第四十二話
「先生……?」
いつもはきっちりと後ろへ撫でつけられた銀の髪が乱れ、一瞬別人のように見えたけれど、間違いなくそれはずっと会いたかったユリウス先生で。
でも、その手に握られた見覚えのある剣を目にして私は青くなった。
「い、や……っ」
なんとかふらつきながらも立ち上がることの出来た私は彼から逃げようとした。――が、数歩進んだところで足がもつれ無様にも前のめりに転倒してしまった。
「!?」
頬に鋭い痛みを覚えて、でも足音がすぐそこにまで迫っているのがわかって恐る恐る振り返れば、彼が私に手を伸ばしていた。
「ひ……っ」
「落ち着きない。ミス、」
「こ、来ないで……っ!」
そして私は見てしまった。
転んだ拍子に破れてしまったらしい服の袖の裂け目から、手の甲にまで伸びた赤黒い茨の蔓を。
ぞっとする。自分では見えないだけで、すでに顔も醜く変貌しているのかもしれない。
「見ないでください!」
――化け物のようになった姿を、二度も好きな人に見せたくはない……!
片手で顔を隠し這いずるように逃げようとした私の肩を大きな手が掴む。
「や、離して!」
「姫様!!」
懐かしい呼び名と共に急に目の前が暗くなった。
瞬間、セラスティアの最期のように視力まで侵されたのかと思った。
でも、違った……。
「落ち着いてください」
声がすぐ傍で響いた。
身体に直に伝わるその響きと温もりで、私は彼に……ユリウス先生に抱きしめられているのだとわかった。
「大丈夫。もう大丈夫ですから」
何が大丈夫なのだろう。
全然大丈夫じゃないのに。
「大丈夫です」
「……っ」
でも、繰り返されるその優しい言葉と温もりに安堵して、私は先生の腕の中で子供のようにわんわんと泣きじゃくった。
「落ち着きましたか?」
「……はい」
ゆっくりと顔を上げるとユリウス先生がクラウスとは違うぎこちない微笑みを浮かべていた。
「自身の傷は治せないというのに、痕が残ったらどうするのですか」
「え……?」
「レティ!」
「レティシアさん!」
そのとき、そんな大声が聞こえてきて私はハッとする。
先生の向こうに皆の姿があった。アンナとイザベラ、ラウルとリュシアン様たちもいる。
友達にこの醜い姿を見られたくないと焦ったそのとき、ふわりと身体が何かで覆われた。
それは先生の上着だった。驚き見上げると彼は皆の方を向いていて。
「大丈夫です。彼女は僕が必ず助けます」
その確信に満ちた力強い声に、こちらに駆け寄ろうとしていたアンナとイザベラは足を止めた。
「助ける……?」
私がそう小さく呟くと、先生はこちらに向き直り溜交じりに続けた。
「そうですよ。まったく、やっとその術を見つけたというのに、学園に戻っても貴女がいなくて流石に焦りました。間に合って本当に良かった。まさか、またこの場所だとは思いませんでしたが」
「また?」
「ここはあの時と同じ森の中です。……気付いていなかったのですか?」
「同じ、森……?」
私が目を瞬くと、彼はもう一度短く溜息を吐いた。
そして傍らに置かれていた聖剣を私の前に差し出した。
びくりと反射的に震えてしまった私に、先生はすぐに優しい声音で続ける。
「大丈夫。この聖剣で貴女は助かるはずです」
「でも、これは……」
「そう。大昔、聖女の証を何度も貫いてきた聖剣です。僕……いえ、クラウスも……あのとき貴女をこの剣で――」
どきりとする。
やはり、あのときセラスティアが感じた衝撃は――。
「しかし王の言葉通り、もう遅かった。奇跡の代償は呪いとなって、どこまでも貴女に付きまとい、貴女は何度生まれ変わっても18歳の誕生日に命を落とす運命にありました」
「じゃあ、やっぱり今回も……」
また震え出した私の手を、先生は優しく握ってくれた。
「でもやっと、あのときと同じ世界に生まれることが出来たのです」
「え……?」
月明りのせいだろうか、このとき先生の瞳がクラウスと同じ色に見えた。
「僕は……いえ、私はこれまで何度も貴女を救おうとしてきました。しかし、この呪いを解く唯一の術である聖剣はこの世界にしか存在しない。私はこれまで何度も貴女を目の前で失い、何度も絶望してきました……。しかしやっと、こうしてあのときと同じ世界に生まれ、この聖剣を手に出来たのです」
「クラウス……」
思わずその名を口にしていた。
それは確かに、クラウスの言葉に聞こえたから。
彼は私から少し下がると、まるで騎士のように胸に手を当て深く頭を垂れた。
「私は、あのとき貴女を殺めることが出来ませんでした。全ては、私の弱さが招いたこと。しかし今世こそこのクラウス、貴女様を救ってみせます」




