんだけどっ!」
沙紀は、肩をすくめながら、ふくれっ面で自分の席に戻っていった。
東子は、沙紀と和宏を交互に見ながら、何も言葉を発することが出来ずに、やはり沙紀を追って自分の席に戻っていった。
黒板の前に、和宏は一人取り残されて・・・3時間目開始のチャイムが鳴り響いた。