第四十話
「結局、何もわからなかったわね」
アンナが溜息交じりに言ってベッドに腰を下ろした。
――あれから聖剣について書かれた書物を中心に調べたが、求めている記述は見つからないまま点呼の時間となってしまい、私たちは寮の自室に戻ってきていた。
皆、今夜誕生日を迎える私のことをとても心配してくれたけれど、明日朝一でまた先生の部屋に集合と約束をして解散となった。
私も自分のベッドに腰を下ろし、笑顔で言う。
「でも皆のお蔭で、先生の過去とか、聖剣を探していることとかわかったし。本当に感謝してる」
「……胸の痣、変わりない?」
「えっと……うん、朝と同じ」
グロテスクな見た目のそれは、朝と特に変わらずそこにあった。触れてみても痛みや違和感はない。
アンナはほっとした顔をした。
「このまま何もないといいんだけど……」
「きっと大丈夫。ほら、こんなに元気だし!」
私はアンナの前で両手を上げて左右に揺れて見せる。
するとアンナはふふと笑って、思い出したように立ち上がった。
「そうだわ」
「?」
アンナは自分の机から何かを取り出し、私の元へやってきた。
「まだ少し早いけど、誕生日プレゼント」
「えっ!」
私は目を見開いて可愛くラッピングされたそれを見つめた。
「明日何もなければ一番いいけど、一応、早めに渡しておこうと思って」
「あ、ありがとう!」
お礼を言って受け取る。
いつの間に用意してくれていたのだろう。全然気づかなかった。
「開けてみて」
「うん!」
アンナは笑顔で私の隣に座った。
丁寧にその包みを開けて出てきたのは、可愛らしいリボンの形をしたバレッタだった。
「わぁ、可愛い!」
「今のレティの髪型に似合うと思って」
「ありがとう。嬉しい。早速付けてみるね!」
「私が付けてあげる」
そうして、アンナは元々付いていた薔薇のバレッタを外し、そのリボンのバレッタを付けてくれた。
「うん、良かった。やっぱり似合ってる」
「ありがとう。大切にするね」
私たちが笑い合っているときだった。
コンコンと控え目にドアがノックされてドキリとする。
「こんな時間に誰かしら」
点呼は先ほど済んだばかりだ。
アンナが警戒を露わにベッドを立ち、ドアへ近づいていく。
私もドキドキとしながらその後についていった。
「――誰?」
「わたくしですわ」
「イザベラ?」
私たちは顔を見合わせて、ドアを開けた。
そして更に驚く。イザベラが枕を抱えていたからだ。
「ど、どうしたの?」
アンナが訊くと、イザベラはもじもじと恥ずかしそうに答えた。
「わたくし、どうしてもレティシアさんのことが気になってしまって。ご迷惑でなければ、今夜こちらのお部屋に泊まらせていただけないかしら」
私たちはもう一度顔を見合わせてから、笑顔で頷いた。
「勿論! 入って」
「ようこそ、私たちの部屋へ」
「有難うございます! お邪魔しますわ」
イザベラは嬉しそうに顔を輝かせ私たちの部屋に足を踏み入れた。
「あ、でも、ベッドどうしよう」
「問題ありませんわ。わたくしは椅子でも床でも」
「そういうわけには……狭くて悪いけど、私のベッドで一緒に寝ようか」
私がそう言うと、イザベラは心なしか頬を赤らめ訊いた。
「……よろしいのですの?」
「うん!」
「確かに、レティに夜何かあったとき、すぐ隣に誰かいた方が安心だものね」
すると、イザベラは張り切るように両方の拳をぐっと握り締めた。
「わたくし寝相は良い方ですし、しっかりレティシアさんを傍で守りますわ!」
「あ、ありがとう」
⚔⚔⚔
それから、私たち女子3人はベッドに入って色んな話をした。
私の誕生日が近づいて、皆不安になっていたのもあるかもしれないけれど、話は尽きなかった。
(つい数日前まで、イザベラとこんなふうにお喋りできるなんて思ってもみなかったな)
「憧れだった聖女様とこんなかたちで出逢えるなんて。わたくし本当に感激していますのよ」
「はは、なんか、私でごめんね」
「なにを謝ることがありますの? レティシアさんはもっとご自分に自信を持っていいと思いますわ」
「それは私も同意!」
「えぇ……」
「でも、そういう控え目なところも聖女様らしいのかもしれませんわね」
そんなふうに言ってもらえて、なんだか照れてしまう。
と、そのとき皆の視線が掛け時計に集中した。
両方の針が、丁度てっぺんを指す。
――私の、18歳の誕生日がやってきたのだ。
「お誕生日おめでとう、レティ」
「おめでとうございます。レティシアさん」
「ありがとう、ふたりとも」
お祝いの言葉をくれたふたりにお礼を言う。
そして、少しの沈黙。時計の秒針の音だけが部屋に響く。
「……」
「……」
「……特に、何もなさそうね?」
「ですわね」
「レティ、何でもない?」
「うん。大丈夫」
笑顔で答える。
胸の痣も確かめてみるが先ほどと変わりない。
アンナは脱力するように枕に顔を埋めた。
「はぁ、一先ず良かったわ」
「ドキドキしますわね」
そんなふたりに苦笑すると、イザベラがすぐ隣で不思議そうに首を傾げた。
「レティシアさんは怖くありませんの? 随分と落ち着いて見えますけれど」
言われて気づく。
確かに、昨日までの不安は殆どなくなっていた。
「怖い……けど、多分今日ユリウス先生のこと色々と知れて、だから、何かあっても先生が助けてくれる気がして。――それに、今はふたりがいてくれるし」
笑顔で言うと、ふたりも笑ってくれた。
「ユリウス先生、きっと明日帰ってきますわ」
「うん」
「レティは先生に誕生日おめでとうって言って欲しいんだものね」
「そうなんですの? 絶対言ってくださいますわよ!」
私はもう一度そんなふたりにお礼を言った。
そうして、私たちはおやすみを言って眠りについたのだった。
「離してクラウス! 私、城に戻ります!」
私は声を上げて彼の手を振り払おうとする。
でも痛いほどに握りしめられた手はどうしても離れなかった。
「私はあの人の元へなど行きたくありません!」
「姫様、」
「嫌です! 離して!」
「姫様のためにはそれが一番良いのです」
子供を宥めるかのような優しい声音。
でも今はその声が恐ろしくてたまらなかった。
「嫌です! あの人の元に行くくらいなら王国のために命を捧げます! 元々そのつもりだったのです!」
「姫様!!」
クラウスの聞いたことのない怒号に、びくりと肩を竦める。
「……お願いです、姫様」
またその顔だ。彼の必死さがわかる、酷く苦しそうな顔。
でも今はそんな顔見たくない。
私はゆっくりと首を横に振る。
「そんな……だって、私は」
――あなたが好きなのに。
ついさっき、あなたになら殺されてもいいと心から思っていたのに。
と、そのときクラウスの目つきが変わった。
「追っ手が近いようです」
「!?」
「急ぎましょう」
そうして私は再び彼の手に強く引っ張られる。
追っ手ということは、王国の……お父様の……?
このまま追い付かれたらクラウスはどうなってしまうの?
聖女を逃がした罪は一体どれだけ重いの……?
私は、どうすればいいの……?




