第三十六話
――でも。
「皆さん御揃いで、授業をサボって何処に行かれますの?」
エントランスへと続く廊下の真ん中でイザベラが腕を組み仁王立ちしていた。
ラウルとアンナがそれぞれ小さく呻くのが聞こえた。
でも彼女の視線はまっすぐ私に向いていて。
「ユリウス先生の急な出立に関係ありまして?」
「……」
私は彼女を見つめ返し、無言で頷く。
振り切ってでも行くつもりで、私は先ほど見つけた金バッジを強く握り締めた。
「そう……でしたら、わたくしも同行させていただきますわ」
「え……」
「はあ!?」
イザベラのまさかの申し出に裏返った声を上げたのはラウルだ。
私もてっきり止められるものと思ったけれど……。
そんなラウルをじろりと睨みつけるイザベラ。
「あら、わたくしがいると困るような場所なんですの?」
「いや、そういうわけじゃねぇけど……」
「なら問題ありませんわね」
そうしてイザベラはつんとした顔で彼の傍らを過ぎ私の前へとやって来た。
「応援すると約束しましたものね」
口に手を添え小声で言われ私は目を見開く。
「イザベラ……ありがとう」
お礼を言うと彼女は微笑んで私の横に並んだ。
「ふふ、授業をサボるなんて初めての経験ですわ! それで、どこに向かいますの?」
「憲兵隊の詰所だよ」
溜息交じりにラウルが答えると、イザベラは途端ぎょっとした顔をした。
「憲兵隊!? あの方何か捕まるようなことしたんですの!?」
「声がでけえよ!」
ラウルが大きな声でつっこみ、イザベラは慌てたように両手で口を塞いでいた。
……そして、一抹の不安を覚えながらも私たちは学園を出た。
憲兵隊の詰所はつい先日もアンナや王子たちと行った中央広場のすぐそばにある。
学園からは徒歩で10分くらいの距離だ。
イザベラには、先生の行方が知りたくて手がかりを捜していたら机の中にこれがあったのだと憲兵の金バッジを見せた。
するとイザベラは目を丸くして「レティシアさん、あなた意外と大胆ですのね」と驚かれてしまった。
――流石に、彼女に前世の話は出来なかった。
「緊張するわね」
「ですわね……」
「……」
アンナとイザベラが物々しい雰囲気の建物を見上げ小さく呟いた。
ラウルもごくりと喉を鳴らすのがわかった。
頑丈そうな鉄門の前には長い槍を持った大柄の憲兵が立っていて、それだけで近寄りがたい雰囲気があった。
ちなみに学園の門番はリュシアン様が「この者たちが私を案内してくれるというので少し出てくる」と言うとあっさり出してくれた。
(でも、先生のこと何かわかるかもしれないし……)
勇気を振り絞ってその憲兵の男に近づいていくと、彼は更に身体を大きく見せるように胸を張り私たちを見下ろした。
「何か用かな?」
「すみません。ここにユリウス先生……ユリウス・フォン・レヴィさんはいらっしゃいませんか?」
思い切ってそう訊ねると、彼の太い眉がぴくりと跳ねた。
「そんな名の者はここにはいないが?」
「え……」
「銀髪で眼鏡をかけた20代後半の男ですわ!」
そう加勢してくれたのはイザベラだ。
「いないな」
しかしにべもなく言われ折角の勇気が一気に萎んでいくのを感じた。と、
「なら、顔に傷のある男を呼んでくれないか」
私の横に立ち尊大な態度で言ったのはリュシアン様だ。
案の定、男の顔が険しいものになりヒヤリとする。
「顔に傷のある男だと?」
「ああ、その男に訊きたいことがあるんだ」
「訊きたいこととはなんだ?」
「お前に言ってもきっと通じない。顔に傷のある男だ。ここにいるだろう?」
「……お前たちは一体何なんだ。ベルトリーニ学園の生徒のようだが、授業はどうした?」
逆に問われマズイ、そう思った時だった。
「ん~? なんの騒ぎだ~?」
背後からそんな間延びした低音が聞こえ振り返ると、そこには煙草を咥えたもう一人の憲兵が立っていた。
三十代ほどの眠そうな目をしたその男の頬には大きな古傷があって、あっと声が出そうになった。
「お前……!」
「ローレン大佐! 巡回ご苦労様です!!」
リュシアン様が声を上げると同時、門番の男が背筋をピンと伸ばし敬礼をした。
「ローレン大佐!?」
すぐ後ろでアンナが小さく悲鳴のような声を上げるのが聞こえた。
(大佐……?)
「いやまあ昼飯食ってきただけだけどな。んで、君たちは?」
そう言った彼の左胸には、私の手の中にあるものと同じ金のバッジが輝いていた。
憲兵の階級には詳しくないけれど、とにかく門番の態度で偉い人なのはわかった。でも門番ほど威圧感は感じない。
「お前、まさか私を忘れたのか!?」
「ん~?」
男は威嚇するように睨みつけているリュシアン様をまじまじと見返しながら首を傾げ、それから「あぁ」と声を上げた。
「リュシアン殿下ではないですか。こんなところで一体どうしたんです?」
……なんとも飄々とした人だと思った。
リュシアン様が隣国の王子だと知っても全く態度を変えない。
更に彼はにやにやと笑って続けた。
「ひょっとして、またなにかやらかしちまったんですか?」
「何もしていない! 本っ当に無礼な男だな!」
リュシアン様は顔を真っ赤にして怒鳴り、それから悔し気に続けた。
「……しかし今は丁度良かった。お前に訊きたいことがあって来たんだ」
「俺にですか?」
「ここにユリウス教師はいないか? お前知り合いなんだろう?」
するとその男は眠そうな目を少し大きくしてから可笑しそうにくつくつと笑った。
「知り合いねぇ」
「何がおかしい!」
と、彼の視線がちらりと私を見た。
「ああそうか。じゃあ、ひょっとして君が例のご令嬢かな」
「え……?」
意味ありげに微笑み、彼は言った。
「ユリウスの奴が憲兵を辞めた原因だ」




