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俺、りん  作者: じぇにゅいん
第三部
139/177

第136話 『学園祭・後編 ~嘘~ (5)』

はあぁぁぁぁあ……。


例えるなら、マリアナ海溝よりも深いタメ息。

そして、そんなタメ息をついているのは……A組の学園祭実行委員の園田栞である。

栞がこんな苦々しいタメ息をつくなど、非常に珍しいことだった。

いつもなら「ダメですよりんさん。タメ息はつくたびに幸せが逃げていくんですよ!」などと説教してくれそうな栞にしては。


「元気出しなさいよ栞。別にアンタのせいってわけじゃないでしょうが」


「そうそう。勝負は時の運だよ……シオリン♪」


沙紀と東子だけではなく、他のみんなも落ち込む栞の肩を優しく掴んで慰めの台詞をかけていく。


学園祭は無事終了し、すでに夕刻である。

全校一斉解散とだったため、もう相当数の生徒が帰路についていたが、このA組の教室には用事があって先に帰ってしまった一部の男子生徒を除く全員がまだ残っていた。


今年のサプライズのイベントである“クラス対抗ミスフォトコンテスト”は、滞りなく終了した。

結論から言うと……優勝したのはE組(のどか)

A組(りん)は力及ばず、わずか3票差で敗れてしまった。……惜敗である。


だが、いつだってウザいほど前向きな栞が深いタメ息を吐くほど落ち込んでいるのは、単に“負けた”ということだけではなく、別の理由があるからだった。


「私としたことが、こんな初歩的なことに気付かなかったなんて……」


“クラス対抗ミスフォトコンテスト”……このイベントに、A組は『りんの学生服姿』の写真で挑んだ。

それは、女子票の総取りを見込んでのことだったが、実はそれが落とし穴だったのだ。

“りん”のあまりにハマり過ぎた学生服姿に、栞の判断力が狂わされてしまったのかもしれない。


鳳鳴高校の男子生徒と女子生徒の数の比率は約7対3。

つまり“女子よりも男子の方が多い”のだ。


「やっぱり、りんさんにはもっと男子受けする格好をしてもらうべきでしたよね……バニーガールとか」


(全っ力で断る!)


栞が、本音とも冗談ともつかぬ物騒な台詞を呟く。

バニーガールが男子受けするのかどうかはともかく、男子受けする格好をするべきだったという栞の意見は、ある意味正しかった。

確かに“りん”の学生服姿は、女子に対して相当なインパクトがあったであろう。

だが、いくら女子票を取り込んだところで、男子票も取り込まねば勝利は覚束無い。それは生徒の男女構成比からいっても明らかだ。

もちろん通常であれば“りん”とて男子に人気がないわけではないのだが、今回ばかりは相手が悪かった……とも言える。

なにせアイドル顔負け……しかもギャップ萌えの要素も取り込みつつ、男子の心を鷲掴みにしたのどかの笑顔が相手だったのだから。


「でもさぁ……その割には僅差だったよね~?」


机の上に腰掛けた上野が、ちょっと太目の足をブラブラさせながら、あまりかわいくないダミ声で皆に同意を求めた。

ウンウン……と頷きながら答えたのは東子だった。


「そうそう。きっと男子からの票も多かったんじゃないっ? だからりんもあまり落ち込まないのっ♪」


(落ち込んでねぇっ!)


正直な話、今回の件は、いつも勝負にこだわる和宏にとっては、珍しく勝負はどうでも良いと思っていた。

なんと言っても相手がのどかであるし、しかも、その笑顔は自分に向けられたものであるからだ。


失敗した(しくじった)わね……紗耶香アイツ


沙紀は沙紀で、“りん”の隣から怖い台詞をポソリと吐いている。

それも、恐ろしく不機嫌な表情で。

優勝賞品に一番目がくらんでいただけに、ムリもない話かもしれないが。


ちなみに、今回の投票に紗耶香がどれほどの影響を及ぼしたかは検証しようもない話である。

しかし、少なくとも紗耶香の努力(裏工作)ナシでここまでの接戦に持ち込むことは出来なかったであろう。

もっとも、その紗耶香は負けてしまったことに責任を感じているのか……それとも沙紀のお仕置きに怯えてなのか、結果発表があった後も“りん”の前に現れていない。

“恥ずかしい写真”云々という、和宏にとっては寒気がするような話も、これで立ち消えになったと考えて良さそうだ。


「ごめんね。あたしが余計なこと言っちゃって……」と高木。


もともと“りん”に学生服を着せてみよう……と提案したのは高木である。

いつもなら飄々として、どこかふてぶてしさのある彼女も、今回ばかりは申し訳なさそうに縮こまっていた。


「まぁまぁ。もういいじゃない。終わっちゃったことは言いっこナシってことでさ!」


特徴的なダミ声による、癒し系の台詞が響く。

姉御肌の彼女は、普段からみんなに“姉御”と呼ばれている。

どこか憎めないこのお節介焼きの台詞に、みんなが同意したように頷いた。


「それじゃあ……軽く残念会でもやろうか。打ち上げも兼ねてさ」


 ◇


学園祭が終わった後の打ち上げは、ジュースやお菓子を教室に持ち込んでするのが通例であった。

全てのクラスがそうするわけではなく、特にまとまりのあるクラスが自主的にするとのこと。

担任の種田も『ちゃんと片づけをすること。それと酒だけはNGな』と言って、教室での打ち上げを許可してくれた。

後は、近くのコンビニでジュースやお菓子の買い出しに行くだけだが、それは言いだしっぺの上野が荷物持ち要員とともに行くことになり、残りの面子は教室で待つことになった。


