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俺、りん  作者: じぇにゅいん
第三部
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第122話 『デートじゃない! (6)』

見知らぬ土地。見知らぬ街。

そこに一人、途方にくれながら佇むことほど心細いことはない。


大村とはぐれてしまった“りん”は、目の前を流れていく人の波を眺めながら途方にくれていた。

この人の多さでは、やみくもに動き回ったところで大村を見つけることは出来ないだろう。

よほどの偶然に恵まれない限りは。


まいったな……そう呟きながら、高い天井を見上げた“りん”の視界に、見知らぬ男の顔が入ってきた。


「大丈夫? どうしたの? 浮かない顔して」


反射的に居住まいを正し、その男の方を見ると、見上げるほど背の高い長髪の男が“りん”の目の前に立っている。

その隣には、友人らしい短髪の男がもう一人。

突然声をかけられた“りん”は、驚きのあまり身体を硬直させた。


「良かったら、この辺の街を案内するよ……どう?」


(はぁ?)


もう一人の短髪の男が、妙に甘い声で言った。

だが、“りん”にとっては、今はそれどころではない。

なにせ、いい歳(17歳)をして現在進行形で迷子になっているのだ。


「イヤ……ちょっと……」


両手を前に出して、やんわりと拒否する“りん”。

だが、男たちはなかなか引き下がらなかった。


「どうして? いいじゃん。晩飯奢るよ?」


「そうだよ。おいしい洒落た店があるんだ。行こうよ」


長髪の男と短髪の男が、それぞれ“りん”の隣に回り、甘い声で誘いの言葉を持ちかけてくる。

しかも、少しずつ馴れ馴れしさが増しながら。


(『どうして?』って言われてもな……)


別にオマエらと飯食う理由ないし……という非常にシンプルな理由。

同時に、キッパリと口に出すのがはばかられるような理由でもある。


(まいったな……)


さりげなく周囲を見ると、立ち止まって“りん”に興味を示している多数の男たち。

さもありなん……“りん”は、この会場の中では数少ない女性である。

しかも、ことみや東子たちによってコーディネートされたよそいきデート仕様。

少なくとも、この男ばかりの空間では、非常に目立った存在であるのは明らかだ。


「その服似合ってるね~」

「すごいカワイイよね~。ひょっとして本当のアイドルだったりして?」


そんなくだらない台詞を連発してくる二人の男が、うっとうしいことこの上ない。

一向に引き下がる気配を見せない男たちに、“りん”の我慢が限界を超えそうだ。


(えぇい……しょうがない……)


“りん”は、深呼吸を一つして、呼吸を整えた。


(……逃げるかっ!)


どんどんと馴れ馴れしくなってくる男たちのスキを見て、脱兎の如く“りん”は駆け出した。

完全に男たちを置き去りにするダッシュで、“りん”と男たちの距離はあっという間に広がっていく。


「あっ!」

「おいっ!」


そんな男たちの声に振り返ることなく、人ごみを縫って走る“りん”。

追ってくるかも……と思いながら全力で。


初めて来たライブ会場である。

どの通路がどこに通じているのかサッパリわからない。

それでも“りん”は、やみくもに走り続けた。


 ◇


(やれやれ……まいったまいった……)


“りん”は、壁を背にして大きく息を吐いた。

先ほどの男たちが追ってくる様子もない。

とりあえず一安心であろう。


辺りを見渡すと、どこか見覚えのある空間。


(そういや……確かここから入ってきたんだよな)


このイベントホールに入ってきた時に見たゴツいシャンデリアが、今、“りん”の頭上にぶら下がっている。

走り回った末に辿り着いたのはエントランスホールだった……ということで間違いないようだ。


人は相変らず多いが、閉演してから時間が経ってきたせいか、さっきよりは幾分人が少なくなったような感じもした。


“りん”は、ゾロゾロと外に出て行く人の列を眺めた。

だが、もちろん大村の姿は見当たらない。


もう大村は外に出てしまったのだろうか。

それとも、“りん”がいなくなったことに気付き、今も探し回っているのだろうか。


(大村クンのことだから、さっさと先に帰っちゃったってことはないと思うけどな……)


だとすれば、まだ中で右往左往している可能性が高いはずだ。


ここで待つべきか。

こちらも大村を探しに行くべきか。


そんなことを真剣に考える“りん”は、周囲からは退屈を囲っているように見えたのかもしれない。

どこからか視線を感じて周りを見渡すと……三人組の男が“りん”を遠巻きに見ていることに気付いた。


どうやら、先ほどから“りん”をうかがっていた様子。

その三人の男たちは、“りん”と目が合うと同時に嬉々として話しかけてきた。

先ほどの男たちと同様のナンパ口調で。


「ねぇねぇ、一人~?」


一人じゃねぇよっ! ……と言ってやりたいところだが、あいにくと大村とははぐれたまま。

どう客観的に見ても“お一人様”状態だ。

返事をするタイミングを逃してしまった“りん”に、男たちは矢継ぎ早に話しかけてきた。


「じゃあ、俺たちと遊びに行かない?」


「俺、いいトコ知ってるからさ♪」


(ま、またかよ・・・)


