第三十九話
「長く生きた聖女ってのはいないのかよ」
大盛りパスタを食べ終えたラウルが言った。
私たちは一先ず中央広場近くのカフェレストランに入り遅い昼食をとっていた。
「リュシアン様も皆さんも、そろそろ何か食べませんか?」という、それまでずっと黙って私たちについて来ていたマルセルさんの言葉で、そういえば朝から何も口にしていないことに気付いたのだ。
きっと皆私を気遣って言い出せなかったのだろうと思ったら申し訳なくて、すぐさま傍にあったこの店に入った。
リュシアン様はそんなマルセルさんに最初「空気読め」と怒っていたけれど、やはりお腹が空いていたのだろう、頼んだサンドイッチをすぐに食べきっていた。
食欲はなかったけれど私もトーストを頼み、イザベラにこれまでの話をしながらゆっくりと口に入れていた。イザベラは涙ぐみながら、そんな私の話を真剣に聞いてくれていた。
「いないと思う」
ラウルの問いに私は首を振り答える。
「セラスティアがクラウスと逃げているとき、私だけが生きてしまっていいんだろうかって、凄く気にしていたし」
「わたくしがこれまでに読んだ聖女の物語の中にも、残念ながらそういったお話はありませんでしたわ。聖女は18歳で王国のために命を捧げる、そういう運命なんですの」
イザベラがハンカチで涙を押さえながら続けると、ラウルは小さく舌打ちをし腕を組んだ。
「国のためって言ったってよ、よくそんな残酷なことが出来るよな。まるで生贄じゃねぇか」
「そんな国だから滅んだんだ」
コーヒー片手に冷たく言ったのはリュシアン様だ。
見れば彼はクラウスを語るときと同じ剣呑な目つきをしていて私はすぐに視線を逸らした。
(そっか。リュシアン様はクラウスと同じくらい、王国のことも恨んでいるんだ)
「それより、聖剣って聖女を刺すための剣なんでしょう? なんでそれを先生が探しているのかって話よ」
隣に座るアンナが少し苛ついたように口を開いた。
そういえば先ほどもアンナはそのことを気にしていた。
彼女は私を見て気遣うように続ける。
「私だって先生がレティをなんて考えたくはないけど、私怖くて……」
彼女の固く結ばれた両手が震えていることに気が付いて、私はその手に自分の手を重ねた。
「レティは何も知らないの? 聖剣のこと」
「うん。聖女の証を貫くための特別な剣としか……」
と、そこで思いついたようにラウルが声を上げた。
「聖剣って言うくらいなんだからよ、実は聖女を救うための剣ってことはないか?」
「聖女はみんなその剣で命を落としているのに?」
アンナに半眼で言われ言葉に詰まるラウル。
ふぅとリュシアン様が息を吐いた。
「私は端からあいつを疑っているからな、聖剣を探していると聞いてもやはりなとしか思わなかったが」
そして彼は私を見つめた。
「だから私のすべきことは何も変わっていない。今度こそ君をあいつから守ってみせる」
「リュシアン様……」
やはり彼は先生を全く信用していないのだと少し悲しくなった。
「つーか、そもそもなんだって今レティに聖女の証なんてものが現れたんだ? その王国が滅んでから何年経ってんだよ」
「それを言うなら、なんでこうして生まれ変わったのかって話になるじゃない。それも、もしかしたら一度じゃないのかもしれないのよ」
「そんなの決まっていますわ」
「あ?」
「え?」
「ふたりが再び巡り会うためですわ!」
イザベラが声高に叫び、一瞬店内がしんと静まり返った。
皆の視線に気付いたイザベラが恥ずかしそうにハンカチで口を隠し、小さく続ける。
「一先ず学園に戻りませんこと? わたくし先生の集めたという書物が気になりますし、先生を探しに行くにしても荷物も何も持ってきませんでしたもの」
「そういえば私も……」
言われて気づく。先生の部屋を出てそのままの勢いでここまで来てしまったからお金も何も持ってきていない。
「――って、お金!」
「やべ! 俺もなんも持ってきてねぇ」
「私もよ。ちょっと、ここのお代どうするの!」
「わ、わたくしも、ついうっかり食べてしまいましたわ」
「問題ない」
顔を見合わせ青くなる私たちに、平然と告げたのはリュシアン様だ。
「マルセル」
「かしこまりました」
……結局、マルセルさんが私たちの分も全額支払ってくれたのだった。
「本当にありがとうございました。学園に戻ったらちゃんとお返しします」
学園に戻る道すがらマルセルさんに改めてお礼を言うと彼は「いいえ」と軽く首を振った。
「大した額ではありませんからお気になさらず。元よりそのつもりでしたので」
そんなスマートな返しにまた恐縮してしまったけれど、これを機にと私は彼に訊いてみることにした。
「あの、ずっと気になっていたんですが、マルセルさんはリュシアン様の前世の話は前から知っていたんですか?」
「はい。お仕えしてからこれまで散々聞かされてきましたので、かれこれ10年ほど前からになるでしょうか」
「そ、そうだったんですね」
表情に動きがないからか、なんとなく言い方に棘を感じて苦笑してしまう。――でも。
「こいつだけだったからな。私の話を信じたのは」
こちらを見ずにリュシアン様がぼそっと呟くのを聞いて、そんなふたりの関係を少し微笑ましく思った。
学園に戻った私たちは先ず門番にユリウス先生が戻らなかったか訊ねてみた。
しかしやはりまだ戻ってきていないようで、私は肩を落とした。
そして私たちは再びこそこそと先生の部屋に忍び込んだ。
心なしか目を輝かせて本棚に飛びついたイザベラは早速一冊の書物を手に取ると上ずった声を上げた。
「これ、わたくしの持っていた本ですわ」
「え!?」
イザベラが慣れた手つきでその古い書物をパラパラと捲っていく。
それは聖女が主人公の恋物語のようだった。
「ほらここに、わたくしのサインがありますでしょ? 一度お母様が私に内緒で何冊か処分してしまったんですの。そのときは悲しくて仕方ありませんでしたけれど、まさかこうしてまた巡り会えるなんて」
イザベラはその書物を大事そうに抱きしめた。
「そういうのはいいからよ、とりあえず聖剣について書かれた本をもう一度調べてみようぜ」
ラウルに溜息交じりに言われイザベラは少し口を尖らせていたけれど、すぐにまた別の本に興味を惹かれたようだった。
「もうこんな時間……」
アンナの視線を追って掛け時計を見ると、もう夕刻近かった。
……私の18歳の誕生日が刻々と迫っていた。




