悪役令嬢にあこがれて
よろしくお願いします。
「わたくし、悪役令嬢になりたいんですの」
セオドアは、セシルの発言を聞いてまた始まった、と思った。
セオドアとセシルは双子で、今年で8歳になる伯爵家の兄妹である。
妹は、身近なものに影響されやすく、いつぞやは聖女になりたい、その前は勇者になりたいなどと言っては、魔法がないから無理だと諦め、剣だこができては痛くて無理だと諦めていた。今回のこの発言は、先日家族で行った観劇が影響しているに違いない。
悪役令嬢を題材にしたもので、確かに話題になっているものではあった。
正直、僕は好きじゃないけど。
「セシル、悪役令嬢になってどうしたいの?この間の観劇では、悪役令嬢は最終的に離縁されて、その後の人生は没落の一途を辿ったって言われていたじゃないか」
数百年前に実在した悪女と名高い王の妾であった彼女は、その美貌で国を大混乱に陥らせたといわれている。王の妾でありながら、王弟に色目を使い、軍隊長をたぶらかし、それはまあ好き勝手に生きたらしい。
なんで、この人題材になったんだろうと思いながら観てたけど。まあ華やかな舞台を演出するにあたって、素晴らしい歌声ときらびやかな衣装に愛憎劇というのは、面白いものなのだろうな。
・・・なんで、うちの両親はこれに子どもを連れて観に行ったんだろう。
「だってセオドア!あんなにきらきらした瞳で好きな人を見つめて、あんなに情熱的に人を愛せるなんて、素晴らしいじゃない!」
セシルは胸の前で両手を合わせて、それこそきらきらと目を輝かせて僕を見た。・・・きらきらした瞳は、演じた女性の賜物であって、実際にきらきらしていたかは不明ではないだろうか。
セシルは身内びいきを差し引いても可愛いと思う。双子であるが、二卵性である僕とは似ておらず、平凡な僕の容姿と可愛い可愛い妹。
ただ、その願望なら悪役令嬢である意味はないのではないだろうか。
そんな僕の考えを読み取ったかのように、セシルは不貞腐れたように頬っぺたを膨らませてそっぽを向いた。
「だって、必ずしも好きな人と結ばれるわけでないでしょう?」
それは、来週の王妃主催のお茶会のことを指しているのだろう。お茶会とは名ばかりの子どもたちの婚約者を探す催し。伯爵家とそこまで高い身分ではない僕たちであるが、歴史は深く、また長閑な土地は保養所として栄えている部分もあるため、縁を結びたいと思う家もままあるのは事実である。
「僕は跡取りとして、それなりの家の子と結婚する必要があると思うけど、セシルは好きになれそうな人と婚約すれば良いと思うし、何なら来週決めなきゃいけないわけではないと思うんだ」
僕は、にこっとわざと笑顔を見せて、セシルを安心させるように言った。
セシルは、不安を払拭させたわけではないと思うけど、僕につられるように、にこっと笑った。
うん、やっぱり妹の笑顔は可愛い。
そんなやり取りあった翌週、僕とセシルは普段よりもおめかしをして、馬車に揺られて登城することとなった。
セシルは、淡いオレンジのシフォンワンピースで髪はハーフアップにしている。プラチナの髪に蝶をモチーフにしたバレッタで止めてあるセシルは、本当に花の精のような容貌だ。見た目に反して、思い込んだら即行動というお転婆の部分はご愛敬ではあるが、それは家での話であって、外に出ればあら不思議、猫を借りてしっかりと被った立派な淑女である。
万一、今回のお茶会に参加するらしい第三王子の憶えめでたいなんてことが起きたら・・・僕は先日の悪役令嬢発言を思い出し、少し嫌な予感がした。
結果を端的に言えば。
セシルは第三王子の婚約者になることはなかった。とりあえず。
ただ、それで安心できるかというとそうでもない。
そう、何故ならとりあえず、なのだ。
王子はセシルを一目見て気に入り婚約したいと跪いてプロポーズをし、セシルは会場で出会った侯爵令息に一目惚れをして、侯爵令息としか結婚したくないと抱き着いて宣ったのだ。
うん、借りてきた猫、どこかにダッシュで走り去っちゃったよね。
侯爵令息は、王子の側近候補みたいで、青ざめていた。
うん、セシルと婚約したら、将来の出世が絶望的になりそうだよね。
侯爵令息は、王子の側近候補として今回は登城しただけで、この会に参加して婚約者云々というものではなかったのだろう。きっと、王子の婚約が決まってから、自分の婚約者も行く行く探すという段取りであっただろう、と思っている。
