第三十八話
「ありがとうございました!」
私が頭を下げてお礼を言うと、大佐は笑うのを止めてきょとんとした顔をした。
「え? 今ので良かったんで?」
「はい!」
「……半分、冗談のつもりだったんですけどね」
大佐は拍子抜けしたように言って頭を掻いた。
「まあでも、あとは君のことくらいしか思い当たらないしなぁ」
「え?」
私が訊くと大佐はまた笑って続けた。
「あいつが調べていたことね」
「!」
どきりとする。顔が少し赤くなってしまったかもしれない。
そんな私を見て、大佐は優しく目を細めた。
「生に執着がないって言うんですかね、あいつ。ちょっと心配してたんで、守りたい人がいるって聞いたとき、なんというか、少しほっとしたんですよねぇ」
私は憲兵をしていたときの先生を知らないけれど、生に執着がないというのは少しわかる気がした。
「――っと、あんまり話すとアイツに恨まれそうなんで俺の口からはここまでにしときましょうかね。無事見つかったら、またこっちに顔出すように言っといてくださいよ」
「は、はい!」
私はローレン大佐にもう一度お礼を言ってそこで別れ、皆と共に賑やかな中央広場を後にした。
「聖剣って、例の聖女を刺すためにあったっていうアレのことよね?」
静かな路地に入って深刻そうな顔で言ったのはアンナだ。
私が頷くと、続けてラウルが言った。
「なんであいつ、そんなもの探してるんだよ。まさか、レティを刺すためってんじゃないだろうな」
「まさか……」
アンナが引きつったような笑みを浮かべた。
「だが、アイツが聖剣の在りかを知って、それを入手しに行ったのは間違いなさそうだな」
リュシアン様の言葉に私は頷く。
「問題はその場所だが……」
彼がそう続けた、そのときだ。
「先ほどから何の話をしていますの?」
「!」
イザベラの訝しげな顔に気付いてハっとする。
そうだ。イザベラは聖剣のことも聖女のことも何も知らない。
ローレン大佐の話も、彼女にとったら全く意味がわからなかっただろう。
「なんだか物騒な言葉が聞こえましたけど……なぜ先生が聖剣なんてものを探していますの?」
「えっと……」
なんと説明すべきか頭を巡らせていると。
「聖女と聖剣の伝説でしたら、わたくしも知ってはいますけれど」
「え!?」
イザベラのまさかの発言に驚く。
それは皆も同じで。
「どういうことだよ! 知ってるって、なんでお前がそんなこと」
ラウルがそう言いながら詰め寄るとイザベラは瞳を大きくして慌てたように彼から目を逸らした。
その頬が少し赤らんで見えるのは気のせいではないだろう。
「い、いえ、その……実はわたくし、幼いころお姫様が出てくるようなロマンチックな物語が大好きでして、その中で一番のお気に入りが聖女の物語でしたの」
意外だったけれど、ひょっとしてイザベラのその派手な髪型はお姫様への憧れから来ているのだろうか。
そのロマンチックな物語を思い出したのか、イザベラは両手を胸に当ててうっとりと続けた。
「聖女が登場する物語はいつも悲恋で終わりますけれど、それがなんとも切なくて胸がきゅんとなるんですの」
「それで、聖剣がどこにあるのかお前知ってるのか!?」
「い、いえ、流石にそこまでは……聖剣が実在しているなんて今初めて知りましたもの」
「なんだよ……」
あからさまに落胆するラウル。
私も肩を落とす。
それを見たイザベラは少しムっとした顔をした。
「それで、なぜその聖剣をユリウス先生が探していますの? それに」
イザベラの鋭い視線が私を捉えた。
「なぜユリウス先生は憲兵を辞めてまでレティシアさんの傍に? そういうお話でしたわよね? 先生とレティシアさんは一体どういうご関係ですの?」
先ほどの大佐の話を聞いていれば、当然の疑問だ。
皆の気まずそうな視線が私に集中する。
……話すしかないと、私は覚悟を決めた。
「その、……信じてもらえるかどうかわからないんだけど」
「?」
「実は私、その『聖女』の生まれ変わりみたいで」
「……はい?」
イザベラが眉を寄せて首を傾げる。
聖女の物語がお気に入りだったというイザベラだからこそ、今までにない妙な緊張を覚えながら私は続けた。
「それで、ユリウス先生は前世で私の護衛騎士だったの」
「……」
「ちなみに私は前世でレティシアの婚約者だったんだ」
そうして入ってきたのはリュシアン様だ。
一応事実なので苦笑して、私は続ける。
「私、明日が18の誕生日で、もしかしたら聖女みたいに死んでしまうのかもしれなくて。ユリウス先生は多分、そんな私を助けようとしてくれているみたいなの」
ぽかんとした顔のイザベラを見て、なんだか申し訳なくなってくる。
普通こんな話すぐには信じられないだろう。
「ごめん、こんな突拍子もない話信じられないよね。でも――っ」
と、そこで私は言葉を切った。
イザベラが急にハラハラと涙を流し始めたからだ。
皆もぎょっとした顔でそんな彼女を見ている。
「イ、イザベラ……?」
「……わ、わたくし、ずっと、聖女が可哀想で可哀想で……っ」
「え……?」
ついには顔を覆ってイザベラは泣き始めてしまった。
「いつか、聖女が生まれ変わってでも報われて欲しいと……ずっと、そう願っておりましたの……」
「イザベラ……」
釣られてこちらまでまた涙が出そうになる。
まさかイザベラがここまで聖女に同情してくれるとは思わなかった。
小刻みに震える肩に手を触れようとして、急に伸びてきた手にその腕をがっしりと掴まれ驚く。
「!?」
顔を上げたイザベラは涙に濡れた恐ろしい形相をしていて。
「絶対に死なせませんわ」
「え」
「わたくしが、全っ力でレティシアさんとユリウス先生を幸せにしてさしあげますわ!」
その迫力に少し気圧されながらも、私はありがとうとお礼を言ったのだった。




