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俺、りん  作者: じぇにゅいん
第一部(改訂中)
10/177

第9話 『のどか (4)』 改訂版

和宏は、呆気に取られつつ、目の前の少女……“久保のどか”をマジマジと観察した。


身長は145センチ……高二女子の平均をだいぶ下回る小柄な身体。

外側に向ってカールした、あまり毛先の揃っていないミディアムカットのヘアスタイル。

アイメイクを施しているわけでもないのに、やたらと大きな黒い瞳。

ただし、その顔から受ける印象は……かなりの童顔。

少なくとも、初見で“高二”と言い当てる人よりも、中学生……ヘタすれば小学生に間違える人の方がはるかに多いだろう。

“愛くるしい”という表現がピッタリの外見だった。


(これで……中身が“男”だって?)


和宏は、散々のどかの顔を見入った挙句、思わず首を捻った。

そんな失礼な態度に、のどかは特に表情を変えることなく淡々と続けた。


「まぁ、気持ちはわかるけどね、ただ、とりあえず警戒しなくていいから。ここなら普通にしゃべって大丈夫だし」


のどかが、あくまで冷静に言い放つと、心なしか和宏の気持ちも次第に落ち着いていった。

そして、改めて辺りを見渡して、和宏はのどかの言うことを実感した。


(確かに、ここなら人気もないし、誰かにばれる心配もないよな……)


あまり人の寄り付かない体育館の裏の山の斜面。

そして、茂みに囲まれたデッドスペース。

これ以上ない秘密の場所だと言える。


しかし……と、和宏は思った。

のどかは、まだ自分のことを『和宏と同じように、ある日突然“久保のどか”になっていた』と言ったに過ぎない……と。

実は、その中身が男であるという事実と、あまりに愛くるしいキュートな外見。

見た目とのギャップがありすぎて、のどかの告白をそのまま信じるのは困難だった。


「ひょっとして、見た目とのギャップがありすぎて信じられない……って思っちゃいないだろうね?」


(エ、エスパーかっ!?)


簡単に心中を言い当てられた和宏は、大きく目を見開いた。

そのわかりやすい仕草に、のどかは「やれやれ……」と呟きながら、腕を組み直した。


「和宏は、自分りんの顔を鏡か何かで見てみたかい?」


「……見た……けど?」


「どう思った?」


和宏は、今朝、鏡で見た“りんの顔”を思い浮かべた。

のどかが何を言わんとしているのか……少しだけわかったような気がした。


「び、美人だなぁ……って」


「そうだろう? つまりさ……わたしも信じ難いんだよ。実は萱坂りんの中身が“男”だ……なんてさ」


のどかの台詞に、和宏は頷かざるを得なかった。


“りん”の中身が“男”。

“のどか”の中身も“男”。

そして、両者とも外見は完璧に女の子。

ならば、見た目とのギャップがあって至極当たり前なのだ。


(とりあえず……もうバレちゃってるみたいだし、信じてみるか)


和宏は、意識していた“りんの口調”を、のどかに対してはやめることにした。

慣れぬ女口調は、精神的な疲れを倍増させる一因だった。


「アンタは、いつから()()()()()になったんだ?」


「信じてみる気になったのかい?」


「まぁね」


ハッキリとそう答えた和宏を見た瞬間、のどかはフゥ……と胸を撫で下ろした。

ようやく和宏に信じてもらうことに成功したことで、肩の力が抜けたのだろう。

その感情の起伏の乏しい表情からはわかりにくかったが、のどかはのどかで、それなりに緊張しつつ和宏に話しかけていたようだ。


「そうだね。わたしが()()()()()のは……もう三年、いや四年前になるかな」


(なっ……っ!?)


予想をはるかに超えた答えに、和宏は言葉を失った。

状況が全くわからない中、せいぜい一週間前とか一ヶ月前といった答えを根拠もなく想像していた和宏にとって、四年前と言う数字はあまりに長すぎたからだ。


「よよ、四年……っ!?」


「そうだよ」


のどかが、事もなげに頷く。


「ちょっ……ちょっと待てよ。お、俺は? 俺はどーなるんだ?」


「どーなるって……どういうこと?」


「いやいやいや。いつ元に戻れるのかってことだよっ!」


必死な和宏に対して、のどかの反応は鈍い。

ピンと来ない様子ののどかは


「現時点ではどうにもならないんじゃないかなぁ……」


と、まるで追い討ちのような台詞を冷静に浴びせかけた。

和宏にとっては、絶望感たっぷりの死刑宣告に近いものがあった。


「じゃあ……甲子園はどうなるんだよっ!」


「甲子園……?」


「俺、もう三年生なんだよ。今年の夏が最後のチャンスなんだ。こんなことしてる場合じゃねぇんだよ!」


“りん”の持つ、透き通るような声が、怒りの感情を伴って辺りに響く。

和宏の“甲子園に対する思い”は、ことのほか熱かった。


夏の甲子園の県予選は、七月から始まる。

故に、今の時期……五月は、余念のない練習に励むべき大切な時期なのだ。

一日とて無駄に出来ない時期なのに、“朝起きたら女になっていたので野球の練習どころではありません”……で済まされては、和宏でなくとも納得できるはずはない。


そのあまりの剣幕に、のどかは少し驚きながら後ずさった。

わずかに怯えの混じった大きな瞳。

それに気付いた和宏は、ようやく我に返った。


「あ……ご、ごめん……」


「いや……いいけど」


いかに秘密を共有したとはいえ、今日出会ったばかりの二人である。

ぎこちなくなった雰囲気に、会話はパッタリと止まってしまった。

ちょっと怒りに任せて怒鳴っちまったな……と、和宏は自省を込めて頭を掻いた。


「あの……さ」


「……なんだい?」


「これ……本当にもうどうにもならないのかな?」


そう言いながら、和宏は右手でえんじ色のスカートをつまみ上げた。

きっと元に戻る方法があるに違いない……という一縷の望みをかけて、和宏は祈るような目つきでのどかを見つめた。



――TO BE CONTINUED

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