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俺、りん  作者: じぇにゅいん
第三部
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第124話 『デートじゃない! (8)』

ドアと連動して「カランカラン」という鐘の音が喫茶店の中に響いた。

古ぼけながらも磨き上げられた、味のあるデザインのテーブルにイス。

チリ一つ落ちていない飴色の床を見ても、趣味で店をやっているのであろう初老のマスターが、毎日精魂こめて掃除をしているのが目に浮かぶようだ。


ちなみに、和宏にとって、この手のいかにもな喫茶店に入るのは初めての経験である。

雰囲気は決して悪くない……しかし、なんとなく落ち着かない。

貧乏症ってこういうことなのか? ……と思いつつ、“りん”は空いている適当なテーブルに、のどかと向かい合って腰を掛けた。

店内には、他に一組の年配の夫婦らしき客がいるだけ。

手が空いていたのか、間髪入れずにお冷を持って来てくれたマスターに、のどかはアイスコーヒーを、“りん”はミックスジュースを注文した。


「話ってなんだよ?」


“りん”は、改まった口調でのどかに尋ねた。

のどかが何を言おうとしているのか、和宏にとっては全く想像もつかなかった。

だからこそ、その尋ね方は極めて“単刀直入”だった。


「今日は“デート”だったよね……確か」


それがのどかの第一声。


「ぅぉぉぃ……違うよ! デートじゃないって!」


「違うのかい?」


「ただ、ライブを一緒に見に行っただけだよ。のどかまで沙紀たちとおんなじコト言うなよな……」


“りん”は、かなり不服そうに口を尖らせている。

だが、のどかは、そんな“りん”を見据えつつ、冷静に言い放った。


「それって普通“デート”って言わないかい?」


「……へ?」


間の抜けた顔で聞き返した“りん”の胸元に向かって、のどかは人差し指を突きつけた。


「その格好……いつもと違ってカワイイじゃないか。化粧までしてるし」


(あ……)


“りん”は、口を半開きにしながら、目を泳がせた。

今日は“そういう格好”をしていることに、ようやく気がついたからだ。


「いやっ! こ、これは……沙紀と東子が……っ!」


目に見えて動揺する“りん”。

この可愛らしい服は、東子のチョイスによるものだ。

そして、さりげなく施されたナチュラルメイクは、ことみの手によるもの。

いずれも、和宏が望んだわけではなく、よってたかって“されてしまった”(第118話参照)に過ぎない。


「別に和宏が“そういうこと”をノリノリでやってるとは思わないけどね。ただ、男の子と女の子が二人っきりで街に出かけて、女の子の方がそれだけお召かししてたら、普通は“デート”って言うんじゃないかな?」


のどかの意見に、“りん”はグゥの音も出なかった。

確かに「そのとおり!」としか言いようがない、見事な冷静さと説得力である。


ちょうどその時、マスターが先ほど注文したドリンクを運んできた。

のどかの元にはアイスコーヒーが置かれ、“りん”の元に置かれたのは白っぽい色のミックスジュース。

その様は、長年この店のマスターをしているという自負を感じさせるような、重厚で物静かな手つきだった。


のどかは、早速ストローを差してアイスコーヒーを一飲みした。

ガムシロップもミルクも入れない……のどかはブラック党のようだ。


「ひょっとして……和宏は、大村くんのことが好き……なのかい?」


少しだけ聞きづらそうに……のどかは“りん”に問いかけた。

これ以上ないほど、予想外の質問。

妙な冗談だな……と思いつつ、“りん”はのどかの顔をしげしげと眺めた。

しかし、決して冗談か何かではなさそうなのは、のどかの真面目な顔を見れば明らかだ。


「そりゃあまぁ……スキだよ。話は合うし、一緒にいて楽しいしさ」


「違うよ和宏。大村くんを“男の子”として好きなのか? ……って聞いているんだ」


のどかの表情は、相変らず真面目なまま。

だが、その質問の意味が、和宏にはなかなか飲み込めなかった。


――オトコノコトシテスキ?


