第四話
「なに、それ」
――ユリウス先生が、連続誘拐事件の犯人……?
冗談にしても笑えなくて、口元が引きつっているのが自分でわかった。
ラウルが似合わない真剣な表情で続ける。
「アイツ、あの見た目と名前からしてこの国の出身じゃないだろ。実は人身売買が目的でこの国に潜り込んだんじゃないかって。事件の話を聞くようになったのもアイツがこの学園に来てからだしな」
「そんなのただの憶測じゃない! 昔じゃあるまいし、他の国から働きに来ている人なんて今時いくらでもいるわ」
「それにあの人を見下したような目つき。人ひとりくらい殺してそうだってな」
「ユリウス先生はそんな人じゃないわ!」
知らず声が大きくなってしまっていた。
「ユリウス先生のこと、何にも知らないくせに!」
するとラウルの眉がぴくりと跳ねた。
「なら、お前はアイツの何を知ってんだよ」
「……っ!」
言葉に詰まる。
……悔しいけれど言い返せなかった。
前世の、クラウスのことならなんでも話せるのに。
(ユリウス先生のことは、知らないことばかりだ)
机の下で強く拳を握りしめていると、ラウルが勝ち誇ったように続けた。
「決定的なのは、一番最近の事件だ」
一番最近……アンナが昨夜話していたこの学園の近くで起きたという事件だろうか。
「その日の夜、アイツが寮を出ていくのを目撃したやつがいんだよ」
「!?」
目を見開く。
「だからな、レティ。アイツにはもう近づかない方が」
「私は、先生を信じてるもの!」
そう叫んで、私は逃げるように教室を出た。
ユリウス先生が誘拐犯?
まさか、先生がそんなことをするはずがない。
だってユリウス先生は、あの優しかったクラウスの生まれ変わりで……。
――僕はクラウスではありません。
先生の声が蘇る。
――なら、お前はアイツの何を知ってんだ。
続いてラウルの声が耳に響いた。
……確かに、私はユリウス先生のことは何も知らない。
どこから来たのか。この学園に来る前は何をしていたのか。好きな食べ物すらも。
(それでも私は――)
⚔⚔⚔
「姫様」
呼ばれてゆっくりと目を開けると、安心する笑顔がすぐそこにあった。
――これはいつもの夢。前世での記憶だ。
花と緑で彩られた美しい庭園のお気に入りのベンチで一人まどろんでいた私は、聖女セラスティア。
そして。
「クラウス」
腰に長剣を携えた金髪碧眼の彼は、私の従者だ。
「冷えてきましたので、そろそろ中に入りませんか?」
「……」
優しく微笑む彼をじっと見つめていると、彼は首を傾げた。
「どうかされましたか?」
「ううん、ちょっと考え事をしていたの」
「考え事ですか?」
私は頷いて、思い切って彼に訊いてみることにした。
「クラウスは、生まれ変わりってあると思う?」
「……生まれ変わり、ですか?」
案の定、クラウスはきょとんとした顔をした。
その顔がおかしくて、私はクスクスと笑う。
真面目な彼のことだ。そんなこと、これまで考えたこともないのだろう。
「私はね、あったら素敵だなぁって思うの。生まれ変わった私はどんな女の子だろうって考えていたら楽しくなっちゃって。ふふ、女の子じゃないかもしれないけれど」
何か言いたげな顔をしているクラウスに私はもう一度訊ねる。
「もし生まれ変われるとしたら、クラウスはどんな人になりたい?」
クラウスがゆっくりと口を開くのを私は見ていた。
「私は――」
「レティ、戻ってる?」
その声にハッと目を覚ます。
部屋にひとり戻って、机に突っ伏したままいつの間にか寝てしまっていたみたいだ。
ドアの前で友人が深刻そうな顔をしていて私は慌てて立ち上がる。
「ごめんアンナ、先に戻ってきちゃって」
「ううん、私こそ……ごめんなさい」
そうして頭を下げられて、私はすぐにその意味に気付いた。
「……アンナも知ってたの? 先生の噂」
するとアンナは言いにくそうに答えた。
「私も知ったのはついさっきなの。レティに言おうか迷っていたら、ラウルが先に……」
「そうだったの……」
ラウルひとりの勝手な妄言ではなく、本当に噂として広まっているということだ。
「アンナはどう思う?」
「え?」
「先生が、本当に誘拐犯だと思う?」
するとアンナはブンブンと首を横に振った。
「勿論私も信じてないわ! レティが初めて好きになった人だもの。絶対にありえない!」
友人がそう強く言ってくれて、でもまた小さく胸が痛んだ。
(私が初めて好きになった人……か)
まだ自分の気持ちははっきりとしていない。でも――。
「そうよね。ユリウス先生がそんなことするわけない」
先生は確かに全然笑わないしいつもつれないけれど、それでもそんな悪いことをするような人ではない。
ましてや人を殺めたりなんて、絶対にするはずがない。
「ラウルは、レティとユリウス先生のことあまり良く思っていないから」
「決めた。私、先生の潔白を証明する」
アンナの言葉を遮るように言うと、彼女は一瞬呆けたような顔をした。
「え? 証明って、ど、どうやって?」
「先生を、とことん監視するの」
「監視!?」
すっとんきょうな声を上げたアンナに私は強く頷いた。
「先生は誘拐犯なんかじゃないって、私が絶対証明してみせるんだから!!」