机は後方に寄せられ、出来たスペースに円陣を組むように座るクラスメートたち。

あちらこちらでおしゃべりが始まり、教室の中は5分と経たずに“大騒ぎ状態”になった。

やはりA組のノリは随一である。


そんな中、“りん”はコッソリ教室を抜け出した。

コッソリと抜け出したのは他愛もない理由だ。

“トイレ”……である。

ちょっとトイレに行ってくる! ……などと自己申告しようものなら、必ず誰かが「じゃ私も!」と言うだろう。

とにかく女子は、みんな一緒にトイレに行きたがるのだ。


(な~んで一緒に行きたがるんだろうな……)


女子トイレは男子と違って個室だというのに。


和宏は、トイレに行く時に気軽に他人を誘うタイプでもない。

だからこそ、女子の『連れトイレ』という感覚が理解できなかった。


トイレを済ませた後、そんなことをボンヤリと考えながら、人気の少なくなった廊下を歩く“りん”の目に見覚えのある姿が入ってきた。

そこら辺によくいるおばちゃんのような小太り体型のため、遠目からでも一目瞭然の上野、だ。

そして、その隣には他クラスと思われる女子生徒が一人佇んでいる。


上野は、ついさっき買い出しに出かけたはずだった。

“りん”は、おかしいな……と思いつつ、首を傾げながら近づいていった。


「あれ? 姉御……さっき買い出しに行かなかったっけ?」


“りん”の声に気付いた上野が振り向くと、その顔がパ~ッと花が咲いたような笑顔になった。

これは何かあるっ……と、思わずビクッと一歩引いてしまうほどの笑み。

そして、和宏の予感は正しかった。


「い~いところに来たねぇ……りん。ハイ……これ」


満面の笑みのまま、“りん”の手の平にムリヤリ5枚の千円札を押し込む上野。

当然のコトながら、イミがわからないでいる“りん”の顔には、わかりやすいハテナマークが浮かんでいた。


「な……なにこれ?」


「実はさ~……」


そう言って、上野は手に持っていた雑誌の表紙を“りん”の鼻先に突きつけた。

ティーンエイジャー向けのメジャーな芸能雑誌である“High Tension!”の今月号。

旬の俳優やタレントの情報がてんこ盛りなことで有名な雑誌だが、今月号の表紙は……ドラマ“テキサスに愛を込めて”で主演中の“中山トール”だった。


「今回はトール君の大特集でさ……もう目が離せなくて!」


この“テキサスに愛を込めて”は女子高生に大人気のドラマで、A組の女子の中にもファンが多い。(第12話参照)

このドラマをこよなく愛している上野もその一人であり、主演の“中山トール”の大ファンでもあった。

その証拠に、すでに上野は雑誌にかじりつくように夢中になっている。


「ごめんね~、萱坂さん。私も今日は持って帰ってゆっくり読みたいし」


上野が鼻息荒く読みふけっている雑誌の持ち主であろう女子生徒が、申し訳なさそうに“りん”に手を合わせて謝った。

和宏にとっては名も知らない他クラスの生徒だったが、察するに、彼女は上野の友だちで、買ったばかりの雑誌を上野に見せてあげている状況なのだろう。

ついでに言うなら、もう雑誌を持って帰りたいのだが、上野が雑誌を手放してくれない……といったところか。

『なになに!? 今月号はトールくん特集!? うわ~……見せて見せて!』……と、雑誌をひったくるように奪い取る上野の姿が目に浮かぶようだった。


ヤレヤレ、仕方ないな……と、タメ息一つ。

こうなった以上、上野に無理矢理買いだしに行ってもらうより、代わりに“りん”が行った方が早そうである。


「いいよ。代わりに行ってくるからさ」


「ありがと~。今度埋め合わせするから!」


と言って、まるで“りん”を大明神か何かと勘違いしているかのように拝み倒す上野。

背中がゾワゾワするようなムズ痒さに“りん”は苦笑するしかなかった。


「じゃあ……りんを頼んだからね。大村くん」


上野は、廊下の反対側に向かって声をかけ、再び雑誌に目を落とした。


(……え!?)


唐突に飛び出した、全く予期していなかった名前。

“りん”は、そーっとその方向を見た。

そこには、すっかり蚊帳の外に放置されながらも文句一つ言わず待っている荷物持ち要員の大村がいた。



――TO BE CONTINUED

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