第119話 『デートじゃない! (3)』
「やったぁ~♪ 似合う似合う♪」
「そうね。元がいいんだから、やっぱり似合うわよね~」
沙紀の言うとおり、東子の持参した服に着替えた“りん”は、予想以上に似合っていた。
白っぽいクリーム色のカットソーは、可愛らしいリボンが付いており、清楚で可憐な印象だ。
フリル付きのミニスカートは、カワイイもの好きの東子の趣味も入っていることもあって、可愛らしさ満点と言って差し支えないだろう。
ちなみに、それは“ミニスカート”というだけあって、“りん”のひざ上20センチまでしか隠してはくれないようなシロモノ。
ただでさえスカートは心許なさを感じるというのに、和宏にとっては、こんなミニでは履いてないも同然だった。
「こ、これ……短すぎね?」
スカートの裾をつまみながら、眉をひそめる“りん”。
だが、困った顔の“りん”を見ながら、沙紀はサラリと言い返した。
「そんなことないわよ。普通よ、普通」
確かに、街中でよく見かける程度のミニスカート丈といえばそのとおりである。
とはいえ、和宏にとってはひざ上までしかないスカートなど、今まで履いたこともないのも事実。
いざ、はいてみると、股間のスースー度合いが制服のスカートとは段違いだった。
「大丈夫っ♪ ちゃんと似合ってるからっ♪」
そう言いながら、東子は、何故か嬉しそうに人差し指と親指でOKサインを作った。
そういう問題じゃないんだけどな~……などと独り言のように呟いても、この二人が聞く耳を持っているはずもない。
いや、そんな素直な耳を持っているくらいなら、初めからこんなことにはなっていない。
ただし、『似合ってる』という東子の台詞には素直に頷くことができた。
鏡に映ったりんの姿を客観的に見ても、似合っているのは疑いようがなかったからだ。
「さぁ……あとは仕上げね」
(仕上げ……だとっ!?)
何やら妙な台詞を当たり前のように呟いた沙紀に向かって、「まだ何かあるんかい……!」とでも言いたげな“りん”の怪訝な顔。
そんな“りん”の顔を見て、東子はクスクスと笑いながら、ドアの外に向かってアニメ声を響かせた。
「おばさま~♪ 出番ですよ~♪」
(はぁっ!?)
待ってました! ……とばかりに、間髪入れず“りん”の部屋のドアが開いた。
「あらぁ~! りんちゃんってば、やっぱり可愛いわぁ~!」
(こ、ことみ母さんっ!?)
部屋に入ってくるなり、ミニスカ姿の“りん”を一目見たことみは、満面の笑みを浮かべた。
反対に、“りん”の方は、この想像を超えた展開に口をアングリと開けたまま。
ムリもない。“りん”の部屋に沙紀と東子がいるだけでも非日常的なのに、さらにことみまで加わっては、もはや混沌状態だ。
「ありがとうねぇ~。沙紀ちゃんに東子ちゃん♪ 今日がデートの日だなんて、お母さん全然気付かなくてぇ~。りんも一言もそんなこと言ってくれないし~」
「それはいけませんよね」
「そうそう。ちゃんと母娘の会話をしなくちゃダメですよね~♪」
ことみと沙紀と東子が、当然の如く、自然に会話をしている。
状況を飲み込めずに、(当事者でありながら)一人蚊帳の外にいる“りん”に、ことみがタネ明かしを始めた。
「りんが何も教えてくれないから……この二人が教えてくれたのよぉ~。りんが今日デートだってこ・と・♪」
道理で、沙紀と東子が何事もなかったかのように“りん”の自室まで入り込んできたわけだ。
つまり三人がグル状態。
おそらく、途中で姿を消したことみが、裏で二人を招き入れるよう事前に打ち合わせされていたに違いない。
いつの間にことみが篭絡されていたのか定かではないが、こうなってしまった以上、もはや全ては後の祭り。
ただでさえ“りん”にはカレシがいる……と思い込んでいることみである。
“りん”のカレシ=大村
今日は楽しい大村とのデート。
……ということで、インプットが完了(消去不可)していることだろう。
「じゃあ、始めるわよぉ~」
そう言いながら、ことみは小さな青いポーチを“りん”の目の前に置いた。
中身がパンパンに詰まった、いつもことみが持ち歩いている化粧ポーチ。
となれば……いくら和宏が鈍くても、ことみが何をしようとしているのか、察しはつくというもの。
「イヤッ! ちょっ……と」
「アラ、気にしなくていいのよ。せっかくのデートなんだから、お召かししなくちゃねぇ~」
「じゃなくて……その、じ、時間がないし……」
“りん”は、そう言ってチラリと時計を見た。
すでに14時を過ぎている。
余裕を持って家を出るつもりが、もはやギリギリ間に合うかどうか……という時間だ。
「大丈夫。すぐに終わるわよぉ~」
化粧ポーチを手にしたことみの顔が、また一歩……ズイッと“りん”に迫る。
決して冗談を言っているような目ではなく、「逃がさないわよぉ~」と雄弁に語っている血走った目……ある意味コワイ。
さらに悪いことに、背後には沙紀と東子が仁王立ちしている。
前門の虎・後門の狼とは、こういう状態のコトをいうのだ……と、和宏は初めて知った。
だが、最後まで諦めるわけにはいかない。
そこには“男”としてのゆずれない一線があるのだから。
“りん”は、引きつった笑いを浮かべながら、反撃を試みた。
「で、でもさ……こ、高校生が化粧ってのは校則違反……だよね?」
これが、和宏の最後の抵抗だった。
説得力はある……そう思ったのもつかの間。
ことみの前では、全てが無力だった。
「平気よぉ~。ナチュラルメイクにしとくからぁ~」
(そういう問題かよっ!)
そんな“りん”の突っ込みも虚しく、「動いちゃダメよぉ~」ということみの台詞を合図にして始まってしまったおしおき……もとい“お化粧”タイム。
目を爛々と輝かせたことみの顔が目前に迫り、和宏はもう逃げられないことを悟った。
俺が一体何をしたというのだろう……という理不尽な思いに包まれながら。
――TO BE CONTINUED