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俺、りん  作者: じぇにゅいん
第三部
103/177

第100話 『Perfect Game (6)』

「ラスト一球!」


主審の山本が、投球練習をあと一球と区切った。

“りん”は、8球目となる練習球を、1球目と寸分違わぬピッチングフォームで投げ込む。

放たれたボールもまた、大村の構えたミットに寸分違わず収まった。


(……ヨシ。いい時の感じだ……)


ボールに対する指のかかりが、絶好調の時のそれだ。

“りん”は、自然に笑みがこぼれてくるのを感じた。


この広い野球のグラウンドの中で、もっとも小高い丘。

和宏が、さんざん慣れ親しんだ場所。


まるで真夏のような強い日差しの下、一際爽やかな風が“りん”の長いポニーテールを揺らしていく。


(気持ちいいな……やっぱりここは)


このマウンドに上がると、和宏の気持ちはいつだって高まる。

ネガティブな気持ちは影を潜め、ただ、野球を楽しむことが出来る。

自分は、根っからのピッチャーなのだ……と和宏は思った。


「萱坂さん! 今日はすごいボールが走ってるよ!」


大村が、興奮の面持ちで、マウンドに駆け寄ってきた。

5月の球技大会の時に比べると、明らかに威力が増した“りん”の球。

毎日の走りこみと筋トレ……そして膨大な量の投げ込みがあったこそだが、その経緯を大村は知らない。


「へへ……今日は結構イケると思うよ」


「……だといいけどな」


(……!)


背後からの声に、“りん”は驚いて振り向くと……サードの位置にいたはずの山崎が、いつの間にかマウンドのすぐ近くまで来ていた。


「あれ? そういや山崎って……ポジションはレフトじゃなかったっけ?」


「ああ……、ついこの間サードにコンバートになったんだ」


「へぇ……、慣れないサードでエラーすんなよ?」


「なめんなよ? 俺の守備力知らねーな?」


山崎のおどけた言い方に、“りん”と大村は笑った。

だが、すぐに表情を引き締めた山崎は、真剣な目つきで“りん”を見据えた。


「なぁ、萱坂」


「な、なんだよ……急に?」


「なんで俺たちがオマエにピッチャー頼んだかわかるか?」


「……?」


今までに見たことのないような真剣な表情の山崎。

その表情には、明らかに“憤懣やるかたない”思いが込められていた。


“りん”は、普段見ることのない山崎の表情に、首を傾げながら台詞の続きを待った。

だが、続くべき言葉を紡いだのは、大村の方だった。


「今日のこの練習試合……実は滝南の方から申し込んできたんだ」


「……っ!」


「あの滝南と試合が出来るって、僕たち全員舞い上がったよ……。でも、実際に来たのは二軍だった……」


(……やっぱり……か)


和宏も、レギュラーにしては背番号が大きすぎる……とは思っていたが、実際のプレーを見て、その思いはすでに確信へと変わっていた。

洗練されていないプレーが多く、とても甲子園の強豪レベルとは思えなかったからだ。

もちろん、その中にあって、おそらく唯一のレギュラーであろう背番号“2”だけは、次元の違うプレーを見せていたが。


それでも……滝南の二軍の練習台にされたことに変わりはない。


「俺たち……アイツらにバカにされた気分なんだよ」


山崎は、右拳を強く握り締めてながら……吐き捨てるように言った。


―――一軍オレたちが、鳳鳴オマエらの相手をしてやるとでも思ったのか?

―――鳳鳴オマエらの相手なんて、二軍で充分なんだよ!


まるで、そう言われているかのように。

それは、山崎たちにとって、屈辱以外の何物でもない。


「だから……意地でも勝ちてぇんだよ。試合中止なんてハンパな終わり方……真っ平ゴメンだ!」


怒り。

悔しさ。


そんな気持ちを込めて、山崎は強く下唇を噛んだ。

山崎の全身からにじみ出る二つの感情が、熱い思いとなってダイレクトに和宏に伝わってくる。


(……アツイね……)


“りん”は、滝南の……三塁側ベンチに視線を移した。

まるで、ピクニックにでも来たかのように、ニヤついた表情の選手たち。

もはや、完全にお遊び気分だ。

もちろん……鳳鳴ナインの穏やかならぬ心中など知ることもなく。

そして、そこには対戦相手へのリスペクトなど、微塵も感じられない。


「わかったよ……山崎」


エースが倒れ、本来部外者である……しかも女子の“りん”にまで協力を求めた真意。

それが、和宏には痛いほどよくわかった。


(お前のそんなアツイところ……キライじゃないしな……)


和宏は、山崎の中に、どこか自分に似たところを感じ取った。

悔しい気持ちを、勝つという決意に転化させていく、熱血野郎な部分。


山崎と大村が、ゆるい雰囲気を放つ三塁側ベンチを見やる。

“りん”もまた、帽子をかぶり直しながら、三塁側ベンチの方を静かに睨みつけた。


例え、滝南から見れば、取るに足らない弱小校だったとしても。

一寸の虫にも五分の魂があるのだということを。


―――思い知らせてやろうぜ……アイツらに。



―――TO BE CONTINUED

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