第132話 『学園祭・後編 ~嘘~ (1)』
「で、例のファンクラブとやらを動員して投票しろ……と?」
「そうよ」……と、なぜか腕組みをして偉そうな態度の沙紀。
“クラス対抗ミスフォトコンテスト”の投票は、本日の午後一時から三時の間である。
投票権があるのは、一年生と三年生のみ。
要するに、組織的に(A組=りん)に投票しろ……ということだ。
「で、それだけじゃ飽き足りず、兄弟・姉妹・友だち……にも呼びかけろ……と?」
「そうそうっ♪」……とニコニコ顔で頷きながら、状況をキッチリ把握している様子の東子。
無論、“りん”のファンクラブに入っているくらいなら、言うまでもなく“A組”に投票するだろう。
であるから、狙いは“投票権を持つ友だちや先輩などの総動員”ということになる。
「で、A組が優勝したら俺の写真を撮らせる……と?」
そういうこと! ……と、沙紀と東子はキレイに声を揃えた。
このデコボココンビは、時として『オマエら事前にネタ合わせしてるだろ?』と言いたくなるほど息がピッタリと合う。
今がまさにそうだ。
それはともかくとして……百歩譲って、ここまでは許せるとしよう。
写真を撮らせるくらいならば、和宏にとっても特に異存はない。
それが“普通の写真”ならば、だ。
――それも……俺の『恥ずかしい写真』を?
沙紀と東子は、無言でコクコクと頷いた。
「アホかーっ!」
“りん”は、ちゃぶ台をひっくり返すような勢いで突っ込んだ。
「なんで俺がそんなコトしなくちゃならんのだっ!?」
「大丈夫よ。R15指定くらいで済む程度にしとくから」
今、沙紀がいい笑顔でさらりとスゴイことを言った。
もちろん、和宏には何のことやらサッパリだった。
◇
学園祭当日を迎えるも、A組の出し物である“甘味処”は、早々に店じまいとなってしまった。
原因は、異常な客の入りによる品切れ。
栞が、来店するであろう客数を予測し、少し多めの数のケーキを注文していたにもかかわらず、わずか一時間程度で完売となったのだ。
閉店後の教室の後片付けもあらかた終わり、壁の飾り付けは全て取り除かれ、喫茶室仕様だった机の配置も元通りになった。
幸か不幸か、早めに仕事から解放されたクラスメートたちは、もう他のクラスに遊びに行ったりしているようだ。
とりあえず、いつもの制服……セーラー服に着替えた“りん”と沙紀は、東子を交えて、誰もいなくなった教室で“作戦会議”中であった。
「大体さ……“恥ずかしい写真”って、一体どんな写真撮らせる気なんだよ?」
「今ここで言っていいワケ?」
「あん?」
「言った瞬間にR15指定になるわよ?」
(どんだけぇーっ!?)
沙紀は、なんでもないことのように平然と言ってのけた。
だが、その瞳を見る限り、必ずしも冗談とは言い切れないのが不気味だった。
「まぁまぁ。どうせA組が勝てばの話でしょ? 勝ってから心配すればいいじゃないっ♪」
東子は東子で、慰めなんだか追い討ちなんだかわからないことを言う。
(そんなモンかな~?)
“りん”は、納得したようなしないような……そんな感じで腕組みしつつ首を捻った。
当然のことながら、そんなことはない。
勝った瞬間に、デジカメを片手にした紗耶香が、それは華やかな笑顔で纏わりついてくることは目に見えている。
「さぁ、りん姉さま! 撮影会としゃれ込みましょう♪」とか言いながら。
やんわりと断ろうにも、それで紗耶香が引き下がるはずもなく、沙紀は沙紀で「約束は守らなきゃダメでしょうが」と言って、右手をワキワキさせるだろう。
そこに『約束したのは俺じゃねぇ!』という当たり前の突っ込みは通用しないに違いない。
「ま、何にしろ、勝てるかどうかは紗耶香次第かしら。あの娘の常識外れのパワーに賭けるのよ!」
(なんかヤダな……それ)
投票は、午後三時で締め切られ、午後四時には結果が発表されることになっていた。
ちなみに、集計は栞たち学園祭の実行委員が行い、午後四時の結果発表をもって学園祭終了……という流れである。
それにしても……と、和宏は椅子にもたれかかりながら改めて思った。
今回の“クラス対抗ミスフォトコンテスト”……なんとすったもんだの多いことか。
もちろん、それは“りん”の周り限定かもしれないが、和宏にはもう一つ気になることがあった。
(のどかの方は大丈夫なのかな……?)
