最終話
むかしむかし、とある王国に『聖女』と呼ばれるお姫様がいました。
お姫様には生まれながらに特別な使命がありました。
王国の繁栄と安寧のため、18度目の誕生祭の日にその命を神に捧げなければなりません。
そんなお姫様には秘かに想いを寄せる相手がいました。
それは王国を守る騎士であり、いつもお姫様の傍に控える従者でした。
しかし運命には逆らえません。
可哀想に、お姫様はその想いを胸に秘めたまま18歳という若さでその生涯を閉じました……。
「しかし! なんとそのお姫様はこの現代に生まれ変わったのです!」
私は自分の胸に手を当て声高に言う。
「それが私、レティシア・クローチェです!」
続けて私は目の前の彼をびしっと指差す。
「そしてお姫様が秘かに想いを寄せていた騎士の生まれ変わりが貴方です。ユリウス・フォン・レヴィ先生!」
「そうです、その通りです。ですから、もういい加減やめにしませんか。それ」
机の向こうで、ユリウス先生が眼鏡の上から眉間を押さえ盛大な溜息を吐いた。
「だって、悔しいじゃないですか~!」
「何がですか」
「先生は全部知っていたのに、私だけ何にも知らないでひとりわたわたして……馬鹿みたいじゃないですか!」
――昨夜、腰が抜けたように立てなくなってしまった私を先生は学園まで抱えて運んでくれた。そのときに全てを話してくれた。
先生は最初から【呪い】の存在を知っていて、しかしそれが誰なのかわからず、私の周りにいる全ての人を疑っていたこと。(これにはアンナたちもびっくりしていた)
しかし【呪い】は必ず誕生日に襲ってくるとわかっていたから聖剣探しを優先させたこと。
「言ってくれていたら私も何か手伝えたかもしれないのに」
「はぁ……。貴女に全てを話していたら、何をしでかすかわからないじゃないですか」
「そんな、」
「それに。貴女に、大切な友人を疑って欲しくはなかったのですよ」
(あ……)
確かに【呪い】の存在を聞いていたら、私はもっと苦しい思いをしていたかもしれない。
(でもせめて、記憶があることは教えて欲しかったなぁ……)
深夜に学園に戻った私はそのまま医務室に担ぎ込まれた。
昨日一日中無我夢中で走っていたせいで、気付かぬうちに傷をたくさん作っていたのだ。
行方不明になった私のためにずっと起きていてくれたソニア先生の治療が済み、部屋に戻った私は泥のように眠った。
そして朝日が昇ると同時にすっきりと目覚め、そのままこの部屋に突撃したのだ。
とにかく早く先生に会いたかった。
まだ訊きたいことと、ちゃんと伝えたいことがあったから。
「……先生。聖女は皆、本当は死んではいなかったってことでしょうか?」
聖剣は聖女の身体に溜まった奇跡の代償、穢れだけを落とす、まさに聖なる剣だった。
現に、確かに刺されたはずなのに私の胸には傷跡すら残ってはいない。
ちなみに折れてしまった聖剣は先生が厳重に保管すると言っていた。
先生が首を横に振る。
「わかりません。でも、聖女は最期王国の繁栄と安寧を願って天に召された、そういうことにしないと王国的には不味かったのでしょうね」
頷く。
【呪い】となった国民は聖女をあんなにも恨んでいた。
「ああ、そうだ。先ほど大佐から連絡がありまして」
「えっ」
「彼、命は取り留めたようですよ。まだ意識はないようですが」
「そう、ですか……」
ほっとする。
リュシアン様もきっと安堵しているだろう。
偽りの関係だったとしても、きっとリュシアン様にとっては失いたくない大切な人なのだろうから。昨日の彼を見ていたらそう思えた。
(でも、まさかあのマルセルさんが……)
セラスティア姫のことを恨み、そして私の命をずっと狙っていたなんて。
ちくりと、もうないはずの聖女の証が痛んだ気がした。
