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俺、りん  作者: じぇにゅいん
第三部
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第111話 『勝利の果てに (3)』

「ねぇ、りん。みんなでジュース頼むそうだけど……どれにする?」


そう言って、沙紀が、のんちゃん堂のドリンクメニューリストを“りん”に差し出した。

リストにある種類はそれほど多くはないが、その内の一つが和宏の興味をそそった。


「じゃ……“青りんごスカッシュ”で」


「ソレ、な~んか微妙ね……」


「りんってさぁ~、一筋縄じゃいかないモノを頼むタイプだよねっ♪」


(ほっとけぇ!)


沙紀と東子が、“りん”の注文した“青りんごスカッシュ”に、感心したのか呆れたのかわからない感じで何度も頷いた。(おそらく後者)

コーラやオレンジジュースなどの“簡単に味の想像できるもの”より、ちょっと変わったものを頼んでみたい……という、ある意味、未知なるものへの挑戦である。

……非常にどうでもよいことだが。


祝勝会参加者一同に振舞われたのは、のんちゃん堂自慢の“のんちゃん焼きそば”。

男子には、大吾の気遣いにより大盛りである。

あらかた食べ終えて、リラックスムードが漂い始めたところで、祝勝会らしく明るい笑い声が飛び交い始めた。


「それにしてもさ、この焼きそば……スゲェうめぇぞ、マジで」


山崎が、感嘆したように言う。

実際、一言も発さずに、もくもくと食べていたのだから、本当に美味かったのだろう。


「でしょ? でしょ? アタシも大好きなの~♪」


東子が、ここぞとばかりに“のんちゃん焼きそば”の美味しさを強調した。

その表情は、強力な賛同者を得たということもあり、なんとも満足げだった。


 ◇


「お、お待たせしました……」


控えめな声とともに現れたのどかが、さっき注文したジュースの入ったグラスをお盆に載せて運んできた。

お盆に載ったグラスを手馴れた感じでテーブルに並べていくのどかだったが、山崎などの同じE組のクラスメイトを始めとした男子たちと顔を合わせないようにしている不自然な様子がアリアリと出ている。

そんなのどかに、“りん”は小声で話しかけた。


「そ、そんなにビクビクしなくていいんじゃね?」


「……シッ! 和宏りんは黙ってて!」


「……ハイ」


いつになく厳しいのどかの眼光。

“りん”は、仕方なしに、たった今のどかが持ってきてくれた“青りんごスカッシュ”をグイッと口の中に流し込んだ。


どうやら、のどかは意地でもこのままやり過ごす気のようである。

だが、この二人が揃っていては……それは非常に難しい。


「いいじゃないっ♪ その格好カワイイんだからっ♪」


「そ、そういう問題じゃなくて……」


「ホント照れ屋さんよね~……のどかって」


(沙紀……声が大きい!)


そうのどかが思った時は、もう遅かった。

沙紀と東子の会話を聞きつけてしまったのであろう山崎が、恐る恐る……といった感じでのどかの背中に向かって思っていた疑問をぶつけたからだ。


「なぁ……。ひょっとして久保……か?」


のどかの細い肩が、ピクリと跳ねた。

その反応だけで、「はい、そうです」と返事をしてしまったようなものだ。

のどかは、仕方なしに、ぎこちない笑みを浮かべながら、ソ~ッと振り向いた。


「な、な……に?」


「イヤイヤイヤ。『なに?』じゃねぇだろうよ。なんだそのカッコ? ここでバイト?」


同じ二年E組の山崎が、切れ味鋭い突っ込みをのどかに入れまくった。

まぁ、山崎でなくとも、のどかのメイド姿には突っ込みたくもなるだろう。


「あの……バ、バイトっていうか……、その……ここ、わたしの家……なんだけど」


「マジッ!?」


山崎が、目を丸くして驚いた。

もちろん、他の男子たちも同様に驚いている。

ただし、この“のんちゃん堂”がのどかの家……という部分に驚いているというよりも、学校では絶対に見られないであろう格好をしているのどかに驚いている様子だったが。


「でも、そんな格好してるから全然気付かなかったぜ。な~んか見たことあるような顔だとは思ったんだけどな」


山崎の台詞に、広瀬など、他の男子たちも大きく頷いた。

誰一人として、このメイド娘がのどかであることに気付かなかったということは、よほど普段ののどかとのイメージがかけ離れていたのであろう。

山崎は、白い歯を見せながら、最初に気付かなくてワリィワリィ……という感じで、妙に爽やかに笑った。


(最後まで気付かなくていいのに~っ)


