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元聖女ですが、過保護だった騎士が今世(いま)では塩です。  作者: 新城かいり
第三章 隣国からの留学生

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第二十九話


「なんだ。楽しみにしていたのにな」

「!」


 背後から落胆の溜め息が聞こえ振り返るとリュシアン様とマルセルさんが廊下に立っていた。

 リュシアン様が薄い笑みを浮かべ小首を傾げる。


「ひょっとして逃げたのかな?」

「先生はそんなこと……っ」


 思わず、そう言い返してしまった。


「し、失礼しました……」

「いや」


 リュシアン様は気を悪くした様子なく首を振って続けた。


「そうなると、やはり姫の誕生日に向けて何か企んでいるのかもしれないね」

「……」


 しくしくと痛む胃のあたりを押さえていると、彼は言った。


「大丈夫だよ。姫は私が守るからね」




 教室に戻るとアンナにお手洗いに付き合ってと言われ、私は再び廊下に出た。すると。


「このまま医務室に行きましょう、レティ。酷い顔色よ」

「でも……」

「自習なんだし、少しでも横になった方がいいわ。……リュシアン様にはうまく言っておくから」

「ありがとう、アンナ」


 そうして私はアンナに付き添ってもらって医務室を訪れた。

 ついこの間も花瓶の件でお世話になったスクールナースのソニア先生――40代ほどの柔和な雰囲気の女性だ――が出してくれた軽い胃薬を飲んで、私は3つ並んだベッドのうち窓側のベッドに横になった。

 他に生徒はいないみたいで少しほっとする。


「じゃあ私は教室に戻るわね。また休み時間に来るわ」


 私がもう一度お礼を言うと、アンナは手を振って医務室を出て行った。


「ここにいるから、何かあったら声をかけてね」

「はい。ありがとうございます」


 ソニア先生は優しく微笑んでベッドの周りにカーテンを引いてくれた。

 小さく息を吐いて、私は目を閉じる。


(ユリウス先生、何があったんだろう……)


 勿論こんなことは初めてで、急用というから余程のことがあったのだろう。

 つい数時間前に見た酷く疲れた様子のユリウス先生を思い出す。


 ――姫の誕生日に向けて何か企んでいるのかもしれないね。


 同時にリュシアン様の先ほどの台詞が蘇り私は小さく首を振った。


(そんなことあるわけがない)


 あの優しいユリウス先生が、私に害をなすようなことを考えるわけがないのだ。

 ……それより。


(2、3日か……おめでとうの言葉はやっぱり聞けないのかな)


 じわりと涙が出そうになって私は真っ白なシーツを頭まで被った。



  ⚔⚔⚔



「姫様、逃げましょう」

「え?」


 聞き覚えのある声にぱっと目を開けると、そこにはあのクラウスがいた。

 ――瞬間、いつもの夢なのだと理解する。

 でも、彼は今まで見たこともない怖い顔をしていて、なんだか胸がざわついた。


「逃げるって……?」


 セラスティアは……私は、硬い台座からゆっくりと身体を起こした。

 天井近くのステンドグラスの窓から柔らかな光が射していて、クラウスの金の髪が幻想的に輝いて見えた。

 そして気が付く。この場所は、聖女が命を捧げる特別な聖堂の中だ。

 私は今、驚くほど穏やかな気持ちでそのときを待っていたのだ。なのに……。


「手筈は整っています。今すぐこの国を出るのです」

「クラウス、何を言っているの?」


 再度問う。私の薔薇を貫きにやって来たはずのこの騎士は、一体何を言っているのだろう。

 彼は冗談を言うような人ではない。しかもこのような大事な場面で。それがわかっているからこそ、私は激しく戸惑っていた。

 クラウスは手にしていた聖剣を静かに腰に収めると、私の前で恭しく片膝を着き深く頭を垂れた。


「お願いです姫様。私と共に逃げてください」


 そうして彼はやはり見たこともない沈痛な面持ちで私に言ったのだ。


「私にはやはり、姫様を手に掛けることなど出来ません」




「――レティ?」

「!?」


 はっとして目を開けると、そこにはレティシアの友人である赤毛の少女がいた。

 ――夢から、前世の記憶から醒めたのだ。

 これは現実。私はセラスティアではなくレティ。――レティシア・クローチェだ。

 そして私を心配そうに見つめる彼女の名は。


「……アンナ」

「具合はどう? 少しは楽になった?」


 休み時間に様子を見に来てくれたらしいアンナが首を傾げて、私はベッドからゆっくりと身体を起こした。


「アンナ」

「ん?」

「セラスティアは、クラウスに殺されたわけじゃないかもしれない」

「……え!?」


 たっぷり一拍置いてアンナが声を上げた。


「どういうこと? だって」

「調子はどう? レティシアさん」


 そのときソニア先生がカーテンから顔を覗かせて、私たちは慌てて口を噤んだ。


「あ、大分楽になりました。薬が効いたみたいです」


 お腹を摩りながら言うとソニア先生は穏やかに笑った。


「そう、それは良かったわ」

「はい。もう大丈夫そうなので次の授業は出ようと思います」


 そう言いながら私はベッドから降りた。

 立ち上がったときまだ胃に重い感じは残っていたけれど、それどころではなかった。


「そう? 無理はしちゃだめよ」

「大丈夫です。ありがとうございました!」


 お礼を言って、私とアンナは医務室を出た。

 そのまま足早に教室へと向かうと、アンナが後ろから戸惑うように訊いた。


「本当にもう大丈夫なの?」

「うん。それより、リュシアン様に今すぐ確認したいことあって」

「それって、さっきのクラウスさんのこと?」


 私は頷く。


 ……私はずっと、セラスティアは18歳の誕生日に死んだのだと思い込んでいた。

 でももしあのままクラウスと共に逃げていたのだとしたら。


 ――手筈は整っています。今すぐこの国を出るのです。


 クラウスは確かにそう言った。

 そして昨日リュシアン様が話していた、セラスティアの知らないクラウスとルシアン様が交わした約束。


 あの後一体何があったのか、セラスティアがどうなったのか知りたかった。



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