第100話 『Perfect Game (6)』
「ラスト一球!」
主審の山本が、投球練習をあと一球と区切った。
“りん”は、8球目となる練習球を、1球目と寸分違わぬピッチングフォームで投げ込む。
放たれたボールもまた、大村の構えたミットに寸分違わず収まった。
(……ヨシ。いい時の感じだ……)
ボールに対する指のかかりが、絶好調の時のそれだ。
“りん”は、自然に笑みがこぼれてくるのを感じた。
この広い野球のグラウンドの中で、もっとも小高い丘。
和宏が、さんざん慣れ親しんだ場所。
まるで真夏のような強い日差しの下、一際爽やかな風が“りん”の長いポニーテールを揺らしていく。
(気持ちいいな……やっぱりここは)
このマウンドに上がると、和宏の気持ちはいつだって高まる。
ネガティブな気持ちは影を潜め、ただ、野球を楽しむことが出来る。
自分は、根っからのピッチャーなのだ……と和宏は思った。
「萱坂さん! 今日はすごいボールが走ってるよ!」
大村が、興奮の面持ちで、マウンドに駆け寄ってきた。
5月の球技大会の時に比べると、明らかに威力が増した“りん”の球。
毎日の走りこみと筋トレ……そして膨大な量の投げ込みがあったこそだが、その経緯を大村は知らない。
「へへ……今日は結構イケると思うよ」
「……だといいけどな」
(……!)
背後からの声に、“りん”は驚いて振り向くと……サードの位置にいたはずの山崎が、いつの間にかマウンドのすぐ近くまで来ていた。
「あれ? そういや山崎って……ポジションはレフトじゃなかったっけ?」
「ああ……、ついこの間サードにコンバートになったんだ」
「へぇ……、慣れないサードでエラーすんなよ?」
「なめんなよ? 俺の守備力知らねーな?」
山崎のおどけた言い方に、“りん”と大村は笑った。
だが、すぐに表情を引き締めた山崎は、真剣な目つきで“りん”を見据えた。
「なぁ、萱坂」
「な、なんだよ……急に?」
「なんで俺たちがオマエにピッチャー頼んだかわかるか?」
「……?」
今までに見たことのないような真剣な表情の山崎。
その表情には、明らかに“憤懣やるかたない”思いが込められていた。
“りん”は、普段見ることのない山崎の表情に、首を傾げながら台詞の続きを待った。
だが、続くべき言葉を紡いだのは、大村の方だった。
「今日のこの練習試合……実は滝南の方から申し込んできたんだ」
「……っ!」
「あの滝南と試合が出来るって、僕たち全員舞い上がったよ……。でも、実際に来たのは二軍だった……」
(……やっぱり……か)
和宏も、レギュラーにしては背番号が大きすぎる……とは思っていたが、実際のプレーを見て、その思いはすでに確信へと変わっていた。
洗練されていないプレーが多く、とても甲子園の強豪レベルとは思えなかったからだ。
もちろん、その中にあって、おそらく唯一のレギュラーであろう背番号“2”だけは、次元の違うプレーを見せていたが。
それでも……滝南の二軍の練習台にされたことに変わりはない。
「俺たち……アイツらにバカにされた気分なんだよ」
山崎は、右拳を強く握り締めてながら……吐き捨てるように言った。
―――一軍が、鳳鳴の相手をしてやるとでも思ったのか?
―――鳳鳴の相手なんて、二軍で充分なんだよ!
まるで、そう言われているかのように。
それは、山崎たちにとって、屈辱以外の何物でもない。
「だから……意地でも勝ちてぇんだよ。試合中止なんてハンパな終わり方……真っ平ゴメンだ!」
怒り。
悔しさ。
そんな気持ちを込めて、山崎は強く下唇を噛んだ。
山崎の全身からにじみ出る二つの感情が、熱い思いとなってダイレクトに和宏に伝わってくる。
(……アツイね……)
“りん”は、滝南の……三塁側ベンチに視線を移した。
まるで、ピクニックにでも来たかのように、ニヤついた表情の選手たち。
もはや、完全にお遊び気分だ。
もちろん……鳳鳴ナインの穏やかならぬ心中など知ることもなく。
そして、そこには対戦相手へのリスペクトなど、微塵も感じられない。
「わかったよ……山崎」
エースが倒れ、本来部外者である……しかも女子の“りん”にまで協力を求めた真意。
それが、和宏には痛いほどよくわかった。
(お前のそんなアツイところ……キライじゃないしな……)
和宏は、山崎の中に、どこか自分に似たところを感じ取った。
悔しい気持ちを、勝つという決意に転化させていく、熱血野郎な部分。
山崎と大村が、ゆるい雰囲気を放つ三塁側ベンチを見やる。
“りん”もまた、帽子をかぶり直しながら、三塁側ベンチの方を静かに睨みつけた。
例え、滝南から見れば、取るに足らない弱小校だったとしても。
一寸の虫にも五分の魂があるのだということを。
―――思い知らせてやろうぜ……アイツらに。
―――TO BE CONTINUED