のんちゃん堂(ここ)で、メイド(こんな)姿をしていることがバレてしまうとは……のどかにとっては、まさに痛恨の極み。

のどかは、ますます顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに俯くしかなかった。


「でも、こりゃまた食いに来ないとな。なぁ、山崎?」


「おう。スゲェ美味かったしな、この焼きそば。今度から部活の帰りに寄ろうぜ」


そんな広瀬と山崎の会話に、みんな「いいね~」と同調し始めた。

ヘタをすると、“のんちゃん堂”に毎日入り浸りそうな勢いだ。


「あ、は……は。そ、そうだね。ありがと……」


もう、この会話の流れを食い止めることは出来ないだろう。

そう確信したのどかは、観念したように……顔を引きつらせながら笑った。


 ◇


「ぷは~っ!」


例の“青りんごスカッシュ”を飲み干した“りん”が、空になったグラスをテーブルの上にドンッと置いた。

その音の大きさに、のどかや山崎たちが“りん”を見やると、何故か“りん”は俯き加減のまま動かない。


「……萱坂さん……大丈夫? なんか、顔赤いけど?」


大村が、大人しくなってしまった“りん”を見ながら言った。

確かに、頬がいつもより赤い。

沙紀と東子も、大村と一緒になって、“りん”の顔を覗き込んだ。


「うん……らいじょうぶらいじょうぶ……」


「「「……!?」」」


明らかに“りん”の呂律が回っていない。

大村たちは、お互いに顔を見合わせた。


「「「これは……まさか……?」」」


大村たちだけでなく、山崎やのどかたち……場にいる全員が、様子のおかしい“りん”に注目する中、店の反対側の常連客のいるテーブルから、核心をつく声が上がった。


「お~い、のんちゃん! これ“ライムチューハイ”じゃなくて“青りんごスカッシュ”だよ!」


赤ら顔の常連客が、キレイな緑色の液体の入ったグラスを高々と掲げてみせた。

そのグラスの中身は、先ほど“りん”の元に配られたグラスの中身と瓜二つの色あい。

それだけで、“りんがこうなった理由”が、非常にわかりやすく判明したと言えるだろう。


「はわわ……! いけない! わたしが配り間違えたんだっ!」


“りん”に配るべき“青りんごスカッシュ”が常連客に、常連客に配るべき“ライムチューハイ”が“りん”に、それぞれ間違って配られた……というわけだ。

のどかのドジッ娘属性が、再度炸裂(第51話参照)である。

ステンレスの丸いお盆を胸に抱えながら、オロオロとうろたえるのどかに、沙紀が呆れたように言い放った。


「相変らずドジッ娘ねぇ。のどかってば……」


「うぅ……。め、面目ない……デス……」


もともと小さい体を、ますます小さくしてシュンとなるのどか。

そんなのどかを見て、クスクスと笑う東子だったが、騒ぎはそれだけでは収まらなかった。


「う……ん。暑い~……」


そう言いながら、“りん”が気だるそうな感じでTシャツのスソに手をかける。


「コ、コラーッ!」


「らめぇっ!」


沙紀と東子が、慌てふためいて“りん”の手の動きを抑えつけた。

もう少し反応が遅かったら、豪快にTシャツを脱ぎ捨てていただろう。

まさに間一髪だ。


「でも暑いよ~……」


「だからって脱いじゃダメでしょうがっ! 男子もいるんだからっ!」


「あ~、いいんだぞ別に? 俺たちのことならキニスンナ」


えらい剣幕の沙紀に対して、山崎は極めてニコヤカに言った。

山崎なりに気を使ったつもり(←?)なのであろうが……今回ばかりはあまりに迂闊で逆効果。


「こ~んな時に何トンチキなこと言ってんのよアンタわっ!」