ジャラジャラと小五月蝿い、耳につけたピアスやブレスレッド、ネックレスの類が擦れる音。

清潔感なく蓄えられた顎鬚。


正直言って、不良大学生か出来損ないの社会人にか見えない。

少なくとも高校生ではないだろう。

先ほどの二人組も相当にうっとうしかったが、この三人組は“うっとうしい”という言葉を通り越して、もはや“ウザイ”という言葉がピッタリだった。


関わり合いにならない方がマシだ……と思った“りん”は、さっきと同じように逃げようとした。


(……つうっ!)


“りん”の左上腕部に痛みが走った。

男たちの間をすり抜け、ダッシュして逃げようとした瞬間……左腕を掴まれたのだ。


「おいおい。いきなり逃げるなんてちょっと感じ悪くない?」


「許してあげるから、ちょっとだけ付き合ってよ~♪」


“りん”は、左腕を捻り上げられるような痛みに顔をしかめた。

だが、男たちは、余裕の口ぶりで軽口を叩いている。

腹立たしいばかりの余裕ぶりだった。


(やべ……!)


腕をガッチリと掴まれているため、振りほどくのはムリそうだ。

このままでは本当にどこかに連れて行かれるかもしれない……ようやく事態の深刻さに気付いた和宏は狼狽した。


(こうなったら、体当たりでもかますか……!?)


男たちの力は、“りん”よりもかなり強そうなのは明らかである。

体当たりをしただけでどうにかなるとはとても思えなかったが、残念ながら今は他に方法がない。

一か八か……“りん”が下半身に力を込めた時だった。


「おわっ! イテテッ!」


“りん”の腕を掴んでいる男の悲鳴。

同時に、左腕を掴む手の握力がフっと緩んだ。

悲鳴をあげた男は、右手首を押さえてうずくまっている。


(なんだ? 一体何が起きたんだ?)


逃げることも忘れ、呆然とする“りん”の左手を男の手が握った。

さっきの男とは明らかに違う、一際大きいゴツゴツした手だ。

そのまま“りん”は身体ごとグイっと引っ張られた。

それも、三人の男たちのいる所とは反対方向に。

“りん”は、何が起こったのかわからぬまま、左手を握る手の持ち主を目で追った。


「おっ……大村クンッ!?」


「逃げよう!」


大村は、“りん”の左手を握ったまま走り出した。

“りん”もまた、突然のことに動転しながらも、同じように駆け出した。

そして、三人の男たちも“りん”たちを追う。


大村と“りん”は、ただひたすら人波を掻き分けていく。

相当なスピードで走り続ける大村と“りん”だったが、普段から鍛えている二人の息はなかなか上がらない。

イベントホールの敷地の外に出てしばらくしたところで“りん”がチラリと振り向くと、追ってくる男たちの姿はもう見えなくなっていた。

追うのに疲れ果ててしまったのか、あるいは、追うのもばかばかしい……とでも思ったのかもしれない。


「お、大村クン……撒いたみたいだよ!」


いつの間にか、二人は駅の見えるところまで来ていた。

まだ流れる人は多いものの、もう押し合いへし合いといった様相ではない。

大村は、ようやく立ち止まっては、大きく息を吐いた。


「ふう……良かった。大丈夫だった? 萱坂さん……」


「う、うん……。でも、ビックリしたよ。突然はぐれて、突然現れたから……」


「ゴ、ゴメン。人の流れになかなか逆らえなくてさ。ずっと探し回ってたら偶然ね……」


そう言って、大村は、ようやくニコリと笑った。

そんな笑顔を見て、思い出したように“りん”は言った。


「あ、でも……」


「……?」


「ちょっと痛い……かな」


“りん”は、小さく笑いながら自分の左手を見やった。

一回り大きい大村の右手が、固く……大事そうにギュッと握っている左手を。


期せずして、優しく撫でていくような夕風が二人の間を吹きぬけていく。


「うわ……ゴメン、その……これは……」


慌てて手を離すと、大村の浅黒い顔は、これ以上ないほど真っ赤に染まった。

大きな体を、限りなく小さく見せ、恐縮しきりの大村。

しかも、そのゴツイ体に、あの小ぶりでカワイイ東子のトートバッグを抱えているではないか。


あまりの似合わなさに、“りん”は笑いを堪え切れなかった。



――TO BE CONTINUED

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