ここだけ見れば、セシルは立派な悪役令嬢だった。
うん、夢が早速叶ってよかったねー(白目)。
セシルのことが気になった子息たちはきっと他にもいただろうが(身内の欲目と言わないでおくれ)、王子を差し置いて手を挙げる人はやはり中々出てくるわけもなく。そして、セシルの嫌がりようを見て、見た目とのギャップに撃沈した人もいたと思われる。
王子も、セシルが泣いて侯爵令息に抱き着いているのを見て、ちょっと勢い削がれてたしね。
結局、その場は、子どもの一時の感情ですべてを決められるわけではないので、保留・持ち帰りということになった。それぞれの家の思惑であったり、まあ将来性を考えてであったり。
婚約はやはり家と家の繋がりでもあるので、僕がセシルは好きな人と結婚を、と思っていてもそううまくいくほど甘くはなかった。なんかごめんね、セシル。
というか。
こういうことを予見して、第三王子の婚約者選び、とちゃんと銘打って行えばいいのに、と誰もが思ったことだろう。
もともと、王子はまだ婚約者を決めるつもりがなく(九つ年上の王太子には元々ちゃんと婚約者がいるし、五つ上の第二王子も昨年婚約者が決まった)、まだ8歳である第三王子は猶予があるとして、年の近い側近候補との顔合わせをメインに会に出席したといわれている。まあ、あわよくば気に入る子がいれば行く行くは、というのもなくはなかったんだろうけど、よりにもよって、セシルを気に入ってしまうとは。というのが、僕の正直な気持ちだ。
◇
結局、セシルは第三王子の婚約者になっていない。
そして第三王子は、17歳になった今も、婚約者はいない。
ついでに言えば、セシルにも婚約者は残念ながらいなかったりする。
あの後、どうにもこうにも話は平行線となり。
第三王子は、スペアのスペアで、そんなに婚約者に焦る必要がないという、末っ子特有の甘やかされ?によって、20歳を期限として好きな女性は自分で口説き落とせということになり。
そしてセシルはセシルで、両親を説得し恋愛結婚でよいという免罪符を手に入れていた。(好きな人と結婚できないなら、一生結婚しない、修道院に骨を埋めてやる、というまさかの気概を見せた。いままで蝶よ花よと育てられたくせに、本当にせっせと修道院に通って子どもたちに読み聞かせや勉強を教えて、下地を作っているから驚きである)
そんなセシルの思い人といえば。
なんと、侯爵令息ではなくなっていた。
侯爵令息には袖にもされず(そもそも、侯爵令息の方が身分が高いので、伯爵家のうちがとやかく言ってもどうしようもできなかった。)、セシルも頑張ったようであったが、ついに侯爵令息に婚約者ができ、しぶしぶ諦めていた。訴えられることがなく、侯爵家の温情に感謝している。
そしてどうやらセシルは惚れっぽい質のようで、侯爵令息のあとにもやれ子爵令息が素敵や伯爵令息が素敵であったり、寡夫の伯爵さまがダンディーだ、などと言っては周り、というか王子を振り回していた。
でも多分。
そろそろ、第三王子に捕まると僕は思っている。
第三王子は、目移りの多いセシルであっても、『好きなことにまっすぐで、ひらひらと飛び回る姿が蝶のようで華憐で愛らしい』といまだに一途に愛を乞うている。
・・・第三王子は、剣術に優れた人であるが、頭はそんなによろしくないのかもしれない、というのが僕の考察だ。
そしてセシルも。
自分がどんなに他の人を見ても、まっすぐに求愛を続ける第三王子に絆され始めている。
何なら、段々と第三王子の気持ちを試しているのではないか、というような振る舞いに見えなくもない。振られるたびに、第三王子に振られたと泣きついて、甘やかされては幸せそうに微笑んでいることを僕は知っている。
◇
「私、悪役令嬢になりたいんですの」
「愛しいセシル、俺の心を掴んで離さない君は、僕にとっては永遠の悪役令嬢だ」
これがまさか、第三王子のプロポーズで、セシルがそれに胸をときめかせて求婚を承諾するとは、この時の僕は知る由もなかった。
お兄ちゃんは、ちゃっかりお茶会で婚約者をゲットしている、ということを書きそびれましたが、兄はシスコンでありながら腹黒枠なので、いろいろちゃっかりしていると思います。
第三王子の名前を出しそびれましたが、アレキサンダーですかね。
『アレク、私また振られちゃったの』ってセシルに涙目でウルウルされて、毎回にこにこ抱きしめていたら可愛いと思います!
お読みいただきありがとうございました!