「イダダダダッ!」


沙紀のアイアンクローが、これでもかという勢いで山崎のこめかみに食い込み、あわれな悲鳴が店内に響き渡っていく。

ちなみに、あ~あ、また始まった……みたいな冷めた雰囲気が場を覆ったのは、誰もが山崎の自業自得と感じているからだ。


「ちょっと……りん? 大丈夫……?」


アイアンクローに興じる二人はさておき、東子は、足を投げ出して座っている“りん”が、俯いたまま動かなくなってしまったことに気付いた。

ちょっと心配げな表情で、東子が“りん”を覗き込もうとした瞬間、“りん”の身体がグラリと揺れた。


「わわっ!?」


東子の上げた小さな悲鳴。

そして、“りん”がとなりに座っている大村にドサリともたれかかったのは、それと同時だった。


(凸♪◇●#△☆凹凸!!!)


大村の分厚い肉厚の肩の上に“りん”の頭が乗っているという異常事態が発生である。

この予期せぬハプニングに、一瞬にして大村の頭の中はパニックに、大村の身体は死後硬直のように固まってしまった。


“りん”のポニーテールが、サラサラと大村の首筋をくすぐる感触とともに、“りん”の寝息が大村の耳に届く。

どうやら、酔っ払った末に寝入ってしまったらしい。


「あ……寝ちゃった……」


「全く人騒がせなねぇ……もう!」


東子と沙紀は、愚痴るような口調ながらも、「やれやれ、一件落着……」的な雰囲気を漂わせた。

ただし、当の大村にとってはそういうワケにはいかない。

スヤスヤと寝入る“りん”の体温と柔らかい肌の感触が、たった一枚のTシャツ越しに、大村の肩や腕に伝わってくる。

それは、まるでボーナスステージのような出来事イベント

ともすれば、「いいじゃん。このまま萱坂さんの肌の感触を楽しもうぜ」という助平虫が起き上がってきそうなものだが、大村は辛うじて理性を保った。


「ちょ、ちょっと待ってよ……。萱坂さんをちゃんと寝かせてあげないと……」


そう言って、大村は“りん”を畳の上に寝かすために肩を動かそうとした。

だが、その瞬間、沙紀と東子の目がギラリと光った。


「あ~! 大村くん! 女の子(りん)を地べたに寝かす気?」


「いや……っ、地べたって……畳の上に寝かそうと……」


「ダメだよっ! せっかく気持ち良さそうに寝てるんだから、そのままにしてあげてっ♪」


妙なところで(だけ)発揮される沙紀と東子のコンビネーション。

この百戦錬磨の二人には、大人しい性格の大村では太刀打ちできそうにもない。


“りん”は、相変らず口を半開きにして寝息を立てている。

もはや、前後不覚の酔っ払い状態だ。

それだけに、気持ち良さそうに寝ているように見えるのも確かだった。


「うむ。そうだな。沙紀と東子の言うとおり。つうわけで大村……しばらくそのまんまでいるように」


「な……、なに言ってんだよ山崎……っ」


「いや。キャプテン命令だから」


(……)


山崎は、人差し指を突き出しながら、実に軽いノリでキャプテン命令を下した。

ちなみに、律儀な大村は、どんなムチャクチャなキャプテン命令であっても逆らうコトが出来ないのだ。


――今日のお手柄バッテリーのツーショット。


大村に寄りかかって寝入る“りん”と硬直したままの大村には、山崎によって本日限りの名誉な(←?)称号が与えられ、皆、楽しそうに二人を冷やかしていく。


笑いの途切れぬ、なんとも平和な光景。

大村にとっては災難な……でも、ちょっと嬉しい時間とき


それは、祝勝会が終わるまで続いたそうな……。

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