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俺、りん  作者: じぇにゅいん
第三部
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第131話 『学園祭・中編 ~ファンクラブ~ (2)』

フルネームは“村野紗耶香”。

しっとりとした黒髪のツインテールと、少しばかりつり目で猫っぽい瞳が印象的。

だが、この娘にはモンダイがある……それも致命的な。


「またこうして面と向かってお話しが出来るなんて……私、嬉しゅうございます。りん姉さま……」


“りん”のことを“りん姉さま”と呼ぶ感性。

つまり、“村野紗耶香”は、あまり関わらない方が良い……百合気配満載のアブノーマル(、、、、、、)な下級生なのである。


「ちょっとアンタ。ついさっきもお汁粉食べに来てたでしょうが」


いつの間にか“りん”の隣に来ていた沙紀が、腕組みをしつつ紗耶香を見おろしていた。

二人の身長差は、約15センチ。

沙紀の方が、かなり背が高い。


「ええっ! 来てたの?」


“りん”は、素っ頓狂な声で驚いた。


「はい。りん姉さまがウェイターをされると聞きましたので。これはぜひ拝見せねば……と」


そう言って、紗耶香は“りん”の全身をうっとりとした表情で眺めた。


真っ白でパリッとしたカッターシャツに、漆黒のベストとパンツ。

襟元には、これまた黒のシルクで、かなりシックな蝶ネクタイ。


学生服姿が異常に似合っていた“りん”のこと……このウェイターの衣装も異常に似合っている。

紗耶香でなくとも立ち眩んでしまいそうなほどの凛々しさだった。


「ただ……」


突然、眉を曇らせる紗耶香。


「先ほどは応対してくださったのが沙紀センパイだったので、非常に(、、、)残念でした……」


ピキ。

そんな音が、沙紀のこめかみ辺りから“りん”の耳に届いた。


(怖ェッ!)


だが、紗耶香にとっては、そんな沙紀の態度などドコ吹く風。

わざわざ“非常に”を強調しなくても……と慌てふためいた和宏だったが、もう遅かった。


「フーン。それでもう一回……今度はりんの写真を撮り来たってワケ?」


「はい。貴重なお姿ですので。沙紀センパイには無関係かと思うのですが、何かお気に召しませんでしたか?」


ピキピキッ。


(マジ怖ェッ!)


あくまでにこやかに、白百合のような笑みを絶やさぬ紗耶香と、青筋をピクピクと蠢かせる沙紀。

一触即発……確かに怖いことこの上ない。

わざわざ沙紀を刺激してんぢゃねぇよ……と思いながら、“りん”は紗耶香に「もうやめてくれっ」というアイコンタクトを送ったが、どう誤解したのか紗耶香はポッと顔を赤らめる始末。


なぜ、こんなにも紗耶香は沙紀に突っかかるのだろうか。

以前に沙紀から聞いた話では、もともと紗耶香は沙紀に言い寄っていたと言う。(第44話参照)

ならば、もう少し言い方もありそうなものだが、逆に“可愛さ余って憎さ百倍”的な感情も込められているのかもしれない。


いずれにせよ、もはや手遅れだ。

“りん”と沙紀と紗耶香……三人の佇む一角の空気は、まるで突き刺すようなモノに変わっていたからだ。


「ま、まぁまぁ。別に写真くらいさぁ……」


「りんは黙ってなさい」


「ハイ」


この閉塞感を脱するため、バカみたいにノーテンキな声でした“りん”の捨て身の提案は、沙紀によって即座に拒否されてしまった。

せっかく勇気を振り絞ったというのに。


「大体、りんの写真なんかどうするつもりなのよ?」


「もちろん大事に使います♪」


(何にーっ!?)


もう何がなんだか。

だが、紗耶香の“本当の”爆弾発言は、実はこれからだった。


「ちゃんと会員特典として配布予定ですから」


――会員!?


鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした……“りん”と沙紀。

和宏には、にわかに意味が飲み込めなかった。


カイイントクテン?

ハイフヨテイ?


ムリもない。“りん”でなくとも、なんのことやらサッパリである。

しかし、沙紀は、何かにピンと来たようだった。


「会員って……ひょっとして……!?」


「ハイ。お察しのとおりです」


(いやいや。サッパリわかんねぇよ!)


沙紀と紗耶香はわかっているのに、自分だけがわからないという状況は、相当に歯がゆいものがある。

“りん”が、「早く言え」と言わんばかりに沙紀と紗耶香を交互に見る。

その視線に促されるように答えたのは紗耶香の方だった。


「りん姉さまのファンクラブのことですわ」


(な……なんですとぉーっ!?)


