第二十三話
むかしむかし、とある王国に『聖女』と呼ばれるお姫様がいました。
お姫様には生まれながらに特別な使命がありました。
王国の繁栄と安寧のため、18度目の誕生祭の日にその命を神に捧げなければなりません。
そんなお姫様には、秘かに想いを寄せる相手がいました。
それは――
「隣国の皇太子であるこの私、ルシアンだった」
「ちょ、ちょっと待ってください」
「なのに、君はあの憎っくき騎士の手によって殺されてしまった……。しかし! こうして生まれ変わり運命の再会を遂げた今! 私たちは今度こそ愛し合うべきなんだよ姫!」
「と、とりあえず少し声を抑えてください。リュシアン様」
ランチタイム。
生徒たちが大勢集うカフェテリアで熱弁を振るう彼に私は引きつった笑顔で言った。
隣に座るアンナは黙々と食事をとりつつ先ほどから私の目の前に座る彼を睨むように見つめている。
当然だ。つい先日世間を騒がせていた誘拐犯であり、ラウルを傷つけた張本人が何もなかったかのように再び目の前に現れたのだ。
しかも『留学生』として。
「――な、なんでお前が、国に帰ったんじゃ……!?」
今朝、顔を青くして彼から距離をとったラウルに、リュシアン様は平然とあの異質な笑みを浮かべ言ったのだ。
「今日からしばらくの間、君たちのクラスメイトさ。よろしく頼むよ。えっと、君、名はなんと言ったかな?」
そうしてまるであの日のことなど忘れてしまったかのように首を傾げた彼に、ラウルはただ握り締めた拳をわなわなと震わせていた。
アンナはしばらくの間唖然としていたし、私も怒りや恐怖よりも驚きと戸惑いの方が大きくてその後の授業はほとんど頭に入ってこなかった。
(こういう日に限って、ユリウス先生の授業はないし……)
名家の令息令嬢が多く通うこのベルトリーニ学園。他国からの留学生も珍しくはないが、王子様ともなれば話は別だ。
お陰で皆(主に女子)彼に興味津々で先ほどから私たちは痛いほどの視線に晒されている。
「その通りですリュシアン様。皆様のご迷惑になりますので食事中はお静かになさってください」
リュシアン様の背後に控える、きっちりとした格好をした二十代半ばほどの青年がそう静かに窘めてくれる。
しかしリュシアン様はなんとも嫌そうな顔をしてそちらを振り向きもせずに返した。
「煩いぞマルセル。まったく、なんでお前までついて来たんだ」
「王陛下のご命令ですので」
慣れたふうにそう答えた彼にリュシアン様が小さく舌打ちをするのが聞こえた気がした。
マルセルと呼ばれた彼は、クラス担任のジョン先生曰くリュシアン様の護衛らしく常に彼の側にいる。
そしてリュシアン様は見聞を広めるためにこの学園にやってきたのだと説明があった。
(ユリウス先生は、このこと知ってるのかなぁ)
花瓶を落とした人物もまだ判明していないのに、また新たな心配事が増えてしまった。
(でも相談しにも行けないし……)
「――で、何を企んでんだよ。まさかまたレティを連れていこうってんじゃないだろうな」
そう低く訊いたのは、アンナとは逆隣に座るラウルだ。
普段ラウルと同じテーブルでお昼を食べることなんて滅多にない。やはりラウルも彼を警戒しているのだろう。
それにしても王子様相手にこのぞんざいな言葉遣い。少しヒヤヒヤしてしまう。
しかしリュシアン様は特に気分を害した様子もなく答えた。
「連れていけたら一番良いのだけどね」
「……っ」
ぎくりとして、フォークを持つ手が止まってしまった。
「守りに来たのさ」
「守りに?」
何やら覚えのある会話だと思ったら、ラウルも思い出したようだ。
「この間もそんなこと言ってたけどよ、それって」
「姫、もうすぐ18歳の誕生日だろう?」
「えっ、あ、はい」
急にこちらに視線が戻ってきて驚きつつ頷く。
そうだ。色々あって忘れそうになっていたけれど、誕生日がもう来週に迫っている。
「私はね、もう二度と君を失いたくはないんだ。だからこうして直接君を守りにきたんだよ」
その真剣な眼差しと台詞に普通ならドキっと胸が高鳴るのかもしれない。
でも彼の恐ろしさを知っている私は引きつった笑みを浮かべることしか出来なかった。
この間とは違い、今は隣国の王子だと素性をさらしてこの場にいるのだ。あのときのような荒っぽい行動は取らないだろうと思いたいけれど……。
(そういえば、マルセルさんはその一件を知ってるってことなのかな)
ちらりと見上げた彼は変わらず隙の無い佇まいでリュシアン様のうしろに控えていて。……ほんの少しだけ、あの頃のクラウスみたいだなと思ってしまった。
「でも守るって、ユリウス先生からってことなんだろ?」
ラウルがそう言うと、リュシアン様の表情が急に険しくなった。
「ユリウス……今はそういう名だったな。そう、あいつだよ。私は姫の命を奪ったあいつを絶対に許さない」
その言葉にちくりと胸の薔薇が痛んだ気がした。
「あいつが何を考えて今も君の傍にいるのかわからないけれど、私が絶対に守ってみせるからね」
そうして彼はまたあの異質な笑みを浮かべたのだった。




