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俺、りん  作者: じぇにゅいん
第一部(改訂中)
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第10話 『のどか (5)』 改訂版

周りから身を隠すように、裏山の茂みに囲まれた中で向かい合う和宏とのどか。

二人の足元には、まるでテーブルと椅子の代わりになりそうな切り株が二人分。

すぐ脇に立つ桜の木によって木陰になるそこは、ピクニックのように弁当でも持参すれば、きっと楽しく快適だろう。

もちろん、和宏にとって、今はそれどころではなかったが。


「和宏は、わたし“たち”がこうなった理由……わかるかい?」


「理由?」


のどかは、コックリと頷いた。

“朝起きたら、萱坂りんという女の子の中にいた”……その理由を、和宏とて、それなりに必死に考えていた。

だが、未だに答えらしい答えは出ていない。


「ひょっとして……わかるのか?」


「まさか」


(うおぉぉいっ!)


和宏は、思わせぶりなのどかの台詞に、律儀に突っ込んだ。


「ただね、状況をちゃんと整理していけば……きっとわかることがあると思うんだ」


「ジョウキョウをセイリ?」


「つまり、事実を一つずつ積み重ねていって、今わたしの中にある“仮説”を確かめてみよう……ってことさ」


のどかの大きな瞳が、どことなく自信ありげに和宏を映し出す。

和宏は、その瞳を見つめ返しながら、遠慮がちに呟いた。


「カセツって何?」


のどかは、ガックリと両手を切り株の上についた。

切り株がなければ、地面に直接ひざまづいてしまったであろう脱力感。

呆れ返った気持ちをしまいこみながら、のどかは辛抱強く続けた。


「か、仮説というのはだね……“仮に立てた理論”のことだよ。ひょっとしたら当たっているかもしれないお話ってこと」


「了解。なんとなく……わかった」


のどかのジトリとした疑いの視線が、和宏を射抜く。

だが、和宏はその視線をさりげなくかわす。

やれやれ……と思いながら、のどかは、人差し指をピンと立てて説明を続けた。


「“パラレルワールド”っていう言葉を聞いたことあるかい?」


「あー、あるある。漫画とかで」


「そう、それのこと」


「デ、ソレガナニカ?」


途端に、和宏の日本語がたどたどしくなる。

例え、その言葉を聞いたことがあったとしても、現在の状況とを結びつけて考えるようなハイレベルな思考能力を、あいにくと和宏は持ち合わせていないのだ。

のどかは、そのことを鋭く把握しながら、突っ込みもソコソコに話を先に進めることにした。


「和宏の世界では、アメリカの大統領は誰かな?」


「わからん」


「じゃあ、日本の首相は?」


「知らん」


これはグーで殴っても良いレベル……と、のどかは思った。

しかし、ここまでの和宏の言動をつぶさに観察していれば、この程度の問答はあらかじめ想定できたことも事実。

そこで、のどかは和宏の得意な“野球”関係の質問をぶつけてみることにした。


「和宏が、一番好きな野球選手は誰?」


「“ホワイトベアーズ”の海藤かいどう……だな」


「どんな選手なんだい?」


「昨年、“ソルティードッグズ”で三年連続の三冠王を獲得して、今年からメジャーリーグの“ホワイトベアーズ”でプレーしてるんだ」


さすがに野球のことだと、和宏の反応は抜群である。

和宏の言葉を反芻しながら、のどかは右親指を口に当てて唸った。

真剣な目つきとともに、その視線が宙を漂う。その考え事に耽る姿は、小柄な童顔にもかかわらず、妙によくハマっていた。


「海藤は、一昨年三冠王を獲ったけど、昨年はケガで一年を棒に振ったよ」


「ああ?」


「んで、今年も“ソルティードッグズ”でプレーしてる」


「え……? ケガ? メジャーは? それってどういうことだ?」


乱れ飛ぶ疑問と渦巻く混乱。

こんがらがった和宏の頭は、もはやのどかの言うことが理解できずにいた。

逆に、のどかの方はといえば、早くも自分の立てた仮説が証明されたかのように確信めいた表情だ。


「ちなみに、今年で“ソルティードッグズ”との契約が切れるから、来年のメジャー移籍は確実って言われているね」


「ら、来年……だって?」


自信満々ののどかの人差し指が、キョトンとしたままの和宏の眼前に突きつけられた。


「これらの事実から導き出される答えは一つだよ」


「……っ」


「つまり……和宏の世界とわたしたちが今いる世界は、いわゆる“異世界パラレルワールド”ってヤツで、しかも時間軸が違うってことさ」