「貴女が気にする必要はありません。全てはクラウスのせいです」
「え」
先生の口からクラウスという名を聞くと、やはりどうしても違和感がある。
「彼が……まぁ。前世の僕ですが。己の気持ちを認めず、姫の気持ちを無視し続け挙句暴走しなければ、こんなことにはなっていなかったのですから」
私はぱちぱちと目を瞬く。
「先生、ひょっとしてクラウスのこと怒ってます?」
「怒っていますよ。お蔭で何度酷い目に遭ってきたと思っているのですか。貴女も、もっとクラウスに対して怒っていいのですよ」
本当に腹を立てている様子の先生に驚いて。――ふと気付く。
「己の気持ち?」
私の言葉に、先生はぴくりと顔を上げた。
「もしかして、クラウスもセラスティアのこと……?」
「……何を言っているのです。あの馬鹿なクラウスも最期にはちゃんと伝えたはずですよ」
「聞いていません!」
そう言ってから思い出す。
……そうだ。あのとき、もうセラスティアには殆ど感覚がなくて。
『 姫様、―― 』
ユリウス先生の大きな溜息。
「思い出しましたか?」
「思い出しました! でも、セラスティアには全然聞こえていませんでした! あのとき、クラウスはなんて言ったんですか!?」
私が机に手をつき必死に問い詰めると、彼はふいと顔を逸らした。
「言いたくありません」
「なんで!」
「僕はクラウスではないので、僕の口からは言いたくありません」
「~~~~っ!?」
もどかしくて悔しくて、私が指をワキワキさせながら低く唸っていると、ふっと先生は笑った。
「!」
笑ったのだ。先生が。
可笑しそうに。
「――失礼。まぁ、そういうわけですので、ミス・クローチェ。貴女ももう前世に……セラスティア姫の気持ちに縛られる必要はありません」
「え……?」
先生が、優しく目を細め続ける。
「僕は、クラウスの生まれ変わりではありますが、クラウスではありません。貴女とは身分も年齢も全く違う、一教師です。何度も言っている通り貴女にはもっと相応しい人が」
「嫌です!!」
思わず叫んでいた。
「私は、レティシア・クローチェは、あなたのことが好きなんです!」
「ですから、」
「前世とか、身分とか、年齢とか、関係なくです。出逢ってからずっとそう言っているじゃないですか!」
――確かに悩んだことはあった。
でもやっぱりずっと変わらなかった。
こちらを驚いたように見つめている先生に向かって、私は真剣に告げる。
「私は、今目の前にいる、歴史教師で、元憲兵で、いつもクールで、でも実は優しいユリウス・フォン・レヴィさんのことが好きなんです!」
一息でそこまで言って、私はふんと鼻を鳴らした。
するとユリウス先生はゆっくりとした動作で再び眉間に手をやり、一際長く重い溜息を吐いた。
「……僕も、クラウスのことをあまり馬鹿には出来ませんかね」
「え?」
そうして先生はガタンと椅子から立ち上がった。
そのまま書物や書類にまみれた机を回り、私の前で足を止めた。
「先生……?」
こちらを見下ろすその目つきが少し怖くて私は首をすくめる。
……怒って、しまったのだろうか?
「僕は何度も忠告しました。貴女にはもっと相応しい人がいると、何度も。それでもいいと貴女が言ってくれるなら、僕にはもう抑える理由がありません。……正直、こちらももう限界です」
先生はいつかのように眼鏡を外して胸ポケットに差し入れた。
眼鏡越しではない先生の瞳はやっぱり吸い込まれそうな色をしていて。
「それに、好意を持った女性にそこまで言われてグッと来ない男はいないでしょう」
(好意を……?)
と、その手が私の頬に優しく添えられてドキリと心臓が飛び上がる。
「え? せん……っ」
先生の端正な顔がゆっくりとこちらに近づいてくる。
(……え、ぇ、えぇーー!?)
