第六話
急ぎ振り返って目に映ったのは、ローブを羽織った長身の男性だった。
フードを目深に被っているせいで顔がよくわからないけれど、男性だとわかったのはその声と体格からだ。
見えている口元が不気味に笑う。
「久しぶりだね」
私は後退りながら訊く。
「だ、誰!?」
久しぶり、ということは以前会ったことがあるということだ。
するとその人はくすりとまた笑った。
「酷いなぁ、自分の婚約者を忘れてしまうなんて」
「!?」
――婚約者?
そのとき、私を押しのけるようにして前に出てくれたのはラウルだった。
「レティシアの婚約者はこの俺だが? なんなんだお前は」
柄悪く問うラウル。
(というか、ラウルとは許婚ってだけで婚約はしてないけど)
こんなときでなければそう訂正したかったけれど、アンナが私の腕を強く握ってきて、その小刻みに震える手に私は自分の手を重ねた。――アンナもこの人の異様な雰囲気に怯えているのだ。
しかしそれを聞いてその人は嬉しそうに声を上げた。
「レティシア! そう、今はそういう名なんだね」
「はぁ?」
「ずっと君を捜していたんだ。また逢えて嬉しいよ。聖女セラスティア姫」
「!?」
まず前世での名が出てきたことに驚いて、フードが外され現れた姿を見て私は大きく目を見開いた。
漆黒の髪に赤い瞳。そして恐ろしいほどに美しく整った顔には見覚えがあった。
「ルシアン様……?」
掠れた声でその名を呼ぶと、ラウルとアンナが驚いた顔で私を見た。
“彼”が満足げに目を細める。
「良かった。覚えていてくれたんだね、姫」
「なんで……」
「レティ、知り合いなの? 姫って……?」
アンナに戸惑うように訊かれて、ハっと我に返る。
ラウルも私と彼とを交互に見て困惑している様子だ。
「あ、えっと……」
どう答えるべきか焦っていると、白い手が差し伸べられた。
「さぁ姫、私と共に行こう」
「え?」
彼がにぃとその口端を上げる。
「今度こそ、私は君を――」
「そこで何をしているんです!?」
そのとき聞こえてきた声に、酷く安堵する。
(ユリウス先生……!)
彼が通りの向こうから走ってくるのが見えた。
「ヤベっ」
ラウルとアンナが顔を青くして、“彼”が小さく舌打ちをして手を引いた。
「今も近くにいるのか」
(え……?)
憎々し気な声で、確かにそう言うのが聞こえた。
でも彼はすぐに笑顔に戻り、再び私を見た。
「姫、改めて迎えに行くから待っていて」
そして彼はフードを被り直し先生とは逆の方向へと走り去ってしまった。
ユリウス先生は私たちの前までやって来ると息を弾ませながら訊いた。
「大丈夫でしたか? 何かされたりは」
その表情は真剣そのもので、思わず答えるのが一拍遅れてしまった。
「い、いえ、大丈夫です」
すると先生はほぅと大きく息を吐いてから、ズレかかっていたメガネの位置を直した。
「それで? なぜこんな時間に貴方たちがここにいるのか、説明してもらいましょうか」
レンズの向こうの目が完全に怒っていて、私たちは顔を見合わせ首を竦めたのだった。
⚔⚔⚔
「僕を尾行していた?」
ユリウス先生の眉間にたくさんの皴が寄る。
学園に戻ってきた私たちは先生の部屋で尋問を受けていた。
「なぜそんなことを」
「先生こそ、あんなとこで何してたんだよ」
先生の質問を遮るように訊いたのはラウルだ。
ユリウス先生はその問いになんでもないふうに答えていく。
「僕ですか? 夜回りですよ。最近何かと物騒なので他の先生方と手分けして街まで見回りを行っています。今日は特に休日前ですし、あなた方のように無断で外出する生徒がいないとも限りませんからね」
それを聞いてラウルが悔しそうな顔をした。
「紛らわしいんだよ」
「紛らわしいとは?」
「あの……! 先生は、最近頻発しているという誘拐事件のことはご存知ですか?」
そう思い切るように訊ねたのはアンナだった。
「勿論耳に入っています。夜回りをするようになったのもその件があったからです」
と、その視線が私に移りドキリとする。
「先ほど、あの不審な人物と何か話していた様子でしたが」
「そうだお前、あの男は何なんだよ。知り合いっぽかったじゃねえか」
「え、えっと、」
ラウルに責めるように問われ、アンナが心配そうな顔で続けた。
「あの人、レティをずっと捜してたって言ってたわ。それに、レティのことを『姫』って」
「『聖女』とも言ってたぞ。なんだよ、聖女って」
「ということは、例のお話の関係者ですか?」
皆に問い詰められて、もう話すしかないと私は観念したのだった。
それから、私はアンナとラウルにはじめて前世の話をした。
物心ついた頃から見ていた夢。先生と出逢って、それが前世の夢なのだと確信したこと。
前世で私はとある王国の姫で、皆から“聖女”と呼ばれていたこと。
そしてユリウス先生は前世で私の従者であったこと。
……流石にその従者に恋をしていたことまでは恥ずかしくて言えなかったけれど、これまでの私を見ていたふたりにはきっとバレバレに違いない。
「信じてもらえるか、わからないけど」
「……」
話し終わっても、ふたりの顔がまともに見れなかった。
幼い頃から知っているふたりだからこそ、その反応が恐かった。
案の定ふたりは驚きを隠せない様子で、そんな中最初に口を開いたのはユリウス先生だった。
「それで、先ほどの彼は?」
「彼は……ルシアン様は、私の前世での婚約者だったんです」




