第130話 『学園祭・中編 ~ファンクラブ~ (1)』
学園祭当日……真っ青に晴れ渡った空は、まさに秋晴れ。
校門に設置された飾り付け満載の学園祭アーチを、ひっきりなしに一般客が潜り抜けていく。
その人数は明らかに例年よりも多く、“大盛況”という形容がふさわしいほどの客の入りだった。
2年A組の出し物である“甘味処”も例外ではなく、これでもかという人が押し寄せた。
まさに、沙紀の思惑どおりに。
沙紀が言い出した『“甘味処”で“りん”を全面に押し出す策』……それは。
◇
『というわけで……てこ入れよ、テ・コ・イ・レ・!』
話は、学園祭前日まで遡る。
“クラス対抗ミスフォトコンテスト”の優勝を確信していたA組では、思わぬ“強敵出現”に慌てふためいていた。
みな、散発的に、貼り出されたコンテストの写真を見に行っては、難しい顔で教室に戻ってくる。
一様に、“確かにこれは強敵だ……”という思いを、わかりやすく表情ににじませながら。
そんな、まるで“通夜”のような重苦しい雰囲気の中である。
得意げな顔で“てこ入れ”などと沙紀が言い出したのは。
突拍子もない沙紀の提案に、みんなが呆気に取られた。
ムリもない。
“りん”をウェイター(ウェイトレスではなく)にして客寄せをしようと言うのだから――。
今回の“りん”の写真の“ウリ”は、凛々しい学生服姿である。
ならば、このウェイター姿も、間違いなくコンテスト向けのアピールにはなるだろう。
故に、反対する者は一人もいなかった。
となれば、当然のことながら、和宏の意思とは無関係に物事は進んでいく……そういうことになっているのだ。
それが“A組クオリティ”。
『それじゃ姉御。ウェイターの制服、明日用意できるかしら?』
『もちろんオッケー! 親戚から借りてくるから♪』
(だから、その親戚ってナニモノなんだーっ!?)
もちろん、姉御……上野の親戚とやらに突っ込みを入れても状況は何も変わらない。
と、思いきや、栞がボソリといいことを言った。
「でも、りんさん一人で大丈夫でしょうか……?」
「大丈夫ってどういうことよ?」
「全部で7つもテーブルがあるんですよ? お客がたくさん入ってきたら、一人じゃ手が回らなくなるんじゃないかと……」
栞の説明に、皆なるほど……と頷いた。
客の入りは予想できないが、入れ替わり立ち替わり入ってくるような事態になれば、確かに一人では手が回らなそうだし、トイレに行くことすら出来なくなりそうだ。
「栞の言うことも一理あるね~。じゃあ、もう一人増やしておこうか」
上野は、事もなげに言いながら、一人一人の顔を見渡した。
その視線が、ある人物のところでピタリと止まる。
「沙紀……がいいんじゃない?」
「はぁ? 私?」
沙紀は、自分に向いた上野の指先を、怪訝な表情で見返した。
だが、そんな沙紀に突き刺さる、妙にチクチクと痛い周りからの注目の視線。
その手があったか……というような視線だ。
「だって、“りん”以外にウェイターの衣装が似合いそうな女子って沙紀しかいないじゃない」
上野のダミ声は、核心をついていた。
170センチのスラリとした長身。
宝塚の男役がピッタリ……といった感じの切れ長の瞳。
場の誰もが、改めて沙紀を眺めてはウンウンと頷いた。
もちろん……“りん”も。
「ちょっ……、りん! なんでアンタまで頷いてんのよっ!」
「いや……だって、実際似合いそうじゃん」
「冗談じゃないわよ! なんで私が……っ!」
納得がいかない……とばかりに喚く沙紀だったが、ことここに至ってはもはや遅し。
この振ってわいたような悪夢のような話は、これから沙紀の意思とは関係なしに進んでいくのだ。
それが“A組クオリティ”。
「ヨシ。じゃあ決まりだね。明日、ウェイターの服を2着持ってくるから、“りん”と沙紀……よろしくね~!」
「はいよ~」
「ちょっと! なんで決まりなのよ? りんも! 『はいよ~』じゃないでしょうがっ!」
上野と“りん”を交互に見ながら、沙紀は顔を真っ赤にして抵抗した。
そんな沙紀を、“りん”はちょっとだけ意地悪そうに笑う。
「でも、もう乗りかかった船みたいなもんだしなぁ。別にいいんじゃね?」
そう言うと、他のみんなも「それじゃそういうことで~♪」みたいな感じで散り始めた。
本格的に話は終わり、もはや大勢は決したと言えるだろう。
そして、沙紀もそれを肌で感じたに違いない。
「アンタがそんなんだから……」
「……へっ?」
沙紀の肩が震えている……ものすごい怒りで。
その剣幕に、和宏は「ヤバイ」と思ったが、もう遅かった。
「アンタがそんなんだから、私までトバッチリ喰っちゃうのよっ!」
そう言い終わるやいなや、唸りをあげる沙紀の右手。
もちろん、“りん”の額を捉えるために。
それが何のためなのかは……もう説明不要ということで。
「イダダダダダッ!」
“りん”は、いつもどおりの悲鳴を上げながら思った。
(悪いの俺ーっ?)
