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俺、りん  作者: じぇにゅいん
第三部
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第102話 『Perfect Game (8)』

滝南の七番バッターである背番号“19”の打球は、平凡なサードフライ。

その瞬間、滝南のベンチは、ザワリとした雰囲気に包まれた。

五番から七番までが三者凡退……しかも、女性ピッチャーに完全に打ち取られたのである。


「ま、まぁ……コントロールだけだからな。それさえ気を付けりゃ苦戦するピッチャーじゃないさ」


「お、おう。そうだそうだ。次の回こそ真面目に打っていこうぜ!」


そんな取り繕うような台詞を、次々に口にしながら、滝南の二軍メンバーたちは、心なしか力なく守備位置に散っていった。


随所に非凡なセンスが光っていた“りん”のピッチング。

それを見逃さなかった松岡であったが、二軍のメンバーたちは、誰も気付かなかったらしい。


(……やれやれ。まだ彼女の実力がわかってないのか……。そんなんじゃ一軍はまだまだ遠いよ……キミたちは)


唯一の一軍レギュラーである松岡は、レガースを装着しながら、ため息混じりに呟いた。


 ◇


「ナイスピッチングです! りんさん!」


栞が、滝南を三者凡退で抑えてきた“りん”を笑顔で迎えた。

一緒にベンチに腰掛けていた沙紀と東子も、いささか興奮した面持ちだ。


「りんってばスゴイじゃない! 相手は甲子園に出てるチームなんでしょ?」


「そうそう。これはもう“りん”が野球部に入れば、鳳鳴ウチって甲子園に行けちゃんじゃないっ!?」


「……タ……ハハ……」


妙にハイテンションになっている沙紀と東子に、“りん”は思わず苦笑した。

高校野球では、日本高校野球連盟の規定により、女子の参加は認められていないからだ。


「大丈夫大丈夫~♪ 男の子に化けちゃえば~♪」


「……それはグッドアイディアね」


(バレるわっ!)


