第129話 『学園祭・前編 ~サプライズイベント~ (5)』
鳳鳴高校の学園祭は10月3日に行われる。
この日ばかりは、普段は入れない一般の客を校内に招いて、各クラスごとの出し物を見てもらうのだ。
2年A組もまた、他のクラス同様、独自の出し物を用意している。
非常にありがちだが……“甘味処”だ。
「机の配置はこんな感じでいい……かな?」
「た、多分これでいい……と思うよ……」
おそらくクラスナンバーワンの怪力であろう大村が、ひょいひょいと机の配置を整えていくかたわら、その後ろで栞の作った教室内の机の配置図とにらめっこしながら指示を出す“りん”。
だが、相変らず二人は、お互いがお互いに遠慮しているかのように、どことなくぎこちない。
まいったな……と心の中で苦笑いしながら、“りん”は大村が配置してくれた教室を眺めた。
机を4つをひと塊にしてテーブルを作り、それが7テーブルという配置。
白いクロスがかけられた各テーブルには、東子が作ったという可愛らしいメニュー表が置かれ、準備は万端といったところだろう。
今日は10月2日……金曜日。つまり、学園祭の前日である。
午後からは授業もなく、各クラスが出し物の準備をするための時間に充てられたが、実行委員の栞のテキパキとした指示のおかげで、2年A組の準備は早くも終わろうとしていた。
思ったより早く終わりそうだな……という安堵の雰囲気の中、廊下から近づいてくる騒々しい二人分の足音。
教室の戸がガラリと開き、沙紀と東子が息を弾ませながら飛び込んできた。
「ちょっとりん! 大変!」
「……!?」
教室に入ってくるなり“りん”の元に駆け寄った二人は、まるで掴み掛からんばかりの勢いだった。
もちろん、なんのことやらサッパリわからない“りん”は、目を丸くするしかない状況だ。
「例のフォトコンテストに……のどかの写真がエントリーされてるのっ!」
息せき切って駆け込んできた割には「で?」と言いたくなるような情報である。
確かに「へぇ……」という情報ではあるが、さほど重大事とも思えない。
A組では“りん”が祭り上げられているんだから、のどかだってE組で祭り上げられても決しておかしくはないだろう。
(ま、妙なカッコをした写真だったら、見てみたいけどな……学生服姿とか)
そう思いながら、和宏は心の中でクスリと笑った。
どう想像してみても、全く似合わないであろうのどかの姿が容易に浮かんでくる。
沙紀と東子の慌てぶりとは対照的に、“りん”は対照的に涼しい顔で落ち着いていた。
その落ち着きぶりにもどかしさを感じた沙紀は、「ああん、もう!」と言いながら“りん”のガッチリと腕を掴んだ。
「お、おい!」
「いいからちょっと来なさいっ!」
「そうそう! 来ればわかるからっ!」
沙紀と東子が、“りん”の両腕を引っ張っていく。
当然のことながら、“りん”に抗う術はなかった。
◇
沙紀と東子が“りん”を連れて行った先は、生徒用玄関前だった。
ここには、大きな掲示スペースがあり、普段は“いじめ撲滅キャンペーン”などのポスターが貼られているのだが、今は学園祭に向けて各クラスの出し物の一覧表などが掲示されている。
“クラス対抗ミスフォトコンテスト”のエントリー写真は、一際大きな模造紙にキレイな飾りつけとともに貼り付けられ、掲示スペースのど真ん中……最も目立つところに貼り出されていた。
その周りには、すでに人だかりが出来ている中、“りん”たちは人垣の外から“のどかの写真”を探した。
“りん”と同じようにコスプレしている写真もあれば、生徒手帳の写真のような面白味のない写真もある。
クラスごとのノリの良さを表しているようで少しだけ面白かった。
E組……のどかの写真は、凛々しい“りん”の学生服姿の写真のすぐとなりにあった。
その写真を見た“りん”は、思わず目を見開いた。
(の……どか?)
