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元聖女ですが、過保護だった騎士が今世(いま)では塩です。  作者: 新城かいり
第一章 聖女の証

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第八話


 夢を見ていた。


「嫌よ!!」


 セラスティアがソファに突っ伏して泣いている。


「なんで私があの人の婚約者にならなくてはいけないの!?」

「姫様……」


 傍に控えているクラウスの困ったような雰囲気が伝わってくる。


「王陛下も仰っていたではないですか。形だけのものだと。実際に彼の元へ嫁ぐわけではないのですから」

「それでも嫌なものは嫌なの!」


 これでは小さな子供が駄々をこねているようだ。自分でもそうわかっていた。

 それでも言わずにはいられなかった。

 とても悲しかったから……。

 クラウスが反対してくれなかったことが、何より悲しかったから。

 クラウスは、私の意思よりも王国の騎士という立場を優先させたのだと思ったから。


「私、あの人と婚約するくらいなら国を出るわ」

「!?」

「聖女もやめる。そうよ、そう言えばあのわからずやのお父様だって」

「……姫様。ご冗談にしても度が過ぎますよ」

「!」


 クラウスの声が真剣に怒っていて、唇を噛む。


(冗談じゃないのに……)


 それほどに嫌なのだと、わかって欲しいのに。

 また涙が溢れてくる。


「だってあの人、何を考えているのかさっぱりわからなくて……怖いんだもの……」


 ルシアン様のあの笑みを思い出して肩を震わせていると、クラウスが小さく息を吐いていつもの優しい声で言った。


「私が傍におります。姫様のことは私が全力でお守りしますから、そんなに心配なさらずとも大丈夫ですよ」


 ……そうじゃないの。

 そうじゃないの、クラウス。

 私は騎士の立場を捨ててでも、貴方に一番に反対して欲しかったの……。




(あぁ、そうか。あの頃の私も、今の私も結局……)


 やっと眠れたと思ったのに、すぐに目が覚めてしまった。おそらく眠れたのは2時間ほど。

 私は涙の跡を拭って、ゆっくりと身体を起こした。

 まだ部屋の中は暗い。夜明け前だ。

 アンナが隣のベッドで静かに寝息を立てていて、少しだけ心が癒された気がした。……でも。

 ふぅと溜息を吐く。

 夜が明けたら、私はこの学園を出て家に帰る。――先生と離れ離れになる。

 おそらく学園に戻って来られるのは、ルシアン様が捕らえられて私の安全が確実なものになってからだろう。


(それって、いつになるんだろう)


 18歳の誕生日に先生に『おめでとう』と言ってもらいたいのに。

 その日が刻々と迫っているのに。

 それも……それすらも、叶わないのだろうか……。


「いっ……!」


 急に胸の辺りがちりちりと痛んで驚く。

 胸元を見下ろして、私は目を見開いた。

 

(薔薇の色が、濃くなってる……?)


 まるで『真紅の薔薇』だ。

 そう考えて、ぞくりと身体が震えた。


 『聖女の証』

 その薔薇が真紅に染まったとき、聖女は最大の奇跡を起こすとされていた。

 だから聖女はその薔薇を己の血で真紅に染め上げて、命を――。


(あれ……?)


 そういえば私、どうやって死んだんだっけ……?


 国のために命を捧げるのだと、そう思ってセラスティアは短い生涯を生きた。

 でもセラスティアが命を落とす、そのときの記憶がない。

 そのときの夢を、見たことがない。


「う……っ」

 

 記憶を手繰ろうとして、急に吐き気がこみ上げた。

 慌てて口を覆って、アンナを起こさないよう気を付けて急いで洗面所へ向かう。


 ――ダメだ。

 思い出したらダメだ……!


 気持ち悪くて、辛くて、目に涙が滲んだ。

 前世のことを必死に考えないようにして、頭から振り切って、少しずつ吐き気は治まっていった。


(怖い……)


 前世のことを思い出したくないと思うのは、これが初めてだった。


 なんとか落ち着いてふらつきながらもベッドに戻ると、カーテンの向こうが少しだけ明るくなっていることに気付く。

 明け方の綺麗な空が見たくてそのカーテンを少しだけ開いて、


「!?」


私は悲鳴を上げそうになった。

 

(なんで……!?)


 彼が……数時間前に見たフードを被ったあの姿のままの彼が、正門へと続く道にひとり佇みこちらをじっと見上げていた。

 その口元が笑っていて、私は慌ててカーテンを閉める。


(なんで……?)


 ドクドクという心臓の音が頭にまで響いていた。


(どうしよう……)


 アンナに視線を移して、彼女を起こそうと考えて、しかしそこで踏みとどまる。


 これは私の前世の事。

 アンナには関係のないことだ。

 優しい彼女は私を守りたいと言ってくれたけれど……。


(でも、また彼女を巻き込みたくはない)


 私はあのときのアンナのように震えている両手をぐっと握り締める。


 なぜルシアン様は私を捜していたのか。何のために私を連れていこうとしたのか。

 前世の頃から、彼のことはわからないことだらけだ。……なら。


 直接訊いてみればいい。


 怖いけれど、それが一番確実だと思った。

 もし何か悪いことに誘われたなら、しっかりと断ればいい。

 私にはあの頃のような奇跡の力など無いのだと、はっきりと言えばいい。

 そうすればきっと、私のことなんてすぐに興味を失くすはずだ。


(そうすれば、この学園から……ユリウス先生から離れなくても良いんだ)


 私は覚悟を決めて、急いで着替え始めた。

 そしてアンナがぐっすりと寝ていることを確認して、こっそりと部屋を出た。



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