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俺、りん  作者: じぇにゅいん
第三部
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第115話 『のどかの正体 (4)』

「え? 帰った……!?」


「多分……だけど。久保さんが帰ったところを見たわけじゃないし」


鳳鳴高校三年生の副生徒会長……“錦森にしきもり真一しんいち”。

生徒会室にいた彼は、のどかを探しに来た“りん”にそう答えた。


“りん”は、まいったな……と頭を掻くしかなかった。

きっとここにいるに違いない……そう思って、意気込んできたというのに。


 ◇


今日の朝の微妙な肌寒さも、時間の経過とともに解消され、季節相応に気温も上がっていった。

とはいえ、今日は全体的に過ごしやすい秋晴れの一日だったと言えるだろう。

そんな日の放課後のことである。

“りん”は、のどかに直接“疑問”を突きつけるべく、普段なじみのない生徒会室までやってきたのだが、のどかはいなかった。

見事な徒労というヤツだ。


(あ~あ。まいったなぁ……)


生徒用玄関に向かう廊下を歩きながら、“りん”は大きくため息をついた。

時間は、まだ16時前である。

もちろん、もう本当に帰ってしまっている可能性もあるが、いつも17時頃に帰るのどかのことだから、まだ校内のどこかに残っている可能性は十分にあるはずなのだ。


(つってもなぁ……一体どこにいるのか……)


生徒会室以外にのどかがいそうな所など、和宏には見当もつかない。

考えがまとまらぬまま、時間だけが刻一刻と過ぎていく。

今日はもう諦めるか……そう思った時、和宏の頭の中で閃くものがあった。


(裏山……!)


閃いた理由と言えば、以前のどかに連れて行ってもらった場所(第8話参照)だから……というところか。

心許ない理由だが、生徒会室にもいないのならば、もうココくらいしか思いつく場所がなかった。


(ヨシ……行ってみるか!)


 ◇


鳳鳴高校の校舎の立地上、校門から最も奥まったところに裏山はある。

そんな不便な場所だけに、生徒、先生を問わず、人がやってくることなどほとんどない。

“りん”は、そんな裏山の雑草だらけの斜面を、ただひたすら無言で登っていく。

そして、斜面の中腹辺りにある茂み……“和宏とのどかが初めて会った日に話をした場所”が視界に入ってきた。


(いた……!)