驚天動地。

茫然自失。

青天の霹靂。

まさに、心臓が止まるほどの衝撃が“りん”を襲う。


「へぇ! まさかとは思ったけど本当にあるのね……ソレ」


「ちなみに、私が会長です」


そう言って、紗耶香は右手を添えつつ頬を赤らめた。


イヤイヤイヤ。なに顔赤くしてんだよ。顔赤くしたいのはむしろコッチの方だろうよ?

和宏は、心の中で、心の底から……そんな突っ込みをビシッと入れた。


“りん”は一年の女子に人気がある……という話は聞いたことがあったが、まさかファンクラブまであるとは、驚きを通り越してもはや呆れた話だ。


「お恥ずかしゅうございます。りん姉さまにだけは知られないようにしていましたのに……」


(さっき、自分からバラしちゃったよねっ!?)


どう考えても、隠そうとしていたとは思えない。

むしろ、カミングアウトするタイミングをうかがっていたに違いない。


「それって……一体なにをする会なんだ……?」


「基本的に、りん姉さまを想って胸を一杯にする会ですわ」


「コッチが一杯一杯になりそうだよ……」


「何うまいこと言ってんのよ!」


「スパーン!」という盛大な音とともに、沙紀の突っ込みが、これ以上ないほど鋭く入った。

沙紀によって引っ叩かれた“りん”の後頭部だったが、音のワリにあまり痛くない。

これは沙紀の名人芸である。


(……あ!)


同時に、沙紀が何かを思いついたような声を上げた。

その表情が、みるみるうちに「いいコト思いついちゃった♪」的なニンマリとした表情に変わっていく。

ちなみに、沙紀がこういう顔をした時は、今までの例から言って、大抵“りん”にとって良い話ではない。


「ちょっと! そのファンクラブ……アンタが会長なワケね?」


「そ、そうですが……?」


沙紀は、紗耶香に念押ししながらニヤリと笑った。

ついさっきまで、こめかみに青筋を立てていたのが嘘のような表情だ。

そんな沙紀に、紗耶香が怪訝な顔を見せたのは、むしろ当然のことだと言える。


「なら好都合だわ。ちょっとコッチにいらっしゃい」


そう言って、沙紀は紗耶香の腕を持って、教室の隅っこに強制的に連行していった。

それはさながら、私刑リンチを加えようとしている極悪な上級生のように。

しかし、危害を加えられるような話の流れではないのはわかっているためか、かなり渋々ながら無抵抗の紗耶香。

その表情には、捕食者に怯える小動物のような警戒心が混じっていたが、構わずに沙紀は何事かを耳打ちし始めた。


「は、はぁ……」

「はい……」

「えっ!?」

「はい……はい……」

「ほ、本当ですかっ!? 沙紀センパイ!」


沙紀が一つ耳打ちしていくたびに、紗耶香の食い付き度合いが増していく。


(一体なに話してんだ……っ!?)


一人蚊帳の外状態になった“りん”は、沙紀たちをうかがうように耳を傾けたが、所詮はヒソヒソ話……聞こえてくるはずもない。


「もちろん本当に決まってるでしょ。私が嘘をつくと思って?」


「わかりました! 私……頑張ります!」


紗耶香は、胸元で手を合わせながら、何故か目をキラキラと輝かせている。


「さ、時間がないでしょ。頼んだわよ」


「はい。では行ってまいります」


沙紀に向かって、ペコリとお辞儀をする紗耶香。

そして、少し興奮気味に教室を出て行こうとして、ピタリと立ち止まった。


「成功の折は……どうぞよしなに」


「私に任せておきなさい……」


さっきまでの犬猿のような仲の悪さはどこへやら。

沙紀と紗耶香は、顔を見合わせながらニヤリと微笑んでいた。


(黒ッ!)


なんという性質タチの悪そうな黒い微笑だろう。

まるで悪代官と越後屋のような微笑だ。


いそいそと教室を出て行く紗耶香の後ろ姿。

それを見送る沙紀の後ろ姿。


ついさっきまで険悪ムード一直線だった二人が、いつの間にか息ピッタリの悪巧みをしている。

仲悪いんじゃなかったのかよっ……と突っ込みたくなるような流れに、呆れたようなため息しか出てこない。

だが、その変わり身の早さだけは、間違いなく驚嘆に値するものだった。

もちろん、どんなことを企んでいるのかは和宏の知るところではないが。


(女って怖ぇよな……)


和宏は、心の底からそう思った。

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