第二十二話
突然の乱入者に、流石のミレーナ先生もぎょっとした顔をした。
「な、なんなの、あなたたち!?」
ユリウス先生の方は怖くて見られなかった。
隠れて見ているようにとあんなに言われていたのに、約束を破ってしまった。
(でも、このままじゃユリウス先生が……)
「盗み聞きなんて気分が悪いわ。私、帰らせてもらいます」
不機嫌そうに言ってくるりと背を向けたミレーナ先生に、私はぐっと拳を握り思い切って口を開いた。
「ミレーナ先生も、ユリウス先生のことが好きなんですよね!?」
「はぁ!?」
ミレーナ先生がはじかれたように振り返る。
「ちょっと、あなたいきなり何を」
「だから私が邪魔だったんですよね?」
「あのねぇ、あなた……」
「でも、私もユリウス先生のことが好きなので、絶対に諦めません!」
ミレーナ先生の目が大きく見開かれる。
「だからミレーナ先生、私と正々堂々勝負しませんか?」
一呼吸でそこまで言って、私は肩で息をしながらミレーナ先生を真っ直ぐに見つめた。
……思わず強気なことを言ってしまったけれど、本当は心臓はバクバクで強く握り締めた両手は格好悪く震えてしまっていた。
ミレーナ先生は何か言いたげに口元を引きつらせていたけれど、少ししてからはぁと大きく溜息をついた。
「……いいわね、若いって」
「え?」
「あーもう。なんか馬鹿らしくなっちゃったわ」
ミレーナ先生は顔にかかってしまっていた綺麗な髪を手で払いのけ続けた。
「そうよ。あなたにあの手紙を出したのは私」
「!」
突然、犯人だと認めたミレーナ先生に驚く。
「あなたのことが、心底目障りだったの」
「……っ」
わかってはいたけれど、いざ正面からこうもはっきり言われるとずきりと胸が痛んだ。
「やっと良い人を見つけと思ったのにあなたが毎日毎日しつこくやって来るから……私の入る隙がまるでないんだもの」
そこまで言ってミレーナ先生はふいと後ろを向いてしまった。
「でももういいわ。どうせ、この学園に居られるのもあと少しだし」
「え?」
「私ね、もうすぐ実家に帰らなくちゃいけないの。シャンドリー地方のね。本当はあんなド田舎にはもう帰りたくないのだけど、そういう約束だったから……」
そこまで話して、先生はふっと自嘲するように笑った。
「あなたたちにはどうでもいい話ね。……ごめんなさい。気が焦ってあなたには随分大人げないことをしてしまったわ」
「ミレーナ先生……」
謝ってくれたことにほっと安堵していると、アンナが私の前に進み出た。
「ちょっと待ってください。大人げないって、あの花瓶はそんな言葉で済むようなものじゃ」
聞き捨てならないというふうに言ったアンナに、ミレーナ先生は眉をひそめた。
「花瓶? なんのこと?」
「!? ですから、ミレーナ先生が花瓶を」
「ミス・スペンサー! ……もう、そこまでで」
アンナを止めたのはユリウス先生だった。
ミレーナ先生はそんなふたりを見て首を傾げていたけれど、アンナがそれ以上何も言わないでいるとユリウス先生の方へと視線を向け静かに頭を下げた。
「ユリウス先生、この度はご迷惑をお掛けしました。先ほどの失礼な態度もお詫びしますわ。……せいぜい、ロリコン趣味と疑われないよう気を付けてくださいね」
(――ろ、ロリコン!?)
私のことを言っているのだと気付いてショックを受ける。
「ご安心を。そんな趣味かけらも持ち合わせていませんので」
「!?」
次いでユリウス先生の平然とした返しに更に複雑な気持ちになる。
それを聞いたミレーナ先生はふっと勝気に笑ってからくるりと背を向け、今度こそ行ってしまった。
「ミス・クローチェ」
呼ばれてぎくりと肩が震えてしまった。
ゆっくりとそちらを振り向くと、真顔でこちらを見つめるユリウス先生がいて、私は怒られる前にと勢いよく頭を下げた。
「すみませんでした!」
「ありがとうございました」
「……え?」
思ってもみなかった言葉が返ってきて、私はゆっくりと顔を上げる。
「こちらの忠告を無視して飛び出したこと自体は褒められたものではありませんが」
「う……」
「今回は、貴女に助けられました。ありがとうございます」
表情は全く変わらず真顔のままだったけれど、声がいつもよりも柔らかく感じられて。
「ユリウス先生……」
緊張が解けたのもあって涙が出そうになる。
「――で、でも先生」
と、アンナが言いにくそうに声を上げた。
ユリウス先生はわかっていますというふうに頷く。
「えぇ、花瓶を落としたのはどうやらまた別の人物のようですね」
私は息を呑む。お蔭で涙も引っ込んでしまった。
――確かに、ミレーナ先生は花瓶の件は本当に何も知らなそうだった。
アンナも神妙な顔をしていて。
「も、もしかしたら、本当に風で落ちてきただけなのかも?」
「……」
「……」
そんな私の意見はふたりに無視されてしまった。
と、ユリウス先生が中指で眼鏡の位置を直してから私に言った。
「そういうことですのでミス・クローチェ、貴女はこのまま油断せず大人しくしていてください」
「は、はい」
「絶対にひとりにはならないこと」
「はい!」
「それと、僕の部屋へはしばらく出入り禁止にします」
「は……え?」
一瞬言われたことの意味が分からなくて呆然としてしまう。
(先生の部屋に、出入り禁止……?)
「えぇーーーー!?」
夜のしじまに、私の情けない声が響き渡った。
⚔⚔⚔
「酷い……辛い……会いたい……」
――翌朝。
ユリウス先生に会いに行けなくなってしまった悲しみで教室の机に突っ伏してぶつぶつと呻いていると、隣に座るアンナが苦笑した。
「まぁまぁ。真犯人がわかるまでの辛抱よ、レティ」
「真犯人め~~」
「何か、進展あったのか?」
「ラウル」
顔を上げると、気まずそうな表情のラウルが立っていた。
「俺、言われた通り心当たりを書いてきたんだけどさ」
そう言って、ラウルはポケットから取り出したメモ帳を広げて見せた。
そこにはずらりと女の子の名前が並んでいて、私はまたがっくりと机に突っ伏した。
……この子たち全員に確かめなければならないのだろうか。
「姫、朝からそんな暗い顔をして一体どうしたんだい?」
突如、そんなやたらと大きな声が降ってきた。
(姫……?)
なんとなく聞き覚えのある気がするその声と、教室のいつもとは違う騒めきに再びゆっくりと顔を上げると、まずあんぐりと口を開けているアンナとラウルが目に入った。――そして。
「久しぶりだね。また逢えて嬉しいよ、私の愛しい姫!」
ラウルのすぐ隣で両手を広げ赤い瞳を輝かせているその人物を目にし、私の口もあんぐりと開いてしまった。
「――ル……リュシアン様!?」
隣国の王子である彼が、なぜかこの学園の制服を身に纏い再び私の目の前に現れた。