また、あの時のように冗談なのだろうか。
それとも――。
細められたアメシスト色の瞳がすぐそこまで迫ってきて、顔が熱くて、心臓が破裂しそうで、結局耐えられずに私はぎゅうっと目を瞑った。
ちゅ、と額に軽く熱が触れた。
(――え?)
ぱちっと目を開けると、ユリウス先生はもうこちらを見てはいなかった。でもその頬がほんのり赤く染まっていることに私は気付いてしまった。
「……それでも、今はここまでです。一応僕は今教師で、貴女は生徒なのですから」
そうして先生は赤くなった顔を隠すように再び眼鏡をかけ、ぎこちない微笑みを浮かべた。
「続きは、貴女がこの学園を無事卒業出来たらです。……それまで、貴女の気持ちが変わっていなかったら、ですが」
「変わるはずありません!」
先生の言葉に被るように強く言って、私はその見た目よりもずっと逞しい身体に抱きついていた。
――冗談でなく、誤魔化しではなく、ユリウス先生が私の気持ちを受け入れてくれたのだとわかったから。
「好きです! ユリウス先生!」
「……僕も、」
先生が小さく言いかけたそのとき、バンっと凄まじい音を立てて扉が開いた。
「朝っぱらから生徒に手ぇ出してんじゃねーぞ、エロ教師!」
「ラウル!?」
「もう、起きたらまたレティがいなくて焦ったんだからね!?」
「ご、ごめん、アンナ」
「レティシアから離れろ! 私はまだお前のことを許したわけじゃないからな!」
「リュシアン様、病院のはずじゃ……!?」
「なんですの!? 運命に翻弄されたおふたりが時を超えてやっと結ばれたんですの!?」
「イザベラ……」
皆が一斉に部屋に入ってきて、先生はまだ抱きついたままだった私を雑に引っ剝がした。
「あー、皆さん揃ったところで、僕から一言いいですか?」
「あぁ?」
「え?」
「なんだよ」
「なんですのなんですの!? もしや、もうご婚約の発表……!?」
先生の眼鏡がギラリと光った気がした。
「僕の部屋をこんなに荒らしたのは、あなたたちですね?」
書物や書類がいたるところに散乱し、まるで空き巣が入った後のようになった先生の部屋の温度が、このとき急激に下がるのを感じた。
「あ。」
私含め、皆の声が見事にハモる。
それを見た先生はぴくぴくと口の端を上げた。
「元通りに片づけてください。今すぐに」
その頗る低い怒声に、私含め皆が一斉に「はい!」と良い返事をしたのだった。
「――もし生まれ変われるとしたら、クラウスはどんな人になりたい?」
セラスティア姫が私にそう訊ねる。
私は少し考えて、しかし結局ひとつの答えしか出てこなかった。
「私は、どんな姿になってもきっとまた貴女のお傍におりますよ。姫様」
姫様はその瞳を大きくしたあとで、嬉しそうに顔をほころばせた。
その笑顔が見られたら、それで良かった。
その笑顔が見られなくなるのは、耐えられそうになかった。
その笑顔が見られるのなら。
……自分の傍でなくてもいい。
せめてどこかで、笑って生きていて欲しかった。
「クラウス。いつも私の傍にいてくれて、ありがとう」
姫様が最期に笑ってくれた。
いくつもの刃に背中を貫かれもう痛みすら感じなかったけれど、その笑顔をもう一度見られて私は最上の幸せを感じていた。
「姫様……申し訳ありません。せめて、どこまでもご一緒いたします」
最期の力をふり絞り、私は愛おしい身体に聖剣を突き刺す。
もう遅いとわかっていたけれど、少しでも姫様を楽にして差し上げたかった。
――もしも、私にも奇跡が起こせたなら。どうか生まれ変わってもまた、姫様のお傍に……。
「 姫様、愛しています 」
END.




