愛されし者の婚約指輪
「君は不幸な女だね、ナタリー。もう別れよう……」
「それって婚約破棄ってことですか」
父が紹介してくれた侯爵家の好青年バリスと婚約して一ヶ月。ようやく幸せを手に入れられると思ったのに。
「残念だ。恨むなら君の妹……キーラを恨め」
「妹!? キーラとなんの関係が」
「あるさ。俺は、キーラと結婚する」
「そんな……酷過ぎます」
「あぁ、あと両親を恨むといい。君の存在を疎んでいるようだよ」
そんな、そんな……。
ひどい。
父も母も、わたくしを騙すために?
不幸のどん底に落とすために、こんなことをわざわざ?
問いただす為、わたくしは屋敷へ向かった。
「お父様、お母さま、これはどういうことですか!」
「ナタリー、お前よりも妹のキーラの方が大切なんだ。それに気づかず暮らしおって……侯爵が引き取ってくれると思ったんだが、バリスでさえお前を持て余したようだな」
「それは違います! キーラがバリスを奪っ――」
いきなり頬を叩かれ、わたくしは床に転んだ。
え……なに。
なんで。
今まで一度も叩かれたこと、なかったのに。
「なんてことを言うんだ、ナタリー!! もういい、お前の顔など二度と見たくない!! 出ていけ!!」
「……っ!」
わたくしは泣きながら屋敷を出た。
街に出ると、街の人から石を投げられ、酷い言葉を投げられた。
「この魔女め!!」「出てけ!!」「キーラ様の方が美人で聡明だ」「ナタリーとか死んでしまえばいいのよ」「そうだそうだ!!」「消え失せろ!!」
……街の人でさえ、そう思っていたの。
そんな時だった。
前から男性がやってきた。
あの銀髪の方は?
「やれやれ。噂を聞きつけてやってきたが、これは酷いな。君がナタリーかい?」
「はい、わたくしはナタリーですが……あの」
「僕はユアン。辺境伯がやりたい放題やっていると聞いて駆けつけて来たんだ。君が追い出されると聞いた」
「そうなんです。わたくし、ずっと嫌われていたみたいで……」
「こんなの美しいのに。そうだ、ナタリー、僕のところへ来るといい」
ユアンという顔も身なりも整った男性は、そう誘ってきた。たぶん、貴族だとは思う。
……あ、胸のバッジ。
「それって」
「うん、これは公爵家の徽章さ。メナス家のもの」
「そうなのですか」
「……これも運命かな。ナタリー、正直言うとかなり前から君を見守っていたんだ」
「え」
「君はバリスと婚約を交わしていたね」
「はい」
「だから身を引いていたつもりだった。だけど、諦められなかったんだ」
そうユアン様は、わたくしの目の前に『婚約指輪』を差し出してきた。
「あの、えっと」
「急で申し訳ない。でも、この状況を打開するにはこれしかない。この婚約指輪には特別な魔力がこもっているんだ」
「特別な……魔力」
「うん。愛されし者の婚約指輪だ。はめると誰からも愛されるようになる。ただし、君に心から嫌悪している者には“不幸”が訪れるようになる」
「分かりました。受け取ります」
ユアン様とはまだ出逢ったばかりで分からないことばかり。でも、信用できると思った。頼れる人も……他にいないし。
わたくしは指輪をはめた。
その瞬間、街の人からの白い視線が“羨望の眼差し”に変わった。
……え、うそ。
「おぉ、ユアン様とナタリー様、お似合いじゃないか」「ああ、あの二人は幸せになりそうだな」「ユアン様はかっこいいし、ナタリー様は美人でお美しい」「なのに辺境伯は、娘を蔑ろにしているらしい!!」「いじめてるって話だ」「許せん! みんなでボコボコにしてやろうぜ」「おぉ!!」
街の人たちは急に怒り出し、屋敷へ向かう。
わたくしとユアン様も動向を見守る。
屋敷に着くと、父も母も、そして妹のキーラや居合わせていたバリスも驚いていた。
「な、何事だ!!」
「おい、辺境伯!!」「ナタリー様をこれ以上いじめるな!!」「そうだ! あの方は幸せになるべきなんだ!!」「キーラ、お前はそんなに姉が憎いのか!」「バリスはキーラと意気投合していたって話だ」「なんて最低なヤツ等だ!!」
怒りが爆発する街の人たちは、投石を始めた。
「お、お父様!! これはいったい!!」
「ぐぁ!! 分からん!! キーラ、お前はバリスと共に逃げろ!」
「は、はい、お父様」
キーラとバリスは逃げていくけど、反対方向から来た街の人に囲まれた。殴られ蹴られ、もう止められない状況に。
そして、お父様とお母様も縛り上げられた。
そっか、あの四人はわたくしを心底嫌っていたのだ。だから、逆に不幸になった。
* * *
もう四人の所在は分からない。
少なくともあの屋敷に人の気配はない。
「……ユアン様、ありがとうございました」
「良いんだ。僕の方こそ突然で悪かった」
「いいえ、救われました。ユアン様がいなければ、わたくしはずっと不幸のまま。この婚約指輪のおかげでみんなから愛されるようになったのです。でも、わたくしはユアン様のことが……」
「ああ、これからは僕と共に」
「はい、ユアン様と共に幸せになりたいです」
「おいで、ナタリー」
ぎゅっと抱きしめられ、わたくしは幸せを。
愛をもらった。