“りん”は、呆れかえりながらも、辛うじて心の中で突っ込んだ。

もちろん、沙紀と東子も本気で言っている訳ではないのであろうが。


「でも、あの滝南を抑えてるんだから、これって実際スゴイことでしょ?」


「そうそう。なんたって相手は、あの有名な滝南なんだからっ♪」


沙紀と東子が、その表情を少しだけ真面目にして聞いてきた。

明らかに勘違いしている風の二人に、栞がニコニコ顔で答える。


「あの~……沙紀さん、東子さん……。実は……滝南むこうのメンバーって“二軍”なんですよ」


「「ええっ!?」」


「背番号がさ、みんな二桁のヤツばっかりだろ? レギュラーならファーストは“3”、セカンドは“4”って感じで、普通は一桁だからな」


「へぇぇ……背番号がポジションを表すんだ……。じゃあバスケと同じね。1番はポイントガードとか、3番はスモールフォワードとか」


栞と“りん”の説明に、沙紀はバスケになぞらえて納得したようだ。

ちなみに、女子バスケ部での沙紀のポジションは“センター”である。


「でも、背番号が“2”の人がいるけどっ?」


「多分……あの人だけはレギュラーではないかと……」


「そうだな。一人だけレベル高いし、間違いなく一軍だと思うよ」


そう言いながら、“りん”は、例の背番号“2”を見やった。

キャッチングのうまさや、バッティングセンス……いずれも「すごいな」と思わせるものを持っているのは確かだ。


「じゃあ何? 一人を除いて、あとは全員二軍なワケ?」


「ま、まぁ……そういうことになるかな……」


「でも、二軍は二軍でも、あの天下の“滝南”の二軍なんですよ! りんさんは、本当にスゴイ女の子だと思います!」


メガネの奥の瞳を細めながら、“りん”にニッコリと微笑みかける栞に、“りん”は「タハハ……」と照れ笑いしつつ、帽子をかぶり直した。

栞の、ハッキリとした物言いをする性格が、この直球的な褒め言葉によく現れている。


「つっても、大村クンのリードのおかげなんだけどな……ねぇ、大村クン?」


「えっ……! ああ……いや、そんなことないと思うけど……」


ちょうどレガースを外し終わった大村は、突然“りん”に話を振られ、ドギマギしながら答えた。

決して謙遜しているわけではなく、あくまで素でそう思っているところが、いつも控えめな大村らしい。


「でも、大村クンのサインどおり投げただけだしね」


「いや……その“サインどおり投げた”っていうところがスゴイんだよ」


「……?」


「僕は、センチ単位でコースを要求したんだよ。変化球も交えてね。そして、一球違わず全部ソコに球が来たんだから、萱坂さんのコントロールはやっぱり絶品だと思うんだ」


“りん”にとって、コントロールは生命線そのものである。

“和宏”の身体でなら、ある程度の速球も投げれようが、“りん”の身体では、とても速球は投げることが出来ない。

だからこそ、“りん”は、ひたすらコントロールを磨いてきたのだ。


もちろん、そのコントロールを褒められて、悪い気はしない。

“りん”は、照れ隠しの時のクセで、ポニーテールを弄繰り回した。


「タハハ……。でも、大村クンの要求するコースが、バッターの裏をかき続けてたし……配球の妙ってすごいなって思うよ」


「あ~そういえば……りんさんの言うとおりですね。バッターに的を絞らせませんでしたからね」


“りん”の意見に、栞も深く頷きながら同意した。

いかにコントロールが良くても、“りん”の言うとおり、配球を読まれてしまっては意味がないからだ。


「それは……もう七回だしね。滝南むこうのバッターの個々のクセとか弱点とかは、もう大体把握してたから……」


(……)


“りん”と栞は、大村の何気ない台詞を反芻するように顔を見合わせた。


「……“それ”って……かなりスゴイことじゃね?」


「そ、そうかな……?」


「そうだよっ!」


ひととおり打者と対戦するだけで、相手バッターの苦手コースやクセなどを見抜く洞察力。

そして、その鋭い洞察力から集めた情報を元に、大村の緻密な配球は組み立てられていく。

キャッチャーとして、最も重要な資質の一つであり、大村の最もスゴイ部分だといえるだろう。


“りん”の鋭い突っ込みに、大村が軽く吹き出した。

そんな大村につられて“りん”も笑う。

笑い声が笑い声を呼び、妙に可笑しさが増幅され……さらに笑みがこぼれる。


今、こんなにも楽しく感じるのは何故だろう?


大声で笑いながら、“りん”は、ふとそんなことを考えた。

それは、二人とも同じ“野球バカ”だから……に違いない。

沙紀や東子たちとの会話も、それなりに楽しいが、どっぷりと野球に浸った会話の楽しさはやはり格別なのだ。


「ねぇねぇ……。楽しそうな会話に割り込んじゃって悪いんだけどさっ♪」


「……?」


“りん”と大村が笑い合っているところに、東子が横槍を入れた。

ちなみに、「悪いんだけどさ」と言いながら、全く悪びれた様子が見えないのは……おそらく気のせいではない。


「……チェンジみたいだよっ♪」


「え゛!?」


東子の指差す先……反射的にホームベース上を見た“りん”の目に映ったのは、三振に倒れた四番の山崎が悔しそうに戻ってくる姿だった。

つまり、この七回裏は、鳳鳴の二番、三番、四番と三者凡退に打ち取られたことになる。


「……なっさけないわね……」


ボソリと呟いた沙紀のキツイ一言。

いかに幼馴染とはいえ、厳しすぎる沙紀に、“りん”と東子がクスクス笑う。


「くそ~……大したピッチャーじゃねぇんだけどな……」


山崎は、ベンチに戻ってくるなり、バットを放り投げながら愚痴った。

この回から、滝南のピッチャーは、背番号“11”から、背番号“30”のちょっと小柄な選手に代わっていた。

その小柄なピッチャーが大したピッチャーであろうとなかろうと、山崎が三振を喫したという事実に変わりはない。


試合は七回を終わって、1対1の同点のまま。

八回表の守備につくため、鳳鳴ナインはグラウンドに散っていった。


「ヨシ! 行こうか、大村クン!」


「うん」


“りん”は、勢いよく立ち上がりマウンドに向かって歩き始めた。

レガースとプロテクターをはめ終えた大村が、“りん”の後に続く。


二人の間の主導権は、完全に“りん”が握っているようだ。

そんな二人の様子を見て、栞や東子たちは、顔を見合わせながら、クスクスと笑った。



―――TO BE CONTINUED

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