第135話 『学園祭・後編 ~嘘~ (4)』
のどかのパチクリした瞳は、思いのほか可愛らしい。
ただでさえ大きな瞳がますます大きく映え、普段の落ち着いた雰囲気を打ち消しながら、少女のような童顔を際立たせる。
そんな“キョトン”とした顔ののどかの返事は、拍子抜けするほどあっさりしていた。
「いないよ?」
(いないのーっ!?)
話が違うじゃん!
そう呟きながら、今度は“りん”がキョトンとする番だった。
なに言ってんの……? とでも言いたげなのどかだったが、絵に描いたようにキョトンとする“りん”を見て、再びクスクスと笑い始めた。
「あはは。もしかしてさっきの話?」
「……そ、そうだよ」
のどかが言った『他に好きな人がいるんです』という言葉。
一体誰だ? ……と悶々とした結果、『いないよ?』の一言で済まされては納得できるはずもない。
「あれはねぇ……まぁ、一種の方便だよ」
「ほうべん?」
「そう。ああいう時、そう言った方が断りやすいから」
そう説明するのどかは、照れたような笑いを浮かべて、どこかバツが悪そうにしている。
ようやく事態を理解し始めた“りん”は、呆れたような声を上げた。
「じゃあ、ひょっとして……あれは“ウソ”だったのかよ……」
(なんてこった。これじゃ真面目に聞いた俺がバカみたいじゃん……)
そう呟きながら、首をうなだらせる“りん”。
上手く騙されたような……しかし、決して悪い気分ではなく、むしろ湧き上がってくる安堵感の方が勝っているようだ。
和宏は、ホッと胸を撫で下ろしていた。
「まぁ、向こうが先にウソついたんだし……」
のどかは、少し頬を膨らませながら、そう言った。
無論、言葉巧みにのどかをここまで連れ出した“桧山のウソ”に腹を立てているのであろう。
「それで、口からでまかせ……っていうかね。あまり良い断り方じゃないっていうのはわかってるんだけど、全くウソってわけでもないし……」
「……え?」
「……ん?」
……。
……。
言葉の意味を図りかねる“りん”と、そんな“りん”を不思議そうな目で眺めるのどか。
二人の間に、妙に浮ついた沈黙が走った。
「全くウソでも……?」
そう呟きながら首を捻る“りん”を見て、のどかはハッと右手で口を抑えた。
そんなジェスチャーから判断するまでもなく、のどかが口を滑らせたのは誰の目にも明らかである。
のどかは、自らの表情に混じる狼狽の色を隠すことは出来なかった。
「いやいやいや。なんでもない。なんでもないからっ!」
「イヤイヤイヤ。なんでもないってことないだろ。なんだよ『全くウソってわけでもないし』って?」
時として、のどかは強烈なドジっ娘属性を発現する……今回のような。
しかも、和宏の突っ込みが、今日に限って妙に的を射ていて鋭い。
タジタジになっているのどかは、和宏の突っ込みに防戦一方。非常に珍しい光景だった。
「誰かいるの? 誰? 誰だよ?」
「え~と……その~……」
すでに、のどかの顔は、紅葉のように真っ赤に染まっている。オマケに、その瞳は半分涙目。
小さい体をさらに縮こませて、困り果てたように「ウ~ウ~……」と可愛らしい小動物のように唸る様は、普段のどかに頭が上がらぬ和宏からすれば、もうちょっと困らせてみたくなるほどだった。
「ち、違うんだよ! その……別に好きとかそんなんじゃ……」
しどろもどろ。しゃべればしゃべるほど泥沼に嵌っていく。……まさに今そんな感じだ。
盛んに両の手の平を“りん”に向けて、のどかは必死に否定のジェスチャーを繰り返す。
ここまで必死だと、もはや何を否定しようとしているのかわからなくなりそうである。
「そ、そんなことより! 気を付けなくちゃいけないのは和宏の方だよ!」
「な、何を?」
唐突に、顔を真っ赤にしたのどかの人差し指がビシッと“りん”の面先に突きつけられた。
明らかに、のどかの苦し紛れの反撃である。
にもかかわらず、“りん”は軽くのけぞりながら面食らってしまった。
この瞬間、“りん”とのどかの好守は逆転した。
「決まってるじゃないか! コクハクだよ……コクハク!」
「……はぁ!?」
何度も言うが、今日は学園祭の日である。
さっき東子たちが言っていたとおり、このイベントにはコクハクを促す効果があるらしい。
その効果の程は、ついさっきのどかが実証したばかりだ。
「前にも言ったけどさ。りんは美人なんだから、いつ誰かからコクハクされてもおかしくないんだよ」
のどかが、顔を真っ赤に染めたまま、少し早口でそうまくし立てた。
りんの外見については、確かに美人だと和宏自身も思うし、これは否定のしようがない。
だが、中身についてはどうだろうか。
今の“りん”の中身は“瀬乃江和宏”という男子である。
粗暴だし、言葉遣いも悪い。何しろ自分のことを“俺”呼ばわり。当たり前のことながら女らしさのカケラもありはしない。
男から見たら、多分恋愛対象にすらならないだろう……という思いが和宏にはあった。
「大丈夫だろ。そんなの心配し過ぎだって!」
腰に手を当て、胸を張る“りん”。
自信満々といった様子であるが、その自信には根拠がないのは明らかだ。
そうかなぁ……と思いながら、のどかは心配そうな眼差しを“りん”に向けたが、和宏は意に介さなかった。
その時、静かにざわついていた体育館から、一際大きい歓声とどよめきが上がった。
「な、なんだ……!?」
“りん”の独り言のような問いに、のどかは答えなかった。
言うまでもなく、答えは決まっていたからだ。
“クラス対抗フォトコンテスト”の結果が貼り出されたのだろう……と。
――TO BE CONTINUED
近日中に次話をUPしたいと思います。