あまりに現実離れしたのどかの結論。

和宏は、それに真っ向から抗議するように、素っ頓狂な“りんの声”を上げた。


「そ、そんなコト……ありえんの?」


だが、のどかから返ってきたのは至ってシンプルな答え。


「さあ? それはわからないけどさ」


「んな無責任な……」


和宏は、肩を落としながら呆れた。

とはいえ、ありえるかありえないかの話なら、常識的に考えて、今の状況こそがありえない話のはずだった。

ある日突然、“瀬乃江和宏”が“萱坂りん”という見知らぬ女性の体の中にいるのだから。

和宏のいた世界と、今いる“りんの世界”が、微妙に違うのも事実のようだ。

であるならば、少なくとも、この仮説を否定する要素がないと言わざるを得ないだろう。


「まあ、そんなわけだから、時間については、それほど重要じゃないんじゃないかな?」


「はぁ?」


「要するに、時間軸が違うんだから、こっちで一年経ったから、向こうでも一年経った……とは限らないだろう、ってことだよ」


つまりはこういう話だ。


“りんの世界”の“今”は、“和宏の世界”の“今”の“一年前”に当たるらしい。

言い換えれば、和宏が“りんの世界”に飛ばされた時に、一年ほど時間を遡ってしまった……とも言えるわけである。

ならば“和宏の世界”に戻った時……時間はどうなるのだろう?

仮に、“りんの世界”で一週間を過ごしてから“和宏の世界”に戻った場合……“和宏の世界”の一週間後に戻るのかどうかという疑問。

むしろ、その際に、また時間を遡る可能性(もしくはその逆の可能性)の方が高いのではないか。


ピンと来ない様子の和宏に、のどかは身振り手振りを交えつつ、極力噛み砕いた表現で説明をしていった。

だが、その努力は、あまり報われなかった。


「……ソウナンデスカ?」


案の定、和宏は、このことを理解できずにいる。

というよりも、もはや理解する気がなさそうなダレた雰囲気すら漂っている。


「和宏クン? わたしは一体何のためにこんな説明を長々としたのかな?」


腰に手を当てながら、和宏を睨みつけるのどか。

悲しいことに、それはのどかの意に反して、怖さも凄みも“全く”感じられなかったが、そのつりあがった眉毛からは、辛うじて怒っている様子が見て取れた。

漂ってくる怒りのオーラを微かに感じながら、和宏はなけなしのフォローを入れた。


「え、え〜と、そのぅ……要するに“ドンマイ♪”ってこと……だよね?」


考えうる限り、最高にトンチンカンな答え。

だめだこりゃ……と言わんばかりに、のどかは肩をガックリと落とした。


これ以上、どう易しく説明すれば和宏に理解させることができるのか?


そんなことを考えながら、途方にくれかけたのどかは、一呼吸おいてから、次第にクスクスと笑いが込み上げてくるのを感じた。


「和宏って……面白いよね。思わず笑っちゃったよ」


「……へ?」


「そうか。そうだよ。“ドンマイ”でいいんだよ、凄いね、和宏は。何もわかってないくせに答えだけは正解だなんて」


そう言って、のどかは声を出して笑い始めた。

無論、和宏には、その笑いが褒めているものなのか貶されているものなのかすらわからなかった。


とりあえず、今の和宏には、元に戻るすべがないことはわかっている。

もし元に戻れるとしても、それは今日のように“ある日突然”だろう。

それまでは、“りん”として生きていくしかないのだから、“いつ戻れるか”なんて気にしてもしょうがない。

つまり……“ドンマイ”だ。


お腹を抱えて笑うのどかは、本当に楽しそうだった。

その愉快そうな様に、和宏にも笑いが込み上げてくる。

ついに我慢しきれずに、一度吹き出すと……もう止まらなかった。

静かだった裏山に、二人の女の子の笑い声が響いた。


とんでもないことの連続だった一日が、もうすぐ終わろうとしている。

腹の底から笑うことで、少しだけ……救われた心地を感じながら。


相変らず、のどかは目に涙を浮かべて笑っていた。


(コイツ、ちゃんと笑えるんじゃねぇか……)


目に涙を浮かべるほど笑い続けるのどかを見て、和宏はそう思った。

初めて見た時の、感情を奥底にしまいこんだかのような表情のなさが嘘のように、目を細めて笑っている。

それが、和宏にはちょっとだけ嬉しかった。


夕方五時、西の空に傾いていく太陽が辺りを照らす。

人気の少なくなりつつある校舎。

その屋上から、生徒たちの下校を促すための例のチャイムが大音量で鳴り響いた。

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