第三十七話
――ユリウス先生が、『憲兵を辞めた』……?
それだけでも驚きなのに。
(その原因が、私……?)
頭が混乱して、咄嗟に声が出なかった。
「あいつ、憲兵だったのかよ!」
「あの方、憲兵でしたの!?」
でもラウルとイザベラがほぼ同時に声を上げてくれたお蔭で、私は少しだけ平静を取り戻すことが出来た。
(ユリウス先生が、憲兵だった? じゃあ、これは……)
私は手の中の金バッジを見下ろす。
――先生本人のもの……?
ローレン大佐は軽く頷く。
「そ、つい半年前までね。それが急に辞めるってんだから驚いた驚いた。なあ?」
「え? は、はいっ!」
いきなり問いかけられた門番が慌てた様子で返事をする。
ということは門番も本当はユリウス先生のことを知っていて、しらを切っていたのだ。
「まぁ、ここじゃなんだから、どっか移動しよっか」
そうしてローレン大佐は中央広場の方へと歩き出した。
私たちは顔を見合わせ、彼について行くことにした。
中央広場はいつもと変わらない賑わいを見せていた。
憲兵について歩く私たちは一見補導されているようにも見えるけれど、そんな私たちに気を留める者はいないようだった。
小さな子供がローレン大佐に手を振って、大佐は優しい顔つきで手を振り返していた。
「大丈夫? レティ」
隣を歩くアンナが小声で私に訊ねた。
「うん、驚いたけど。先生が強かったのもこれで納得がいったかも」
暴走したリュシアン様を止めたときの先生の素早い動きを思い出す。
元憲兵だったというなら納得できる。きっとラウルも同じことを思っただろう。
ラウルは今リュシアン様とマルセルさんと共にローレン大佐のすぐ後ろを歩いている。
「そうよね、驚きよね。まさか先生が憲兵だったなんて……しかも、あのローレン大佐と知り合いだったなんて……」
ローレン大佐の大きな背中を見つめながらアンナが言う。
そういえばさっきもアンナはその名を聞いて驚いていた。
「有名な人なの?」
「知らないの!?」
「う、うん……」
「……そっか、そうよね。レティあんまり歌劇とか見ないものね」
「歌劇に関係ある人なの?」
「歌劇のお話になるくらい有名な人なの。アルベルト様も大佐を演じたことがあるわ。12年前の戦争のヒーローなのよ」
――12年前、この国はとある戦争に巻き込まれた。
幸い市街地にまでは被害は及ばなかったけれど、当時まだ幼かった私もそのときの不安はなんとなく憶えている。
「今この国が平和なのは、彼のお蔭みたいなものよ」
「わたくしも聞いたことがありますわ」
イザベラも私を挟んで小声で話に入ってきた。
「なんでも、ひとりで敵部隊をほぼ殲滅させたとか」
「へぇ……」
そんなに凄い人なんだ。そう思った時だ。
「あぁ。アレ、大分脚色されてるから」
「へ!?」
「ふぁ!?」
急にローレン大佐本人から返答があってアンナとイザベラが素っ頓狂な声を上げた。
しっかり聞こえていたみたいだ。
私たちの反応を面白がるように笑いながらローレン大佐が続ける。
「あれ、実はほぼユリウスの奴の功績だったりするんだよな~」
「え!?」
今度素っ頓狂な声を上げたのは私だ。
「当時あいつは今の君らより若くて、言っても誰も信じねぇし、あいつも全然拘らねぇからなんか全部俺の手柄ってことになっちまってなぁ」
ローレン大佐は当時を懐かしむように遠くを見つめた。
「普段は冷めてて何考えてんのかよくわからない奴だけどさ、戦場に出ると人が変わったようになんだよな。なんて言うの……水を得た魚ってやつ?」
私は目を見開く。
クラウスがそうだったからだ。
セラスティアの前では常に優しい笑みを絶やさなかった彼だけれど、いざ剣を手にすると人が変わったようになるのだと聞いていた。
その強さを買われ、彼は私、セラスティアの護衛騎士になったのだ。
「俺が今こうして似合わねぇ“大佐”なんて地位にいられんのも、あいつのお蔭みたいなもんだ」
大佐は中央広場の真ん中、この国の平和のシンボルである女神像の前で立ち止まり、私たちの方を向いた。
「そんな憲兵が天職みたいなあいつが急に辞めるってんだから、どういうことだってなるだろう? んで、理由を問い詰めたらさ、あいつ何て言ったと思う?」
彼は私を見つめ続けた。
「『すぐそばで守りたい人がいるんです』 だってさ」
皆が息を呑むのが聞こえた。
ローレン大佐が可笑しそうに笑う。
「まさかの答えにぽかんとしちまったよな~。でもそれ以外の詳しいことはなっかなか口を割らなくってさ。なんとか聞き出せたのが、憲兵を辞めた後は教師になるってことだ」
アンナが私の肩を優しく抱きしめて、今自分が涙を流していることに気が付いた。
「あとは俺が個人的に調べあげたんだけどな。あいつの守りたい人ってのが君だってことがわかった。――クローチェ公爵家の一人娘、レティシアお嬢様」
私は顔を覆いながら小さく頷く。
今、酷い顔をしている自覚があった。
(先生……ユリウス先生……っ!)
先生への気持ちが溢れてどうしようもなかった。
ローレン大佐が首を傾げる。
「で、そのご令嬢がなぜユリウスの奴を捜してるんです? あいつ何かしでかしたんですか?」
「そ、その、急にどこかへ行ってしまったんですの。その行き先を知りたくて」
私の代わりに答えてくれたのはイザベラだった。
「あいつの行き先?」
「急を要することなんだ。あいつは何かを調べていて、それを見つけて出て行ったようなんだが……何か心当たりはないか?」
リュシアン様がそう訊いてくれる。
「随分とまた曖昧ですねぇ。うーん、あいつが調べていたことねぇ~」
目を擦って顔を上げると、片眉を上げていたローレン大佐が「あぁ」と声を上げて私を見た。
「聖剣」
「聖剣?」
皆の声が重なった。
くくっと笑って彼は続けた。
「あいつねぇ、どこかへ遠征に出るたんびにそこの住人に訊いてたんですよ。ここに聖剣の伝説はないかって。意外に子供っぽいとこあるなぁと微笑ましく思ってたんですけどね。……関係ありそうです?」
(聖剣……!)
私は聖女の薔薇を刺し貫くために在った、あの『聖剣』のことを思い出していた。