そこにあるのは、椅子のような二つの切り株と、それを取り囲むように背の高い茂み。

数メートル離れたところには一本の木がそびえ立ち、その大きく広がった枝葉が辺りに涼しげな日陰を提供している。

のどかは、その椅子のような切り株の一つに腰掛けながら、どこか物憂げな瞳で、ぼんやりと空を見上げていた。


「のどか?」


“りん”は、流れる雲をぼんやりと目で追っているのどかに声をかけた。

効果はテキメン(?)だった。

のどかは、ビクンと飛び上がるように“りん”の方を振り向いた。

っていうか、本当に何センチか飛び上がっていた。


「和宏っ!? どうして……ここに?」


「タハハ……。なんとなく、ね……」


のどかは、もともと大きなパッチリ目をさらに大きく見開いていた。

どうやら、心の底から驚いたようである。

そんなのどかの驚き方を見て、“りん”はクスクスと笑った。

普段の冷静沈着なのどかからは予想も出来ないようなハデな驚き方だったからだ。


「どうしたんだよ? こんなところで」


閃きの求めるまま、ここまで辿り着いた“りん”であったが、なぜ今日に限ってのどかがここにいるのかは見当もつきはしない。

笑顔交じりの“りん”の質問に、のどかは切り株に座ったまま視線を宙に舞わせた。


「うん……まぁ……、ちょくちょく来てるしね。一人になりたい時とか……」


「……へぇ?」


「お気に入りの場所……っていうのかな」


「なるほどね」


この裏山には、めったに人は寄り付かない。

実際、何もないし、来たところで意味がない……と大抵の人は思うだろう。

しかし、のどかにとっては違うようだ。


「自然の草木に囲まれてさ、時々涼しい風が吹いて……落ち着くんだ」


のどかがそう言った途端に、フワリとした風が、まるで自己紹介をするかのように“りん”とのどかの間を通り抜けていく。

確かに、涼しくて気持ちの良い風だった。


「春にはね……この桜がすごくキレイに咲くんだよ」


そう言いながら、木洩れ日に目を細め、すぐ脇に力強く根付いた幹と、そこから伸びる枝葉を見上げるのどか。

だが、今の季節は秋の入り口……桜が咲いているはずはなく、ただ緑の葉が付いているのみだ。


「これ……桜?」


同じように枝葉を見上げ、怪訝な顔つきの“りん”を見て、のどかはプーッと吹き出した。


「あはは。この木は桜の木だよ。桜の木ぐらい見たことあるだろう?」


「そりゃあるけどさ。花が咲いてないと桜の木かどうかなんてわかんねぇよ」


“りん”は、口を尖らせながら、まるで「桜が花を咲かせていないのが悪い」とでも言うように桜の木に向かって毒づいた。


「春になればわかるよ。きっと満開になるから」


そう言って、のどかはニコリと笑った。

和宏は、その笑顔に内心ドキリとしながら、のどかの座る切り株のとなりの切り株を指差した。


「となり……座っていいか?」


と聞きながらも、“りん”は、のどかの返事を待つことなく座った。


「スカート汚れるよ?」


「いいよ。もう帰るだけだし。ハンカチ持ってきてないし」


「ハンカチくらい持ち歩きなよ……」


のどかは呆れるように言った。

この切り株は意外と汚れているので、座るとスカートのお尻の部分が汚れることは二人ともわかっている。

だから、のどかはハンカチを敷いて座っているのだが、“りん”は汚れるのも構わず、直接座った。

もともと、和宏にはもともとハンカチを持ち歩くような習慣はなく、“りん”になっている今もハンカチを持ち歩いていないのだ。


「……」


「……」


続かなくなった二人の会話。

言うまでもなく、和宏が言葉に詰まったのが原因である。


(いざ聞くとなると……聞きづらいモンだな……)


今日こそ聞こう……と心に決めていたものの、いざのどかを目の前にすると、非常に口に出し辛いことに、今さらながら和宏は気付いた。


「ど、どうしたんだい? 急に黙り込んで……?」


“りん”の苦悶の表情(?)に、今度はのどかが首を傾げる。

このままじゃラチがあかない……そう思った和宏は、つっかえながら切り出した。


「あ、あのさ……」


「?」


「のどかの……本当の名前ってなんて言うんだ?」


ついに言ってしまった……という不安な気持ち。

ついに聞くことが出来た……という安堵の気持ち。


その両方がマーブル模様のように混じり合いながら、“りん”の心臓を強く速く鼓動させていく。

それは、恋の告白をした時に似ているかもしれない。


「なんで……そんなことを聞くんだい?」


のどかは、戸惑ったような笑いを浮かべながら、警戒心を露わにした。

あまりに唐突過ぎたか!? ……という思いが和宏の頭の中を占拠したのは、ほんの一瞬。

だが、口に出してしまったからには、もう後には引けなかった。


「あ、いや。ホラ、のどかは俺の名前を知ってるじゃん? だから、俺ものどかの名前くらいは知っておきたいってだけで……」


冷や汗で汗だくになりながら、必死に取り繕う“りん”。

しどろもどろな説明ながら、のどかは目をパチクリさせて少し考え込んでいる。


「そうだね。確かに……不公平かもしれないね」


のどかは、肩をすくめながら、観念したようにため息をついた。

どうやら、こんな説明でも、ある程度の説得力はあったようだ。

ホッとすると同時に、さっきよりもさらに早く脈打ち始めた“りん”の心臓。


これで、ついに“のどかの正体”がわかる――。


“りん”は、固唾を呑んでのどかが口を開くのを待った。


やたらとノドがかわくのは、極度の緊張のせいか。

例えるなら、告白した直後の、相手の返事を待っている間……に似ているかもしれないこの状況。

“りん”の鼓動が、シンフォニーの最高潮のように激しさを増した。


「わたしの本当の名前はね……悠人ゆうと


のどかの表情からは、すでに笑みが消えていた。

その真剣な眼差しで“りん”を見据えながら……のどかは、もう一度答えた。


久保くぼ……悠人ゆうと……」


悠人ゆうと……。

久保くぼ悠人ゆうと……。

久保……。


……。


――久保っ!?


思わず大声を上げた“りん”。

だが、のどかは、そんな“りん”に向かって静かに微笑んだ。

まるで“りん”が声を出して驚くことがわかっていたかのように。


のどかは、幼児を諭すような口調で……もう一言付け加えた。


「そう。久保悠人は久保のどかの“兄”……だよ」



――TO BE CONTINUED

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