◇
と、いうわけで。
凛々しい蝶ネクタイのウェイターの衣装を着せた“りん”で、コンテストでの投票をアピールしようという……誠にあざとい策。
だが、その話を聞きつけた連中(主に女子)は群れを成してやってきた。
もはや“大盛況”と言う言葉では言い表せないほどの客の多さ。
教室内には耳を塞ぎたくなるような黄色い声が飛び交い、“りん”はあちこちのテーブルに引っ張りだこである。
そんな熱気も手伝って、“甘味処”のメニューである“あんみつ”やケーキなどは、わずか一時間足らずで早くも品切れ状態になってしまった。
もっと仕入れておけばよかった……と、ソロバンを弾きながら悔しがる栞だったが、今からではもう後の祭りでしかない。
いずれにせよ、売る物がなくなってしまっては、もう店じまいするしかなかったのであった。
“品切れ終了”の札が教室の外に貼り出され、さっきまでのごった返すような客が一人もいなくなった教室。
嘘のように静かに変わり果てたその空間は、まるで“ツワモノどもが夢の跡”的な様相である。
そんな中……テーブルに突っ伏すように椅子に腰掛けている“ウェイターの格好”をした女子が約二名ほどいた。
言うまでもなく一人は“りん”。そして、もう一人は“沙紀”……である。
「ねぇ……りん?」
机に突っ伏したままの沙紀が、力ない声で“りん”を呼ぶ。
普段の沙紀からは想像もつかないような疲れ切った……覇気のない声だ。
「これ……なんの罰ゲームなワケ?」
(それをオマエが言うかっ!?)
“りん”は、突っ込みどころ満載の沙紀の台詞に遠慮なく突っ込みを入れた。
そもそも、“りん”をウェイターにしようと言い出したのは沙紀。
そして、“りん”をウェイターにしたら、自分までウェイターをさせられる羽目になった……事情を簡略に説明するとこうなるはずだ。
いわゆる“ブーメラン”である。
なにはともあれ、死んだ魚のようにぐったりする“りん”と沙紀。
わずか一時間で、今日一日分の客を捌いたのだから、むしろぐったりして当たり前かもしれない。
他のみんなは、もう教室の後片付けを始めている。
あ~、なんか手伝わなきゃなぁ……と思って、“りん”がゆっくりと片目を開けた時だった。
(……!?)
締めている教室の戸のガラス部分から見え隠れする銀色の物体が、チラチラと目に入ってきた。
(……デジ……カメ?)
非常にコンパクトながら、フラッシュやレンズらしきものが付いている。
おそらく間違いなさそうだ。
「やだわ……まさか“盗撮”のカメラ小僧とかじゃないでしょうね……」
“りん”と同様に、デジカメの存在に気付いた沙紀が、ムクリと起き上がりながら眉をひそめた。
お互いに顔を見合わせる二人。
“りん”は、素早く近づいて、間髪入れずに戸を開けた。
(……っ!?)
そこにいたのは、決してカメラ小僧などではなく……跪いた格好でデジカメを構えている女子生徒。
今日は、他校の生徒も数多く来ていたのだが、この生徒の制服は紛れもなく鳳鳴高校のセーラー服である。
ただし、スカーフの色が“緑色”……つまり“一年生”だ。(ちなみに“りん”たち二年生のスカーフは“黄色”)
その一年生の女子生徒は、“りん”と目が合った瞬間、ハッとした表情になった。
そして、それはりんも同じ。
この娘の顔に、明らかに見覚えがあったからだ。
「さ、紗耶香……ちゃん?」
「まぁっ! 嬉しいです! 覚えていてくださったのですね……りん姉さま!」
そう言いながら、紗耶香は“りん”に祈りを捧げるように……それはもう目をキラキラと輝かせていた。
――TO BE CONTINUED