なかなか要領を得ない和宏に対し、のどかの口調が、まるで小学生に説明するかのようなものに変わった。


「いいかい? 今の和宏は“りん”なわけだよね?」


「そ、そうだけど……」


「ということは、今の和宏は“女の子”なわけだ。少なくとも外見上は」


「……」


「その“女の子”である和宏りんは、大村くんを“男の子”として好きなのか……つまり、恋愛の対象として見ているのかってことだ」


ようやく質問の意味を理解した和宏は、二度三度と頷いてみせた。

無論、答えは一つだ。


「いやいや……ありえないでしょ。俺、“男”だし」


まさしくそのとおり。“りん”の外見はどうあれ、中身は“和宏”であり“男”である。

同じ“男”である大村が、恋愛の対象になるはずはない。


「まぁ、そんなことだろうと思ったけど」


のどかは、ため息をつきながら言った。

なら聞くなよっ! ……と和宏は思ったが、それを口に出す前にのどかは続けた。


「まぁ、和宏には“そういう感情”はないんだろうけど……大村くんの方はどうなのかな?」


「え……? 大村クン?」


「そうだよ。大村くんは“りん”のことを“女の子”だと思ってるんだから、“りん”のことを好きだと思っていてもおかしくないだろう?」


のどかの台詞に、再び“りん”は押し黙った。

確かに、可能性としてはありえる話。

だが、あの大村が自分りんを好きになるなどありえないと思ってしまうのも事実である。

和宏が、大村に恋をしてしまうなどありえないのと同じように。


「……そ、そんなコトないと思うけどな……。そんな素振りなんてなかったと思うし……」


そう言いながら、どこか自信なさげなのは、その確信がないからに違いない。

のどかは、それを見抜き、意地悪そうに笑った。


「ホントにそうかい? 和宏はニブイから気付いていないだけかもしれないじゃないか」


いたずらっ子のような目つきで、“りん”を見るのどか。

からかわれていることに気付いた和宏は、ムッと口を尖らせながらソッポを向いた。


「あはは。冗談だよ。そんなに怒らないでよ」


今日初めてののどかの笑顔。

やはり、のどかには笑顔がよく似合う。

“りん”は、ついさっき「ムッ」としたことなど、忘れたようにつられて笑った。


少しずつ解けていくミックスジュースの中の氷が、グラスの中でカチャリと音を立てた。

そういえば、まだ一口も飲んでいなかったな……そう気付いた“りん”は、ストローに口をつけて、それを一気に飲み干していく。

その様子を微笑ましく見ていたのどかは、“りん”が飲み終えるのを待って……口を開いた。


「でもさ……」


そう言ったのどかの顔からは、再び笑みが消え、いつもの大きなパッチリ眼が、“りん”を真っ直ぐに……強く見つめていた。

相変らず大きくて深い黒を湛えた瞳……油断したら吸い込まれてしまいそうだ。


「これだけは……ちゃんと覚えておいて」


「……?」


「もし、大村くんが“りん”のことを本気で好きだったとしたら……最後に傷つくのは大村くんなんだからね」


「――っ」


のどかの、優しく諭すような言い方に、和宏はハッと息を呑んだ。

確かに、のどかの言うとおり……“もしそうであるならば”、りん(和宏)の気持ちが動かぬ限り、大村の恋が成就することはない。絶対に。


「本当は、今日は何も言わないでおこうと思ってたんだ。でも、やっぱり言っておくよ」


「何を……だよ?」


「和宏はもっと……大村くんと“距離”を取った方が良いじゃないかな」


「きょ、距離……?」


「そう。和宏がどう思っていようと、今の和宏は“りん”っていう女の子で、大村くんは男の子なんだから」


うぅ~ん……と、“りん”は思わず唸った。


大村は、和宏にとって大切な友だちだ。

投手ピッチャー捕手キャッチャー……バッテリーとしての相性はバツグンであり、お互いに野球バカ。

そして、同じ“ブラックポセイドン”の大ファン。

そんな趣味の噛み合った友だちは、“和宏の世界”にだっていなかった。

しかし、のどかは言う。『距離を取れ』……と。


(なんか……めんどくさいな……)


男同士なら、何も考える必要なく“親友”でいられるのに――。




“りん”の顔に少し不満の色が浮かんだ時、のどかの持つ携帯電話が着信音を響かせた。

「ゴメン」と言いながら、電話に出るのどか。

相手は、父・大吾のようだった。


「ウン……ウン……わかった」


小声で話し終えたのどかは、携帯電話をパタンと折りたたみながら“りん”に言った。


「お父さんがさ、車で近くまで来てるから迎えに行こうか……だって。良かったら家まで送るけど乗って行くかい?」


「あ、あぁ。サンキュー」


“りん”の返事に、のどかは、顔を綻ばせながら、言い忘れていたことを思い出したように付け加えた。


「そうそう。それとさ……」


「……?」


「大村くんにはちゃんと謝っておくんだよ」


「へ? なんで……?」


「和宏のコトだから、『今日はもう帰るよ! じゃっ!』……くらいのノリで別れてきたんだろう?」


「……エスパー?」


まるで、その時の状況を見ていたかのようだ。

目を点にして、ニコニコ顔ののどかを見る“りん”。


「あはは。それくらいわかるよ。とにかくさ、最後に素っ気なくしてしまったんだから謝っておいたほうがいいよ」


のどかがそう言った直後、店の前に“のんちゃん号”が到着し、二人は大吾の運転する“のんちゃん号”に乗り込んだ。


乗る時のこと……“りん”はどこからか熱い視線を感じたため、ふと周りを見渡してみた。すると、まるで停車中の救急車を見ているかのような好奇の視線が多数。

その理由は、のどかの力作デザインによる電飾をギラギラ漲らせたハデな車体だ。

やはり、何度乗っても、この目立ち過ぎる車には気恥ずかしさを感じてしまう……この気持ちはもうどうしようもない。

なんでのどかや大吾は平気でいられるんだ……と思いながら、助手席に座った“りん”は恥ずかしそうに下を向いた。


 ◇


のんちゃん号は、意味もなく電飾を点滅させながら“りん”の家の方向へ進んでいく。

駅から“りん”の家までは、歩いていけるほど近いので、あと数分もすれば到着するだろう。


車内では、大吾とのどかが何やら会話をしていた。

しかし、その内容は一向に和宏の頭の中に入ってこなかった。

さっきののどかの台詞が、何度となく和宏の頭の中でリプレイされていたからだ。


『もし、大村くんが“りん”のことを本気で好きだったとしたら……最後に傷つくのは大村くんなんだからね』


確かに「そうかもしれない」と思う。

しかし、辿り着く結論は常に一つ。


大村クンに限って、りんのことを好きだなんてことはありえないはずだ――。


この時の和宏の中では、それが絶対の正解。

だが、和宏は気付いていなかった……いや、ひょっとすると気付きたくないだけだったのかもしれない。

その結論には何の根拠もないのだということに。


大丈夫さ、きっと――。


さっきののどかの忠告が、少しずつ……確実に和宏の楽観的な考えによって上書きされていく。


しかし……和宏はまだ知らない。


大村の本当の気持ちを。

そして、それを知る日がいずれ来るということを。

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