制服のセーラー服を着ているのどか。おそらくは教室で撮ったと思われる写真。
シャープペンシルを持った右手で頬杖をつきながら、窓の外を見て笑っている。
その笑顔は、いつも和宏の胸を高鳴らせる愛らしい笑顔。
無邪気で……まるで天使のような笑顔だった。
「どう? りん?」
「ビックリしたでしょっ?」
沙紀と東子に話しかけられて、“りん”は半開きになっていた口を慌てて閉じた。
きっと“思わず見とれた”とは、こういう状況のことを言うのだろう。
「う、うん……」
“りん”は、そう返事をするだけで精一杯だった。
「でもね~、別人みたいだねっ♪」
「ホントね。のどかってば、こんなに可愛く笑う娘だったのねぇ……気付かなかったわ」
「やっぱオマエらもそう思うだろ?」
沙紀と東子の背後から、聞き覚えのある男の声。
“りん”たちが振り向くと、得意げな表情をした山崎の顔があった。
「なんだ……山崎か……」
「ヲイヲイヲイ! あまりにご挨拶だろ、そりゃ」
沙紀は、幼馴染である山崎に対して、時に猛烈な毒を吐く。
納得いかない風の山崎に、東子が見かねて仲裁(?)に入った。
「まぁまぁ♪ それよりさっ! どうしたの? こののどかの写真……」
「おう! い~い写真だろ? オレが撮ったんだぜ?」
へぇ~……と、“りん”は思わず声を漏らした。
しかし、この際の問題は、誰が撮ったかよりも、「どうやってのどかの笑顔を撮ることが出来たのか?」だ。
少なくとも、のどかが普段人前で見せるような表情ではないのだから。
「6月……くらいかな。何の授業だったか忘れたけどよ。自習の時間があってさ。その時たまたまデジカメを持ってたんだよ」
「デジカメ~っ?」
「いいじゃねぇか。デジカメ買ったばっかりだったから、クラスの連中に見せようと思って持ってきてたんだよ」
「んで?」
「おう。ホラ、自習なんて休み時間と同じようなもんだろ? だからデジカメをパシャパシャやってたわけよ」
自習=休み時間……この山崎の独特の感性に、“りん”は「ウム」と言わんばかりに深く頷いた。
和宏もまた、自習時間にマジメに自習に取り組んだことのない生徒だからだ……あまり自慢は出来ないが。
「ひょっとして……そのパシャパシャの中にのどかが写っていた……とか?」
「ま、そんなトコだな♪」
ひたすら爽やかに、山崎は白い歯を見せながら親指を立てた。
ムダに爽やかだな……と和宏は思った。
「あっきれた。それじゃただの偶然じゃない!」
「い、いいじゃねぇか! 運も実力のうち! オレには運気を呼び込むパワーがあるってことよ!」
と言いながら、ニヤリと笑う山崎は右腕に力こぶを作って見せた。
大村に勝るとも劣らない太い腕に作られたそれは、長袖のカッターシャツの上からでもわかるほど“逞しい”の一言。
だが沙紀は、それにはノーリアクションで、あーはいはい……と右手で額を抑えながら、呆れたように小さく呟くだけだった。
相変らずキレのいい、沙紀と山崎の息ピッタリトークだ。
「それにしてもさ……この時、のどかは何を見て笑ってたんだ?」
“りん”は、腕組みをしながら首を傾げたが、山崎もまた「さぁな……」と首を傾げていた。
「でも……いい写真には違いねぇだろうが。普段あんまり笑わねぇヤツの笑顔ってパンパなく威力あるよな」
確かに……と、“りん”も沙紀たちも素直に頷いた。
試しに「のどかが無邪気に笑うところを見たことがあるか」……と、全校の生徒たちに聞いて回ったとしよう。
「そんなの見たことない」という回答が大半を占めるに違いないのだ。
「ま、萱坂の写真も悪くねぇけどよ。はっちゃけてて。でもE組の久保の写真の方が上だぜ?」
そう言い残すと、山崎はそそくさとこの場を離れていった。
後に残された“りん”たち三人は、お互い顔を見合わせ、もう一度のどかの写真を見やった。
見る人をホンワカとした気持ちにさせるような、癒しを感じる笑顔である。
この笑顔に一票を投じる生徒が多いであろうことは容易に想像がつく。
「これ……ホントにあの生徒会長?」
「全然イメージ違うよな」
「ヤベェ……おれ、なんかキュンキュンしてきた」
実際、今出来ている人だかりからは、そんな声が聞こえてきた。
明らかに、のどかの写真に反応していると思われる台詞だった。
「楽勝って思ってたけど……これは強敵出現ね」
「そうだね~。まさかのどかのこんな写真が出てくるなんて思ってもみなかったしっ」
黙りこくる三人。
そして、沙紀が、腕組みをしながら、唸るように言った。
「これは……てこ入れが必要ね……」
「はぁ? テコイレ?」
またおかしなこと言い始めたぞ……と思いながら、“りん”は沙紀の顔を怪訝な顔で眺めた。
「こうなったら、A組の出し物の“甘味処”で、“りん”を全面に押し出すしかないわ!」
「お、押し出すって……」
未だにピンと来ない様子の“りん”であったが、沙紀は「私に任せておきなさい」と言わんばかりに、まるで小悪魔のようなウインクをした。