のどかもまた、今回のコンテストにムリヤリ担ぎ出されたクチだろう。
ならば、“りん”と同じように、何か困ったことになっている可能性は十分にある。
「ちょっとE組を見にいこうよ」
「「E組~!?」」
せっかくの空いた時間。
のどかの様子を見に行くついでに、E組の出し物見学もする……一石二鳥だ。
にもかかわらず、何故か沙紀も東子も気乗りしない表情だった。
「なんだよ? いいじゃん。せっかくだからさ。のどかの様子も気になるし……」
「そぉ? のどかのことだから、うまくやってると思うけど?」
「りんはのどかと仲いいもんねっ♪ どうする? アタシは別に行ってもいいけどっ♪」
私はすごく気が進まないけどね……などと呟きながら、沙紀もしかめっ面で同意した。
沙紀にしては珍しく“渋々”という感じであったが、とりあえずE組の教室に向かって歩き始めた3人。
ところでE組の出し物は……と、“りん”が学園祭パンフに目を通した時、その口からは脱力したような声が自然に漏れた。
「や、“山崎卓の野球教室”……!?」
なんと言えばいいのだろう。
良く言うならば、独創的な出し物……とでも言うべきか。
だが、不思議なこと(?)に、これを見たいという気持ちは寸分も起きなかった。
「だから言ったでしょうが……」
沙紀の台詞が、しみじみとしたタメ息混じり。
表情から察するに、沙紀も東子も、この出し物のことを知っていたようだ。
ならば気乗りしないのも頷ける。
今回ばかりは“りん”も反論出来なかった。
あの山崎……何やってんだ……?
そんな感想しか出て来なかったからだ。
「確かにそんなの見てもなぁ~」という思いに、E組の教室へと向かう足取りが重くなってしまった“りん”たち。
その時、東子が素っ頓狂な声を上げた。
「あそこにいるの……のどかじゃないっ!?」
ここ教室棟の2階は、一本の廊下に沿ってA組からF組までの教室が順番に並んでいるオーソドックスな作りだ。
A組の教室から奥に向かって真っ直ぐ廊下を進んでいくと、D組の教室の少し手前から管理棟への渡り廊下が左に伸びている。
約30メートル程の長い渡り廊下。
東子は、その向こう側にのどかの姿を見つけ、いつものアニメ声を上げたのだ。
ちなみに、ど近眼の東子がのどかに気付いたのは、最近し始めたコンタクトのおかげである。
反射的に、三人は忍者顔負けの素早さで壁の陰に隠れた。
そして、上から順番に、沙紀、“りん”、東子が、そぉっと顔を出してはのどかの様子をうかがった。
「いやいやいや。なんで隠れるんだよ?」
「うるさいわね。りんだって隠れてるじゃない!」
「ホラホラ。あんまりドタバタしてると見つかっちゃうよっ?」
別に見つかってもやましいところは何もない……はずだった。
だが、つい隠れてしまったのは紛れもない事実。
その理由は……のどかが見慣れぬ男子と一緒にいたから、だ。
身長は145センチののどかより相当高く、大体175センチくらいといったところか。
学生服を着ているので、同じ鳳鳴高校の生徒であることは一目瞭然であるが、辛うじて遠目で見える詰襟の校章の“青”色なのを見ると、どうやら三年生のようだった。
「あの一緒にいるヤツ……誰だ?」
その男子の顔は、和宏の全く知らない顔。
独り言のように呟いた“りん”の台詞に沙紀が答えた。
「アレ……三年生の桧山センパイじゃないかしら?」
桧山康平……男子バレー部所属。
その端正な顔立ちと相まって、女性ファンが多いらしい。
「あ……あ、どっか行くみたい……!」
例の桧山が、のどかを連れて歩き始めた。
もちろん行き先はわからないが、渡り廊下の向こう側……管理棟の奥に二人は消えていった。
「何してんのよ? いくわよ!」
「リョーカイですっ! 隊長っ!」
間髪入れずに動き出した沙紀と東子。
あっという間に取り残されそうになった“りん”は、当たり前のようにのどかを追い始めた二人を慌てて呼び止めた。
「お、おい! ドコ行くんだよ!?」
「決まってるでしょうが! アンタ、のどかが心配じゃないワケ?」
(……さっきは『のどかのことだから、うまくやってると思うけど?』って言ってなかったか?)
「さっ! 急がないとのどかを見失っちゃうよっ♪」
(心なしか楽しそうなのは気のせいだろーか……?)
そう言って、二人は当然の如く尾行を開始してしまった。
“嬉々として”という言葉がピッタリな様子で。
“りん”は、ボーゼンとした表情で二人の後姿を見送りつつ、大きなため息を一つ吐いた。
「やれやれ……。全くオマエらときたら……」
……。
「ちょっとだけだぞ♪」
そう呟きつつ、“りん”は先にいってしまった沙紀たちを追いかけていく。
なんか以前にもこんなことがあったような……と思いながら。
――TO BE CONTINUED




